1-57 異世界ファッション・クロメ絣の着流し
クロメと言えば焼き鳥だが、もう一つ重要無形文化財に登録されている絣も日本三大絣と呼ばれこの辺の特産品だったりする。
もっともお値段もなかなかのものなので庶民の俺からすれば縁遠い高級品ではあるが。
その衣料品店は和風っぽいものが多く異世界仕様にアレンジされたデザインの絣を販売していた。
サスケが値札を見てひぃ、と怯えていたのでブランドはこの世界でも健在のようだが、今の俺ならば余裕で払える金額だ。
ただ多くの人がそうであるように、ディストピアな時代で生まれ育った俺はオシャレとは縁遠い人生を送ってきた。
服なんて安さと機能性しか考えていなかったし、金銭的にもしようとも思わなかったからどのようなものを買おうか迷ってしまう。
「わあ、とてもお似合いですポン!」
「うーむ、似合ってるのか?」
結局俺は動きやすさを重視し藍染めの甚平っぽいものを装備、異世界でありながら和の雰囲気を漂わせる衣装にチェンジした。
モリンさんはどうぶつ世界の住民の様にパチパチと拍手を送っていたが、正直一昔前のファッションショーで流行った古着リメイクの様に奇抜なデザインでどうにもしっくりこない。しばらくこれを着ればだんだん慣れるのだろうか。
「トモキ、折角だしこれも着けてみろよ」
「笠? こんなものも売ってるのか」
リアンはニヤニヤしながら俺に三角形の笠を手渡した。だが俺がそれを被った瞬間、彼女はぷくく、と笑ってしまう。
「やっぱぴったりだわ。タヌキの置物みたいで」
「薄々そんな事だろうと思ったよ。でも顔を隠すのにはよさそうだし一応買っておくか」
俺のチャームポイントである垂れ目の下にはくっきりとクマがあり、また狡賢く捻くれた性格から、彼女が感じた様に現実世界でも俺にはタヌキというあだ名がつけられていた。
もちろん誰もが信用スコアを気にして直接面と向かって言う事は無かったし、個人的にはある種の誉め言葉の様なものと認識しているので別に言われたところでそこまで不快ではないけど。少なくとも英雄の息子よりかはずっとマシだな。
「そうしとけ。でも髪が蒸れてハゲたりしないのか? ヅラなんだろそれ」
「ぬあ!? なな、何を!?」
けれどリアンの悪意のない指摘に俺は心臓が止まりそうになってしまう。完璧にセッティングしたはずなのに一体どこで気付かれたんだ!?
「いや白と黒で色も違えば髪質も違うし普通にバレるって」
「……マジか」
「あ、アニキ、そんなに気にしなくていいでヤンスよ? この世界にはそもそも髪の毛がない人もたくさんいるので」
「そうですポン! 若くても、そのぉ、たまにそういう方はいますポン!」
「んー……まだ挽回は出来ると思うぞ」
サスケとモリンさん、さらにはザキラまでもが必死でフォローするがその優しさが辛かった。
ひょっとして今までも気付かれていないと思っていただけでとっくにバレバレだったというのか。
「うん、ハゲダヌキとかそんな事は思ってないからブフー」
「リアン? 言っていい事と悪い事があるからな? お前プロレス好きだよな? 矢○通の得意技をここで披露してやろうか? 俺の世界では女でも普通に坊主はいるから髪切りデスマッチをしてもポリコレ的にはセーフだからな?」
「ヒィ!? スマン!」
ブチ切れた俺はサイコパスの目つきになり小馬鹿にしたリアンを威圧した。ハゲいじりは俺にとっては最大のタブーであり、きっと今の俺ならば冗談抜きで一線を越えられるだろう。
「そ、それよりもほら、さっさと服を買って急いで出発しようぜ! あんま時間はないんだろ?」
「ケッ、今日の所は勘弁してやるよ」
けれど仏の顔も三度まで、一度くらいなら許してやろう。これが二度、三度と続けば本気で考える必要もあるけど。
「つーかそんなにバレるのが嫌ならもっといいもの買えばいいんじゃね。大分痛んでるけど、カツラくらいこっちの世界でも売ってるから金さえあれば手に入るぞ」
「余計なお世話だ。俺はこのカツラ以外使うつもりはない」
無理矢理二種類の髪を引っ付けたツートンカラーのカツラがちぐはぐなのは百も承知だ。だけど俺はこれ以外のカツラを使うつもりはない。
命と同じくらい大事なこのカツラを捨てるくらいなら、いっその事何もつけないまま公衆の面前に出る事を選ぶだろう。
俺は苛立ちながら会計を済ませ、青ざめた顔のリアンと苦笑するモリンさんたちを放置し店を後にした。




