1-52 クロメのイチバン市場
リアンのいびきとサスケのお尻を存分に堪能し、小一時間走った所で電車は目的地に到着して停車する。
「着いたぞ、愛理」
「ボッボッブラジッル……ん?」
終始独特ないびきをしていたリアンはようやく目を覚まし、へそが見える程思いっきり両手を伸ばして大あくびをした。
少し前ならキュンとなってしまったが、生憎この数時間で彼女の立ち位置は確定したのでどちらかと言えばだらしないな、という感情のほうが勝ってしまう。
(ととっ)
俺は座席から立ち上がろうとしたが、その頃にはすっかり薬は切れてよろめき倒れそうになってしまう。
「トモキー、置いてくぞー?」
「アニキ?」
「顔色悪いな、平気か?」
「大丈夫だ」
先に降りた仲間はなかなか電車から降りない俺を不思議そうに見つめていたが、歩くだけなら根性でどうにかなる。
ただめまいがして意識が朦朧としてきたし、身体も鉛の様に重い。そろそろ薬を飲まないとかなりヤバイな……。
「ここは……神殿か?」
「というよりも貯水施設だろうな。水害対策の」
電車から降りると無駄に広い場所に出たが、ここはきっと雨水を貯水するために作られた施設だ。ただ何も知らなければザキラの様に地下神殿と勘違いしてしまうだろう。
「こう広いと叫びたくなるでヤンスねぇ」
「イヤァオ! うーん、よく響くよ」
相変わらず人がいなく無駄に広いが、マップ機能のマーカーがあるので迷う事は無い。サスケの振りにリアンは何故か某ボマイェの決め台詞を言ったが、声の反響具合からして何もない空間がずっと広がっている様だ。
「なあまれっち、言われた通り隠し通路から脱出したけどどこなんだ?」
『アシュラッドから離れた場所にある小さな町の地下さ。そこの階段から外に出られるよ』
「ここか?」
周囲を観察するとわかりやすく階段があったので、俺たちは早速階段を上って地上へと向かう。
階段を上った先にはまた廊下があり、そこも道なりに進んでドアを開けるとまばゆい光で目がくらみ、俺達はようやく新鮮な空気を吸う事が出来たんだ。
「ふう~、ようやく出れたぜ! 新鮮な空気が美味しいなあ!」
リアンは胸いっぱいに酸素を補給し地下空間で澱んだ脳をリフレッシュさせた。地上にはそれなりの規模の駅舎や線路の残骸があったし、ここも駅の跡地なのだろうと推測出来る。
近くにはアーケード商店街の跡地、ではなくアンジョの遺構を再利用した市場がすぐに視界に入った。
アシュラッドほど栄えてはいないがなかなか活気があり、至る所から漂う炭火で焼かれた焼き鳥のニオイから俺はここが福岡のどこをモチーフにした場所なのかすぐに察してしまう。
「ここはクロメか? こんな所につながっていたのか」
ザキラもまたわかりやすいヒントからここがどこであるのかすぐに答えを導き出した様だ。しかしクロメって、相変わらず先人たちは隠す気がないなあ。
「くんくん、美味しそうな匂いがするでヤンス!」
俺と同じくらい嗅覚が発達したサスケは食欲をそそる焼き鳥のニオイに思わずよだれを垂らしてしまう。
ニオイが存在しない地下空間にずっといた事で感覚が鋭敏になってしまい、それはさながら十年ぶりにムショから出た奴が贅を尽くしたご馳走がたくさんある繁華街に足を踏み入れた時の様だった。
『敵は今の所いない。追手が来るにしてももう少し後だ。休憩がてら必要なものを補給しておきな』
「わかってる。まずは薬を飲むための水だよな」
まれっちに言われなくてももちろんそうするつもりだ。まったく、水を手に入れるためにこんなに時間がかかるとは思わなかったよ。
蛇口をひねればいつでも綺麗な水が簡単に手に入る日本は本当に恵まれていたんだなあ、と俺は改めて文明の有難さを理解してしまった。




