1-50 アシュラッドの地下に眠る忘れ去られた終末の遺構
無事に追っ手から逃れた俺たちは石積みの薄暗い隠し通路をしばらく歩き続けた。
残念ながら照明の類はなく、バッテリーが残り少ないスマホのライトのみが頼りだ。
歩けども歩けども暗闇だけが広がり、空気が薄く光の届かない世界でサスケは次第に不安げな表情になってしまう。
「そのぉ、まだでヤンスか?」
「一本道だから迷う事は無いとは思うが……お前のマップ機能? でわからないのか」
「マップ機能?」
ザキラはリアンが口にした単語を聞き返すが、その説明に関しては後ほどゆっくりすればいいだろう。マップで見えるものが使えるならしばらくのんびり出来るからな。
「もう少し歩けば開けた場所に辿り着く。それまで我慢してくれ」
「はいぃ」
暗くてよく見えないがきっとサスケのしっぽは丸くなっている事だろう。出来る事なら全力でナデナデして励ましてあげたい。もちろん性癖ではなく兄貴分的な意味でな。
「お、あれか?」
「多分そうだろうな」
そのまま歩き続けているとザキラはご自慢の三白眼でかすかな光に気が付いた。
一応シスターなのに特殊な訓練で観察眼を鍛えた俺よりも先に認識出来るとは、こりゃいろんな業種から引っ張りだこになるわけだ。
「行ってみるか!」
「オイラもお供するでヤンス!」
「敵はいないが一応気を付けろよ」
リアンとサスケは暗闇の中でようやく見つけた光に胸を弾ませ駆け出していった。
俺ももう少しテンションを上げるべきかもしれないが、連戦に次ぐ連戦でバテバテだったので無理せずのんびり行く事にしよう。
「疲れてんのか? アタシも先に行くぞ」
「ああ」
ザキラも続けて羽ばたきながら飛んでいき、俺は独り暗い地下通路に取り残された。
距離はそこまでないはずなのに途方もなく長く感じられる。もしもこのライトが消えてしまえば、俺の存在は闇の中に飲み込まれてしまうのだろうか。
「……………」
そういや昔もこんな感じだったっけ。どれだけ努力をしても気を抜けばすぐにこうなる。そのたびに死にたくないと強く願いもがき続けたけど……辿り着いた場所がこんな世界か。
この先に進めば脱出出来るのかもしれない。
けれどその先に未来はあるのだろうか。
永遠に死の恐怖に怯えながら逃げ続けなくてはいけないのだろうか。
それはただ死ぬよりもずっと残酷なのではないだろうか。
「トモキ、何してるんだ?」
「アニキー」
「ったく、チンタラすんな」
しかし彼女たちは俺を一人にさせてくれなかった。先に進んでいたリアンたちはまたすぐに戻って来て、歩みを止めてしまった俺を迎えに来てくれたんだ。
「……ああ、悪い。ありがとな」
その先にはちゃんと暖かな光が存在した。それは無機質なLED灯の照明器具のものだったけれど、俺には天から差し込む光の様に美しく見えたんだ。
俺は力を無理やり引き出して体を動かし、仲間たちと共にアシュラッドでの逃走劇の終着点となる場所に足を踏み入れた。
「アシュラッドの地下にこんなものがあったとはな。これもアンジョの遺構なのか? ザキ姉は知ってるか?」
「少なくともアタシは知らない。教会でも把握していないかもな」
「駅っぽいでヤンスけど……」
その場所はおそらくかつては地下鉄だったと推測される場所だった。地下にあったおかげで保存状況も良好であり、当時の姿がほぼそのままの状態で残っていた。
……そう。そのままの状態で。
駅の構内には壊れたバリケードが設置されており、土嚢なども積まれていたのでここで籠城戦をしていた事が推測出来る。
壁や床には血痕と思しきシミがそのままの状態で残されており、かなりの人数がここで起きた戦闘行為で死んでしまった様だ。
壁には黒い絵の具でどこかの国の言葉が書かれており、意味は分からなかったがおそらくとてつもなく酷い悪意のある言葉である事は雰囲気で分かった。
いや、これは絵具じゃない。多分血だ。
手前には衣服を陳列するのに用いるスタンド台が並べて置かれていたがこちらにも血のシミがべっとりついているし、果たしてそのような文化的な使い方をしていたのだろうか。
飾っていたのは衣服ではなく、ひょっとすると……。
「ここで何があったのかねぇ」
「……………」
死体はないがそれが一層不気味さを引き立て、サスケはリアンにひしっと不安げに抱き着いて必死で恐怖に耐えていた。
「まれっちは知っているのか」
『それについてお前さんは知る必要はない。今はまだ、ね』
「そうか」
陰鬱な雰囲気のせいで会話が無くなったので、俺は間を持たせるためにまれっちに話題を振ったがもちろん適当にあしらわれてしまう。だがこの様子だと大体の事情は知っているだろう。
修羅の国福岡とは言うが、俺達の時代では世界中が修羅の国だった。
今は危ういバランスで保たれているが、やがてそう遠くない未来にこのような光景が全ての地域で見られるのかもしれない。




