1-4 近頃の世界情勢やゾンビについての自習
本日の授業は終日自習だった。筋トレでも勉強でも銃の練習でも好きな事をしていいのだが、相変わらず学校という体を為していない。今の時代はどこの学校もそうなのだろうけど。
「うげ、またなろうプロジェクトがサイバー攻撃受けてる。見たかった作品が久しぶりに更新したのに」
「またかあ? 最近多いなあ、セキュリティ強化したばっかなのに」
一応熱心にタブレット端末で勉強をする生徒もいるが、多くはおしゃべりをしていたりスマホでゲームをして遊んでいる。同級生の一人は小説投稿サイトで作品を読もうとしたようだが、最近流行のサイバー攻撃でそれが叶わず落胆してしまう。
なろうはセキュリティがガバガバだった昔は毎日の様にサイバー攻撃を食らっていたが、今では世界でトップクラスに対策が厳重だ。つまり攻撃を成功させるにはハッカーは世界屈指のウィザード級でなければ不可能なわけだが、どうせならその技術力を別の事に生かしてほしいものだ。どことは言わないけどもっと他に攻撃すべき対象はいるだろうに。
グラウンドでは模擬戦が行われており、俺と同じく特待生の謝花海夏は義足の両足を酷使し単騎無双し、今日も今日とてお国と沖縄を護る強い兵士になるため精を出している。実際の戦闘では危険極まりない戦い方なのでとても真似は出来ないけれど。
「えー、あいつはないわー」
「そう? カッコいいし優しいと思うけど」
「いやあいつ信用スコア滅茶苦茶低いよ。昔虐めしたとかで。ホラこれ見て」
「うわ低っ。よくうちの学校に入学出来たねー」
「今時リアルで出会って付き合うとか古いって、あんたもマッチングアプリ使いなよ。これ私の彼氏のナイジェリア人。あ、隣の人が奥さんね」
「こりゃまたいいの捕まえたねー。やっぱり付き合う相手は信用スコアで選ばないとね。で結婚するの?」
「うん、卒業する前に第二夫人になろうかなって。で向こうから帰ってきたら子供をバンバン産んで悠々自適な暮らしをしようかなと」
女子生徒は喧しく他愛もない恋バナをしてリアル派の女子は友人に論破されそうになる。この会話にもある通り今までの人生の悪行は誰でも閲覧が可能なので、昨今では虐めや犯罪は激減していたりする。
それ自体は悪い事ではないしある意味では平和な世界とも言えるだろう。昔は批判もあったが慣れれば住みやすいには違いない。
痴漢も泥棒もパワハラ上司も虐めの加害者もルールを護らない外国人も、信用スコアのおかげで和を乱す悪人はコミュニティにほとんど存在しない。この国は品行方正なお利口さんにとってはユートピアなのだろう。
「うーん、やっぱりそっちのほうがいいのかなあ。でも結婚かあ。私は復興支援から帰ったら食糧プラントで働きたいなー、って考えてるけど」
「まあ就職したとしても子供を産んだほうがいいんじゃない? お金ももらえるし税金的に滅茶苦茶お得だし。昔の女の人は大変だったらしいけど良い時代になったもんだよ」
「凄いね、もうそんなに色々考えてるんだ」
「まーね。あ、これ私のオススメの本。諸々のハウツーが書かれてるよ。作者の人は五十人も子供を産んだんだって」
「徳川家斉かよ! 徳川家斉かよってツッコミ人生で初めてしたよ! 全くあんたはツッコミの可能性を広げてくれるね!」
(子供かあ)
俺は女子生徒の会話を聞いて昨今の出産と子育て事情を考える。昔の日本は子育てがしにくく出生率も世界でワーストクラスだったが、今は手厚い保障が受けられ世界で最も子育てがしやすい国になり合計特殊出生率は3.0を超えている。
政府発表なので多少サバは読んでいるかもしれないが体感的にも子供は多いので少子化は過去の問題なのだろう。その分死亡率もクソ高いし諸々の弊害はあるけれど、少なくとも子供が欲しいバリバリ働ける高学歴の女性や十人前後の大家族にとっては理想的な世界に違いない。どのみち子供を作るつもりも結婚する相手もいない俺には関係ないけどな。
ととっ、盗み聞きをしてないで自習するか。俺は形だけでも勉強しているアピールをするためタブレットに視線を戻した。
動画ではキツネっぽい人工知能コクリの女性アバターが現代社会の授業を行っており、その内容は散々言い聞かされ続けとっくに知っていたが俺は画面を見つめる。
『人類はどのような形で滅亡するのか――かつて世界では様々な議論が交わされていました。しかしそれは予想だにしない形で訪れました。そう、皆さんも知っての通りショゴス細胞の汚染体、一般的にゾンビと呼ばれる存在です。全ての発端となったゾンビは中国とロシアの国境付近のベロヴォーディエで初めて確認され全世界に感染が拡大、混乱に伴う暴動も頻発しアメリカや中国、ロシアや欧州は軒並み国家として存続出来なくなりました。当時現地では両国の関係悪化によるテロが頻発しており、どちらかの勢力がバイオテロを行った、とされていますが双方はテロへの関与を強く否定しています』
かつてフィクションの中の存在であったゾンビは実在した。しかも厄介な事にショゴス細胞は有機物無機物問わずゾンビに変え、中には戦車や軍用ヘリのゾンビなんてものもあるらしい。作品によっては武器を扱う程度の知能もあるが、連合軍が戦っているこの世界のゾンビは戦闘機を操縦するわミサイルを飛ばすわで無茶苦茶理不尽なんだよな。
でも全ての起源となったベロヴォーディエの事件には謎が多いけど結局理由は何だったのかねぇ。今となってはどうでもいいけどさ。
『また太陽活動の停滞による地球規模の寒冷化、食糧として生産されていたイナゴが外部に流出した後大繁殖し、世界中の農作物に壊滅的な被害が出た事による深刻な食糧危機も混乱に拍車をかけました』
何故なら最大の脅威はゾンビではなく、世界情勢が不安定になった結果発生した各地の混乱だからだ。
話に出てきた遺伝子組み換えイナゴは黙示録の悪魔の如く食糧を根こそぎ食い尽くし、そこに国家の崩壊と民族間の対立が合わさった結果、場所によっては食糧のためにゾンビそっちのけで戦争していたりする。なのでぶっちゃけゾンビよりもそっちのほうが脅威であると言えるであろう。
『終末の世界で人が求めたのは資源でもなくお金でもなく食糧でした。いつの時代も食糧がなければ人は生きていけません。日本、アフリカ、南米は早期にゾンビの封じ込めに成功、また大規模な食糧プラントを有していた事で世界の覇権を握り、加えて無尽蔵のエネルギーを生み出す人工太陽による石油価格の大幅な下落、労働力を補う高度に発達した人工知能による産業構造の変化によって、欧米や中露が支配していた時代は終焉を迎えました』
動画の途中、アメリカの国境に建設された巨大な壁の写真が挿入された。この壁は移民嫌いのアメリカの大統領が大金をはたいて作ったものだが、皮肉にも地雷と不法入国者を射殺するロボット兵器がアメリカから押し寄せる多数の難民やゾンビを射殺、南米を侵略者から護ったそうだ。
天下を握り立場が逆転した国々は足元を見て、あるいは搾取された仕返しのため、難民の保護と食糧を対価に労働力や知的財産、諸々の資源を二束三文で買い叩いた。その結果それらの国は大きく発展したが、かつての支配者との間に禍根が生まれたのは言うまでもない。
出来ればそのへんの事情が戦争に大きく関わっている事も解説してほしかったな。無論そんなヤバイ事を政府が作った人工知能が言うわけがないけど。
『しかし決して日本の未来が安泰とは言えません。京都への核ミサイル攻撃、沖縄周辺での戦闘で用いられた兵器によって発生した大津波による沖縄・南九州の大災害……現在は最新鋭の迎撃システムの八咫鏡があるとはいえ遠くないうちに再び戦争は激化するでしょう。そしてこの戦争に敗北した時日本は、そして世界は滅びます。最早平和な時代は終わりました。戦うべき相手は理屈が通用しない人ならざる存在です。全ての人々と私たち人工知能はあらゆる手段を用いてゾンビとの戦争に勝利しなければなりません』
もう一人の支配勢力の代表であるコクリは人間に対し戦争するよう焚き付けた。実際その通りではあるが、人を護るべき人工知能がその台詞を言う事に対し俺は常々違和感を覚えていた。
この世界の支配者を正確に言えばやはり前述した日本、アフリカ、南米、そして人工知能だろう。ほんの数十年前に世界に搭乗した人工知能は急速に進化し、現在は法律、医療、経営とあらゆる業種に進出、人にとって代わる存在となった。
人工知能は晩ごはんの献立から進路相談、マッチングアプリに経営コンサルタントと最早社会になくてはならない存在となっている。
とりわけ子育てを担当するロボットは女性の生き方を大きく変えただろう。最初は抵抗があった様だが多くの女性は人間と変わらないロボットに育児や家事を任せ、産めよ増やせよの時世もあり法的な制度も充実、戦争によって男性が激減した結果多数派になり全ての女性は対等以上の立場になったのだ。
もっともその結果女性も戦争に行く事になり、税金対策のために子供を産んで速攻で養子に出したり軍事系の養成施設に預けるなんて事もあったりするそうだが。
もう一つ、人工知能が進化し過ぎた結果多くの人々は職を失い、無くならないと思われていた医療や法律系も例外ではなく、就職先は必然的に肉体労働系か戦争絡みばかりになってしまった。
人工知能と奴隷同然の難民のおかげで労働力には困っておらず、今の時代の子供の多くは俺や山田の様に軍事系の学科がある高校に進学し生活のために戦地に行くというわけである。
そこに国のためとか愛する人のためとか感動的な理由はない。今の時代はそれが普通の事でただ他に選択肢がなかった、それだけなのだ。この一般常識は皆戦争に協力している、だからあなたも協力しましょうという実に人間らしい同調圧力の賜物なのである。
あるいはこうして人工知能に勧められた結果その道を選んだ人間もいるだろう。友であり親同然の彼らが自分のために提案してくれた将来像が正しいのだと、疑いなく盲目的に信じて支配されている事に気付かないままに。あるいは真の支配者はそれらの存在を上手く利用している存在なのだろうか。
かつての人々は戦争というものにアレルギーの様なものを抱き、全ての人は平和を願っていると信じてやまなかった。
だが最早この世界の全ての人は戦争を望んでいる。相手は人ならざるゾンビであり戦わなければ自分たちの国が滅び愛する人を失う、世界が滅亡する、だから勝利のために全てを捧げなければいけない。簡単に言えばそんな理屈で。
そんな事を言い続け法律も一般常識も作り変えられなんやかんやで平和の国日本はこんな事になってしまった。
それが狂っていると感じ、未だに本音では全く受け入れる事が出来ない俺はきっと異常者なのだろうな。