1-48 おまわりさんこいつです
「あらあら、これがあなたの作戦ですの? 確かにこんな事をされるとは思わなかったので少々驚きましたが!」
嘲笑しながら攻撃を再開したネメシアの攻撃を適当に避けつつ、俺は恐る恐るマップ画面越しに彼の姿を確認する。
その天下無双の漆黒の騎士はホテルの屋外レストランで要人を警護していたはずなのに、流れ弾でフルーツパフェのグラスが割られるや否や、阿吽の呼吸で出現した飛竜に飛び乗って福岡城目掛け全速力で疾走した。
どうやら俺が想定していたよりもかなり早く来る様だ。
「ね、姐さん。さっきからものすごく得体の知れない圧力を感じるでヤンス」
「奇遇だな、オレもだよ。なあ、お前何したんだ!?」
「来るぞッ!」
ようやくリアンとサスケは脅威を察知し、彼女は震える声で俺を詰問したので俺は短くそう答えた。
「ひゃああッ!?」
「ぎゃああッ!?」
それからコンマ一秒後、戦場に飛竜と共に現れた黒い塊は一瞬でネメシアやカルラ族の兵士を大剣の一振りで一掃してくれる。
流石は魔族最強の騎士、雑魚敵と悪役令嬢如きなんてまるで相手にもならなかった様だ。
俺がこのピンチを打破するために編み出した作戦――それはおまわりさんこいつです作戦だ。いやおまわりさんではないけど。
第三勢力の横槍で解決っていうのは主人公的にはないけど、この作戦は人任せという子供でも出来る作戦だから、皆も不審者に絡まれた時はおまわりさんに頼るか子供SOSのステッカーが貼られた場所に逃げようね。カッコ悪くても一番は自分の身を護る事だからね。
「か、カムナ……!? 何故あなたが……!? あなたは自分が何をしたのかわかっているのですか!?」
一撃で伸され地面に墜落したネメシアは鼻血を出して惨めな姿になっていたが、しばらくして怒りが湧いてきたらしい。
「その言葉をそっくりそのままお返しします。ネメシア様こそご自分が何をしたのかご理解しているのでしょうか」
「理解、ですって」
「街を破壊しながら逃走したマレビトを追いかけたのは悪事を許さない善意による行動として不問になるかもしれません。しかし捕まえるにしてもここもまたアシュラッドが管理するアンジョ様の史跡である事をお忘れなく」
「ッ!?」
アンジョの史跡の破壊――それが何を意味するのかは俺にはわからないが、現実世界なら伊勢神宮や世界遺産クラスの教会を破壊する様なものなのだろうか。
それらのものには当然保護するために特別な法律があり普通の人間でも厳罰は免れないというのに、ましてやそこの信者ならば厳しい処分が下されるのは俺でも容易に想像がついた。
「ただもちろんそれも問題ですが、アシュラッドの市民を巻き添えにした上に、流れ弾を誘発する様に戦ったのは好ましくないかと。つい先ほどデルクラウドの使者とパルミラ女王がご歓談を楽しまれている場所に流れ弾が飛んできて、新鮮な果物を使ったパフェが破壊され女王陛下は大層絶望した表情を浮かべていましたよ」
「そ、それはあの狼藉者が……!?」
「経緯は関係ありません。結果が問題なのです。ただ今言った事はどれも部外者の私が判断する事ではありません。お家がお取り潰しになり処刑されたくなければ、寛大な処分が下される様に女王陛下や後ほど訪れるデルクラウドの使者と上手く交渉してください」
「あ、ああ……」
ネメシアは死刑宣告にも等しい忠告に呆然自失となる。けれどフルーツパフェはともかく市民に関しては百パーセントこいつの責任なので、ここはどさくさに紛れて責任を押し付けておこう。
「それで? 貴殿からは何か弁明はあるのだろうか? マレビトへの礼儀として一応聞いておこう」
「「ギクギク(ヤンス)!?」」
しかしお取込みの最中にこっそり忍び足で抜け出そうとしたものの、もちろん速攻でバレてしまいドスの利いた声で滅茶苦茶睨まれてしまう。
「いやあ、お前を巻き込めばそこの悪役令嬢をやっつけてくれるかなと。その、周りの人間がアレっていうか、巻き添えで大変だったっていうか。土下座とかじゃ……駄目っすよね?」
「駄目だな。お前は女王様の護衛に戻れ」
大剣を携えたカムナは飛竜から降り、相方に指示を出して女王様の所に向かわせたのち威圧感を与えながらじわりじわりとにじり寄って来る。
俺は必死で引きつった笑みを浮かべ、顔の前で手をわちゃわちゃとさせるが彼は全く相手にしてくれなかった。
「お金とか。一万円……いえ、三千円くらいで勘弁を」
「私の月給は五十三万クリスタだ」
「……………」
「黒騎士ジョークだ。笑え。あと何故この状況で値切った」
「いや色んな意味で笑えないっす」
なお会話の途中で意外と面白い奴だと判明したが、言うまでもなく強敵の彼にはバステは効果がないし、効果があったとしても確実に勝てないだろう。
ならば奥の手のサイコジャック――も無理だな。精神を支配したとして出来る事は武器を捨てる、身体を操って遠くに移動する、意識を奪っている間に体を縛るとかそれくらいだが、そんな小細工はこの人外の化け物には無意味だ。鎖で縛ろうと余裕で引きちぎれるし、多少遠くに逃げても一瞬で戻ってくる。
それ以前に多分サイコジャックを発動したとしても、攻撃の気配を察知して余裕で避けられてからの通常攻撃で一撃、って感じで秒殺されるだろうな。
「オイラ流石にあんなのとは戦いたくないでヤンス! オイラみたいな小物は近付くだけで吹き飛ばされるでヤンス!」
「な、なあ、トモキ! ちゃんと何とかする方法考えてるよな!?」
「オフコース、ノープランッ! エスケープオンリィィイッ!」
「だと思ったよッ!」
拙い中学英語だったがちゃんと意味は伝わったらしく、俺達はその場からすぐに逃げ出した。というかこんな滅茶苦茶強そうな敵相手に戦うという発想すら誰も浮かばないだろう。
「悪く思うなよ」
しかしまわりこまれてしまった! 黒騎士カムナは一瞬で俺たちの逃げた先に移動、剣を構え戦闘態勢に入った!
「ヒィイイ!?」
「ギャー!?」
「だーもう!」
俺は頭が真っ白になったが同田貫を抜刀、カムナが攻撃すると同時に無我夢中で抜き胴を放った。俺はこんな所で死ぬわけにはいかないんだッ!
――その時、俺は再び走馬燈を見てしまう。
剣道を楽しいと思った事は無かった。俺が剣を振るっていたのはリハビリと特待生になって生活費を得るためであり、それ以上に目的は存在しなかったからだ。
身体の具合が悪く意識が朦朧としていても剣を握る事を止めてはいけない。手を離した瞬間、俺の未来は絶たれてしまう。
毎日がただただ辛かった。すぐにでも止めたかった。動機が不純なので当然信念なんてあるはずもなく、俺の心は次第に折れそうになった。
だけどそんな俺に対してもあの人は一生懸命剣を教えてくれた。剣の道を冒涜する様な俺を受け入れ、俺を生きる術を与え未来を託すために、あの人は自分が持てる全ての技術を俺に教えてくれたんだ。
「ぐッ!?」
その技の一つがこの抜き胴だった。体重を低く移動させ瞬時に胴に一撃を放つ――俺の抜き胴は初めてあの人から一本を取った時とまるで同じ構図で美しく決まり、黒騎士カムナは片膝をついてバステによって身動きが取れなくなってしまった。
「ッ!?」
彼もまさかこんな弱そうな奴から一本取られるとは思っていなかったので大層驚いただろうが、誰よりも驚いていたのは他ならぬ俺だった。
もちろん実際の試合でもまぐれで勝利する事はない事はないが……ってそれよりも逃げないと!
「待て……ッ!」
だが並の人間ならば立つ事も出来ないはずだが、カムナは気力と根性で大剣を握りなおも追撃しようとする。クリーンヒットして動けるとか化け物にも程があるだろ!?
「ケジメを付けろ、フリードスッ!」
「ッ!?」
しかし突如として空から氷の小刀が降り注ぎ弱ったカムナにとどめを刺す。
彼は腕や足元を凍らされ身動きが取れなくなり、俺は何が起こったのかわからなかったがひたすら走り続けたんだ。
「おう、よくわからんがああすれば良かったんだよな!」
「ザキラ!?」
「ザキ姉!?」
そして氷魔法を放った張本人は急降下し俺達と横並びになって悪い笑みを浮かべながら飛行した。服装もシスター衣装からアウトローなのものに変わって随分とワイルドになってやがる。
「アタシも一緒に外に出してくれ! つーか断られても勝手について行くけどなッ!」
「ああ、わかった!」
もしこの状況で一緒に逃げればザキラも共犯者になるだろう。
彼女の未来を考えれば拒んだほうがいいのかもしれないが、俺は望まぬ政略結婚をさせられるという話を聞いていたので一瞬迷った後すぐに受け入れた。
『ふーむ、まあこのルートもありか。予定通り埋門に逃げるんだ。門を開けた後はそのまま進まず横に地下に降りる階段がある。もちろん管理者権限を使ってね』
「ああ!」
目的地の埋門はすぐそこにあった。まれっちも生存は絶望的と諦めていたのだろうか、少し驚いていた彼女はワンテンポ遅れて俺に指示を出した。




