3-127 ナジムの地に漂う戦乱のニオイ
ナジム村の危機は去ったとはいえナジム自治区にはまだコレラが蔓延している。
俺達は引き続きせっせと特効薬を作っていたが、手伝っていたザキラは顔をしかめてしまった。
「このニオイは何とかならないのか? 魚のニオイが羽根に染みついちまう」
「文句言わずにさっさとやれ。一つでも多く作ればそれだけ多くの命が救えるんだから」
「わかってるけどさあ」
とはいえぶつくさ言いつつも彼女はちゃんと仕事をし、薬研でゴリゴリと磨り潰したアマビコの魚粉を浄化した水に溶かして小瓶に入れ続ける。
この方法では長期間保存出来ないけど、どうせたくさん作ってもすぐに無くなるのであまり気にしなくてもいいだろう。
「フガフガ~」
なお俺達が欲しいのはあくまでも頭だけだが、もったいないので身の部分はちゃんとリアンやその辺のガブリンに食べてもらった。
「……なあ、これは何の拷問だ? 何でオレは病み上がりに親の敵とばかりにアマビコを食ってるんだ?」
「だってもったいないですポ。食べ物を粗末にしちゃ駄目なんですポ」
「いや普通にアイテムボックスとかに入れればいいだろ!? ナーゴ族が魚が好きっていうのはただのイメージだからな!? 普通にカンムリシャモが好きだよ! 頼むからせめて味噌をくれ! 味噌、味噌、味噌ォォオ!」
モリンさんは飽きない様にいろいろな味付けをしてアマビコ料理を作ってくれるけど、リアンは似た様な物を食べ続けた事で発狂してしまう。
「ほれ味噌」
「ツケテミィィソォォオオ!」
鬱陶しいのでアイテムボックスからチューブタイプの味噌を取り出して渡すと、彼女はイケナイお薬を吸引する様に直接チューブに口をつけて味噌を摂取した。なおよい子の皆は真似するなよ。
「でも確かに特効薬の味は大事ですよね。苦いですしクサイですし」
しかしアマビコは特効薬を作っている最中も患者の事だけを考えていた。
「良薬は口に苦しって言いますし、誰も別に薬に味は求めないのでは?」
「そうですけど……これが特効薬だと知らない多くの人にとってこれは怪しいだけの飲み物です。やっぱり抵抗感なく飲めた方が安心するでしょう。後で方法を考えたほうがいいかもしれません」
薬が苦くて当たり前だと考えているカムナはあまり気にしていない様だけど、きっとこんなささやかな優しさからオブラートや子供向けの薬が生まれたんだろうな。
「ふう、ツケテミーソのおかげで自我を取り戻せたぜ。これからも味噌を崇めて感謝しながら生きないとな」
「日本人としては大いに結構だが、味噌よりもまず命の恩人の俺に感謝して欲しいもんだな」
「わーってるって。これでも結構感謝してるんだぜ?」
未だにお礼が無かった事に文句を言うと、リアンは少し遅れたものの改めて俺に感謝をしてくれた。
別に強要するつもりはなかったけど、やっぱり仲間からお礼を言われて悪い気分はしない。
「お前には借りが出来ちまったな。後で埋め合わせをしておくよ。なんかお礼のリクエストはあるか? 爆笑して一本取れそうな奴を頼む」
「お前は命の恩人に無茶ぶりをするのか。けどそうだな……」
串に刺したアマビコの塩焼きを貪っていたリアンは大喜利を所望したので、俺は面白い答えを考える。しかし心の準備が出来ていなかったので、
「お前の八丁味噌を舐めさせてくれ」
と、訳の分からない解答をしてしまった。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「うわあ。キメェを凌駕して恐怖を感じるぜ」
「スマン失敗した。今のナッシング」
だがそれはただ滑っただけではなく別のニュアンスを含む解答であり、全員がドン引きし俺の評価は大幅に下がってしまう。
「言い訳になるがいきなり大喜利をするな。素人の大喜利は事前の準備が九割なんだよ」
「つってもこんなすぐにド変態な下ネタが飛び出るかねぇ」
「やっぱ普段からそういう事考えてるんじゃねぇの」
リアンとザキラは好き放題言って俺にとどめを刺そうとする。助けてやったのに恩を仇で返しやがって、こんな事なら助けるんじゃなかった。
「下ネタ? どういう意味でヤンス?」
「キーアにもわかんないゾ。モリン、説明してくれるか?」
「そういう事はお父さんに聞いてくださいポ。いえお父さんに聞いても多分わからないと思うので聞かなかった事にしてあげたほうがいいですポ」
またこの下ネタは下ネタの中でも難易度が高い部類であり、ピュアなサスケとキーアは理解に苦しんでキョトンとしてしまう。意味が分かったとしてもそれはそれで辛いけど。
「ト、トモキさんはそういうのが好きなんですね……私、頑張ります!」
「何をです!? 同人誌でネタにされますからやめてくれますかね!?」
お色気担当のカムナだけはマニアックな趣味を受け入れようとしてくれたが、当然滑っただけで俺にそんな性癖はない。
確かに自分はマゾだという自覚はあるが流石にそこまで変態じゃない。というか公式でこんな主人公がいてたまるか。
ただはしゃぎ過ぎてメインの作業をおろそかにしたせいで、ニイノからお叱りの声が飛んでくる。
「もー、遊んでないで薬を作りましょうヨー。折角アマビコが特効薬を見つけてくれたんですカラ」
「悪い悪い」
俺はおふざけを止めてゴリゴリと薬研で削る。この薬は人の命に関わるものだし、確かに遊んでいる場合じゃないな。
「ん……何だこのニオイ」
「な!? 誰にも気付かれない様に屁ぇこいたのに!? やっぱそういう性癖か!?」
「違ぇよ、あと仮にも女だという自覚があるなら屁ぇこいたとか言うな」
しかし作業を再開しようとした時、俺は不愉快なニオイを察知した。動揺するリアンは無視し、俺は鼻をひくつかせそのニオイの正体を探る。
「まさかこれは……!」
血のニオイ、火薬のニオイ……間違いない、これは死を想起させる危険なニオイだ。
ニオイだけじゃない、遠く離れた場所から銃声も聞こえる。
これはハンティングライフルではない、この音の荒れ具合は粗悪な密造カラシニコフか。
向こうの世界ではどこにでもある安物とはいえ、異世界でそんな銃を持っている奴は限られている。
というかあいつら以外に考えられない。
「トモキ? おい、どうした?」
俺はすぐに生存に必要な人体の機能を活性化させ、事態を把握するために村の入口へと急行した。
だけどそれはあくまでも確認でしかないだろう。むしろ確認せずこの場から急いで逃げるほうが正しい選択かもしれない。
民族間の対立が激化している状況で、悪名高き武装勢力が抑止力として配備されている。その二つの情報さえあれば大体何が起こったのか察しがついてしまったからだ。




