3-125 志半ばで異国の地で命を落とした、とある医師の記憶
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眠りに落ちた俺は、誰かの夢を見ていた。
内戦が続く遥かなる異国の地で村人に治療を施していた青年は一仕事を終え、サバンナを吹き抜ける新緑の風に身を委ねていた。
(大変な事ばかりだけどそれ以上にやりがいがある。金も名誉も手に入らないけど、案外アフリカでの暮らしも悪くないものだね)
長崎出身の歌手がそんな歌を歌っていたが、まさか自分がこんな生活をするだなんて若い頃は考えもしなかった。青年はしみじみと感慨にふけっていた。
「僕は君との約束を果たせたかな」
青年はポツリと呟き、今は亡き愛する人の顔を思い浮かべる。
教科書には載らない、誰も知らない歴史の狭間に消えていった愛する少女の顔を。
自分を護るためだけに無意味に水底へ死んでいった彼女は、綿津見となりこの世界に生きる全ての人々を見守っているのだろう。
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青年は夜遅くに長崎に住む友人に国際電話をかける。他愛もないやり取りをした後、友人の声は少しだけ寂し気なものに変わっていく。
『こっちは上手くやってるよ。でもサトシがどんどん遠くに行っちゃうなあ』
「僕はどこにもいかないよ。クスノキは君がしたい事をすればいいさ。ヨシノ達も元気にしてるかい?」
『うん、なんか宮城県知事になったよ。私達と同い年くらいなのに凄いよね。そのうち総理大臣とかになるかも』
「かもね。だけどなったとしてもそんなに驚かないかな。なんてったって彼は太陽の英雄ミヤタと一緒に世界を救った英雄だから。むしろ今すぐなったとしても誰も反対しないだろうさ」
『そうかなあ。この前別の世界からやって来たトオルって人と仲良くなったんだけど、年甲斐もなくいっつも悪ふざけばかりしてるよ。その、向こうもヨシノと同じくらいちょっとアレだから……手が付けられなくなって』
「ありゃ、最近は大人しくなったのに。でも楽しそうだね」
クスノキの沈黙でどれほどの事になっているのかはなんとなくイメージ出来てしまい、青年は仲間の近況を聞いて顔をほころばせる。
いい歳をして何をしているのだろう、と多少は思ってしまったが、個人的には真面目になった今よりも昔の方が好きだったのでそのほうが嬉しかったらしい。
「僕もたまには戻ってみようかなあ。兵主部さんのおかげでアマビコの養殖もひと段落したし、ようやくコレラを根絶出来るはずだ。しばらくは暇になるからゆっくりしてみようかな」
『うん、私もそっちの方がいいかな。待ってるよ』
「だね。でもちょっと恋人みたいなやり取りだなあ」
『ちょ、違うってば!』
使命を成し遂げた青年は束の間の休息をとるために親友と約束を交わした。照れていた様子から察するにクスノキは自分の事を思ってくれているのかもしれない。
不義理になると考え、長らく受け入れない様にしていたがそろそろ自分も彼女の想いに答えたほうがいいのだろうか。
「さて、と」
電話を切った青年はこの後どうしようかと思案する。今日は夜空が綺麗だし、コーヒーでも飲みながら星を見るのもいいかもしれない。
青年はケトルで沸かしたお湯でドリップコーヒーを淹れ、完成まで心地よい香りを楽しむ。
人生は短い様で長い。あくせく生きていても仕方がないし、コーヒーくらい時間をかけて飲んでもいいのだろう。
窓の外には星が瞬き、蒼黒く光り輝く闇夜が広がっていた。
人はどういうわけか夜の闇を恐れるが、こんな美しい夜空を見てしまえばそれが所詮思い込みに過ぎなかったと気付くはずだ。
星空を隠していたのは闇ではなく、彼らが作り出した光だったというのに。
(あれ?)
コーヒーが完成し、マグカップを手に取った青年が夜空を見ていると一際眩い星を見つけた。
はて、あんな星があっただろうか――。
光はさらに強くなり、世界を白一色に変えていく。
青年は何が起こったのかわからないまま、この世界からかき消されてしまった。
……………。
派手な容姿の女性は被爆クスノキの前で泣き崩れていた。
何があったのかはわからないが、悲しい事があったのだろう。
――NGO。
――武装勢力に襲撃。
――日本人医師。
――死亡。
新聞記事やニュースにはその様な言葉が羅列されていた。ニュースでよく見るが、多くの人にとってはそれ以上の意味を為さない言葉だ。
「なんで……約束したじゃん、サトシ……!」
世界を変えるために戦った一人の青年の死は最初こそ多くの人が嘆き悲しんだが、すぐに情報の波に飲み込まれ人々の記憶から忘れ去られてしまう。
この世界はどこまでも残酷だった。
このままでは彼は本当の意味で死んでしまう。
彼の生きた証を遺す為に自分は何をすればいいのだろう。
そんなのは決まっている。
彼と同じ様に医学を志すと決めた時から自分の想いは何も変わっていない。
女性は愛する人の想いを受け継ぐ事を決意した。
それが果てしなく険しい道のりだとしても。
そのために涙が枯れるまで泣き尽くそう。
甘えん坊の子供のままでいるのはそれで最後だ。




