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ゆめのおちかた~終わりに向かう二つの世界、小説家とアニメーターを目指す何者かになりたい若者と、夢破れたTSダメ親父が紡ぐ英雄のいない物語~  作者: 高山路麒
第一章 終わりに向かう二つの世界【第一部1】

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1-43 情緒あふれるレトロな路面電車でアンニュイな逃走

 のんびり食べ歩きを楽しみつつ、俺はやや緊張しながら木造の路面電車に乗り込んだ。


 車両を見渡しても兵士はおらず、これなら安全に福岡城まで移動出来るだろう。


 長崎の県庁所在地である崎陽きよう市にも一応路面電車はあるけれど、流石にこんな昔懐かしレトロな電車に乗るのは初めてだ。


 電車マニアの人なら垂涎ものの貴重な体験であり、そこまで電車に興味がない俺でもなかなか楽しめた。一番の理由はしばらくの間安全が確保されたからだけど。


 うーん、ゆっくり流れる廃墟が異世界仕様にリノベーションされた独特な街の景色も、ガタンゴトンと腰が浮かぶほど揺れる乗り心地の悪さが実にあはれなり。


 かつての栄華は夢の跡、今は人類に代わり新たな生命が文明を築いている。松尾芭蕉じゃないけど廃墟ってどうしてこんなに心を動かされるのだろう。あれ、なんか涙が出てきちゃう。


「そういや福岡城ってどんな建物なんだ? やっぱり廃墟なのか?」

「ええ。廃墟だから遺構って言うと思うでヤンスけど。一般人は中に入れないでヤンスが普通に観光地になってるでヤンス。一応再建したら、という議論はされているでヤンスが木材に何を使うのかって事でずっと先送りになってるでヤンス。アシュラッドはウルトが持ち込み禁止でヤンスが、基本的にこの世界の建物に使っている木は大体ウルトの木でヤンスから」

「ほーん」

「もちろん代用出来るものもあるにはあるんでヤンスが、どれも当時の姿を再現するにはイマイチか建材としては微妙なものばかりで、ちょうどいいのが見つからなくて困っているでヤンス」


 心の奥底から湧き出てきた切ない気持ちを紛らわすためサスケに話題を振ると、彼はこの世界における福岡城の立ち位置を教えてくれた。


「俺達のいた世界の福岡城にはもちろんウルトの木材は使われていないけど、こっちでも同じ様にああでもないこうでもないと揉めているのか。けどそんなに昔の人の事を一生懸命考えてくれてなんか嬉しいな」

「アンジョはこの世界の人にとって神様でヤンス。でもそんな事よりも昔から受け継いだ大事なもので残すべきものだから、っていうのが世界中で遺構が残っている一番の理由でヤンスね」

「残すべきもの、ねぇ。そんな大層なものじゃないのにさ」


 どうしてだろう、なんだか話を聞いていると胸が締め付けられてくる。喜びの感情は次第に切なさや虚しさに代わり、公園の遊具を見てその気持ちは決定的なものになった。


 グリードの子供達やキノコ君ははしゃぎながらその遊具で遊んでいたが、よくよく見ればそれは朽ち果てた戦車だった。


 福岡は修羅の国とはいえ流石にあんなものは街中にない。市街地になぜあんなものがあるのかは様々な考察が出来るが、彼らからすればあの錆びついた鉄塊も護るべきもので愛すべきものなのだろう。


「俺達人間は神様と呼ばれるほど立派な存在だったのかねぇ。やれ未来のために地球環境を護ろうだの、公平な社会を目指そうだの、世界を平和にしようだの、こんなものを見てたら何もかもがどうでもよくなってくる。結局世界は人がいなくても存在出来るし、人間はいてもいなくてもどうでもいい存在だったんだなってよくわかったよ」

「アニキ?」


 叫ぶとしてもどういった言葉が適切なのだろうか。この途方もなく虚しい感情はきっと俺も含めて誰にも理解出来ないだろう。別に理解なんてしてくれなくてもいいんだけど。


 年季の入った古い木のニオイには様々なニオイが混ざっていた。この電車は人類がいなくなった間も、この世界で生きるたくさんのグリードを運び続けたのだろう。


 電車に乗る人々は仕事や娯楽など様々な理由で乗っているに違いない。けれどそこに人間はいない。もちろん子孫はいるが、あらゆる概念が一新された彼らはもう旧世代の人類とは別の存在だ。


 愚かにも滅びに向かう選択をした前の世界に心残りはない。だけどやっぱりなんだか寂しいよ。


『智樹ちゃん』

「ん」


 アンニュイな気分で車窓から見える景色を眺めているとまれっちから連絡がくる。その口調は心なしかほんのり深刻そうで、俺はすぐに危うい気配を察知した。


『ちょっと予定外の事態が起こった。もうしばらくしたら電車が緊急停止するからダッシュで福岡城に向かってほしい』

「よくわからんが……リアン、サスケ、何かに掴まれ」

「おう」

「?」


 リアンはただならぬ雰囲気を瞬時に理解し木製の手すりを掴んだが、状況がよくわかっていないサスケは何故かぴと、っと俺に抱き着いてしまった。だからお前さんは誘っているのか。


 ギィイイイ!


「わー!?」

「きゃあ!?」

「うおっ!?」


 数秒後電車は緊急停止し、前方で何かにぶつかったのか強い衝撃が車体全体に広がる。


 多くの乗客は予期せぬ事態にバランスを崩し、立っている人間は全員転倒し座っていた人も多くが飛んでいってしまった。


「な、なんでヤンス~!? ぴゃあっ!」

「大丈夫か、サスケ」


 サスケは俺に抱きしめられている事に気付いて赤面、慌てて離れた後すぐにその表情は真面目なものに変わった。


「い、痛い……!」

「何これ……!?」


 電車にいた人々は押し潰されあちこちから悲鳴が聞こえる。見た所死ぬほどの大怪我を負っている人はいないが骨折をしている人はいるだろう。


「一体なんだ? 事故ったのか?」

「みたいだな」


 リアンもまたすぐに冷静になり状況を分析、前方で車が大破しているのを目視で確認した。


「テメェふざけんなコラ! いきなり飛び出してきやがって!」

「俺のせいじゃない! ピヨタンたちが突然暴れ出して……!」

「ピィピィ!」


 交差点にいるピヨタンたちは喧しく鳴きながらひどく興奮しているが、従順で温厚な生き物を刺激する様な何かがあったのだろうか。


 異世界ならではのトリッキーな原因ではあったけど、つまりはただの交通事故らしい。


「これだけの事故だ、王国兵がすぐに来るだろう。すぐに降りるぞ」

「ああ! サスケも早く来い!」

「は、はいでヤンス!」


 何にせよこの状況で出来る最善の行動はすぐにこの場から立ち去る事だ。非情な様に思えても俺は決して連中に見つかってはならない。


 そりゃ怪我人を見捨てる事に関して多少なりとも後ろめたいものはあるけど、俺はそこまでお人よしじゃないんだよ。


 俺達は電車からそのまま道路に飛び降り、すぐに走り出して福岡城へ移動を開始する。


 取りあえず事故現場を眺めてみるとそこには大破したスポーツカーや横転したトラックなど、端的に言ってまあまあな多重事故が起きていた。


 道路には車が積んでいた荷物であろうか、大量の小麦粉がぶちまけられ一面真っ白になっていた。


 一部の悪意のある人間はどさくさに紛れて散らばった荷物をこっそり回収しているけど、こりゃ確実に一人二人は死んでいるだろう。


 空襲された時と比べればまだマシだがあちこちから泣き叫ぶ声が聞こえ、死を連想させる血やガソリンのニオイはかなり精神的に堪える。出来る限り直視せずに通り過ぎなければ。


「キュ~」

「ってモリンさん!?」


 だがそのまま素通りしようとした時、俺は倒れている人の中にモリンさんがいる事に気が付いた。


 どういう経緯なのかはわからないが、仕事終わりの彼女もまた不幸にも事故に巻き込まれたらしい。


「どうした、トモキ! 早くしろ!」


 リアンは突然足を止めた俺に怒声を浴びせた。すぐに逃げなければいけないのは明白だし、これがエゴである事はわかっている。けれど恩人である彼女一人を助けるくらいは良いだろう。


「ポン!?」


 俺はM9を取り出し回復弾に変更、モリンさんに撃ち込んだ。負傷していた彼女は突然の事に驚きピョン、とコミカルに飛び上がってしまう。


「なな、なんですかポン!? ってトモキさん!?」

「良かった、無事だったんですね!」


 ぶっつけ本番だったが回復は見事に成功し、彼女は保護してもらったはずの俺がいる事実、そして傷が塞がっているという二つのあり得ない事実にひどく混乱していた。


「すみませんが話している時間がないので! じゃあお元気で!」

「え!? いや、どういう事ですポ!?」


 ただもちろん喜びを分かち合う余裕はないので俺は即座にその場から離れる。


 予想は出来ていたが銃声のせいで注目を集めてしまったし、今すぐにでもここから逃げないと!


「マレビトだ!」

「うげッ!?」


 しかし時既に遅し、俺は駆け付けた王国兵にバッチリ目撃され笛を鳴らされてしまう。


 爆音は大歓声の球場でファールを伝える笛の様によく聞こえたので、周囲の兵士はすぐに集まってくるはずだ。銃も持っているし変な勘繰りをされたかもしれない。


「ったく、何やってんだよ!」

「悪いっ!」

「でも流石アニキでヤンス!」

『全く、今度は指示通りに行動してねぇ』


 リアンたちは形だけでは咎めていたがその口調はどこか嬉しそうだった。


 かくして逃走劇が再び始まったが、今度はなんだか少し楽しく感じられたのは気のせいだろうか。


 ったく、人に親切にした所で何も良い事なんてないってわかってたはずなのに、なんでこんな事しちまったんだろうなあ。


 ただ俺は一時のテンションで行動した事を悔いてしまったが、しばらくして言う程後悔していない事に気付いてしまった。

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