3-123 鰯の頭も信心から
コレラに感染したリアンを前に俺達はどうする事も出来ずにいて、マタベエは善意からしつこくアマビコの飾り物を彼女の顔に押し付けていた。
イワシとトビウオを合体させた様なアマビコ(魚)はイシャイラズという別名もあり、この世界ではそれにちなんだ言い伝えもあるらしい。
「やっぱり根本的な解決には特効薬が必要みたいですね。ですが作れと言っても作れるわけがありませんし」
「だよなあ……うーん」
知識があるアマビコもそれが不可能だとわかっているのだろう。せめて俺達の世界の薬の代替品となるものがあればいいんだけど。
「こういう時ゲームなら言い伝えに出てくる珍しい薬草とかをどっかに採りに行くもんだけど、そういうのはないよなあ」
「キーアにはよくわからないけど、イシャイラズならそれっぽい言い伝えがあるゾ!」
キーアはナイスアイデアとばかりにアマビコ(魚)を押し付ける。だけど所詮言い伝えでしかなく、流石に庶民の魚でコレラが治せるわけがないだろう。
「ちゃんと覚えていないけどアマビコの飾り物には由来があるんだっけ。どんなのだったかな」
「……待ってください」
俺は取りあえず意見を出してくれた彼女のためにうろ覚えの言い伝えを思い出そうとした。けれど話を聞いていたアマビコは何かに気が付き表情が変わってしまう。
「昔疫病を振りまく怪物が現れてたくさんの人が亡くなり、アンジョが病気の治療をして。彼は水を汚して瘴気を出さない様に教え、アマビコを家の前に干して飾りそれを薬にして飲みなさいと伝えた……」
「ああ、そんな言い伝えだったな」
アマビコの民間伝承はこの世界ではポピュラーなものだったので、彼はすらすらと思い出す事が出来た様だ。
「……ん?」
だが俺はしばらくしてその言い伝えが今の状況と酷似している事に気が付いた。
なんだ、この違和感は。この伝説は果たしてただの伝説なのだろうか。
「この村でディーパ族の感染者はいなかった。僕達ディーパ族は魚を――アマビコを頭から丸ごと食べます。言い伝えでは普通は食べないアマビコの頭や骨を薬にして飲みますが、ディーパ族は普段から同じ事をしています」
そう、これは伝説ではなかった。
彼らの言い伝えにはちゃんと根拠があった。
長い年月の間、言い伝えが今日まで残っていたのにはちゃんと理由が存在していたのだ。
「そうだ、若い人は倒れたのにお年寄りはほとんど病気にならなかったゾ。最近はあまり薬にして飲まないけど、伝統を大切にしているお年寄りは飾った後にちゃんと薬にして飲んでるゾ!」
キーアもまたようやく伝説の真実に辿り着き、彼女はこの絶望的な状況を打破する突破口を見つけ嬉々として希望を与える事実を伝えた。
「まさかッ!?」
俺は急いでアマビコの飾り物を手に取って鑑定スキルを用いた。時代遅れの奇妙な文化と思っていたが、この魚の正体はとんでもない代物のはずだ!
『アマビコ:別名イシャイラズとも呼ばれている庶民に親しまれている大衆魚。ゲノム編集した微生物を用いて様々な病気に効果がある成分を体内で生産する事が出来る。本来は自然界に存在していない人工的に作られた生き物』
「マジかよ」
そして俺はその時アマビコの正体を初めて知ってしまった。
人工的に作られた微生物によって薬の素材を作成する事自体は現代でも普通に行われているが、まさかこの魚がそうだったとは。
「キーア、今この村にすぐに薬に出来るアマビコの飾り物はどれくらいある!?」
「全然売れてないからいくらでもあるゾ!」
鰯の頭も信心からとは言うが案外馬鹿には出来ないものだ。まさかコレラの特効薬がこんな大衆魚だったなんて誰も思わなかっただろう。
自業自得で滅んだ人間はこの世界にろくでもないものばかりを遺していったが、今回ばかりは先人たちに感謝しないと。




