3-119 ナジム村に蔓延する疫病
「皆、どうしたんだゾ!?」
「う、ぐうう」
病に倒れた人達は村で唯一の医療施設である病院に集められ、キーアは青ざめた顔の知人に心配そうに駆け寄った。
「うう……お母さん、気持ち悪いよお」
「大丈夫、大丈夫だからね」
なお病院と形容したが、実際は廃墟となった病院に病人を詰め込んでいるだけで満足な医療は受けられていない。
当然治療を施す医療従事者もおらず、もっぱら病人の親戚が手当てをしている様だ。
「ワタワタ、エライこっちゃ、ドウスルヨー?」
「どうしよう、水飲ませるカ? イシャイラズ食わせるカ?」
「流石にそれじゃ無理だロ。美味いケド」
唯一ディーパ族の住民だけはピンピンしていたが、彼らもまた未曽有の事態に右往左往して何も出来ずにいた。
だがこんな状況ならばたとえ現代人だとしても、どうしていいのかわからずパニックになってしまうはずだ。
「うへぇ……マジかよ」
「ね、姐さん……!? なんかヤバそうでヤンス!」
皆はとてつもなく恐ろしい何かが起こっている事だけは理解したらしく、リアンとサスケは恐れをなしその場から逃げ出そうとする。
「こ、これは一体何が起こってるんですか? まさか疫病……?」
だが医者を志すアマビコだけは冷静になるように努めてどうにかして状況を把握しようとしており、自分に出来る事はないか考えていた。
「トモキさん! キーアも!」
「親父! これは一体なんなんだゾ!?」
しばらくしてカジノジイ族長が戻って来て呆然と立ち尽くす俺達に話しかける。どうやら彼は無事っぽいけど、明らかにその表情は憔悴しきっていた。
「わからない。立て続けに村人たちの具合が悪くなり、腹を下して嘔吐したんだ。最初は何か痛んだものでも食べたのかと思っていたがどうにも違うらしい」
「それってまさか、水害の後に流行り始めた疫病ですか?」
俺は何度も耳にしてきた疫病というワードを思い出した。
復興支援をしたモッコスでもひと悶着あったけど、疫神タイガーウルフの正体は水害で衛生環境が悪化した事で発生する感染症だと結論付けられたっけ。
「恐らくそうだろう。出したものが米のとぎ汁の様だった。あんな奇妙な色をした便は見た事がない。他の地域で倒れた人々にも同じ症状が出ている様だ」
「米のとぎ汁って、まさか」
そしてカジノジイ族長が重苦しい表情で語った言葉により、俺はようやくタイガーウルフが具体的に何を指し示しているのかその正体に辿り着いてしまった。
「コレラ……そうか、タイガーウルフは虎狼痢だったのか……!」
虎狼痢――かつて日本ではコレラをそう呼んでいた。大昔から現代に至るまで多くの死者を出している、人類最悪の感染症を。
虎狼痢だからタイガーウルフ、考えてみれば漢字を英語に変換しただけの安直なネーミングセンスだ。
なのにどうして俺はこんな単純な言葉遊びに気が付かなかったんだ。俺が早く気が付いていればこの最悪の事態は防げたはずなのに!
「おええっ」
「大丈夫、大丈夫だからね」
苦しそうな子供は桶に戻したものをぶちまけ、母親は汚れる事を厭わず甲斐甲斐しく我が子を看病する。
それは我が子への愛情が感じられる光景だったが、素手で感染源となる汚物を拭う事は自殺行為に他ならない。あんな事をしてしまえばあの母親も感染してしまうはずだ。
「駄目ですッ! それに触ったらいけませんッ!」
「ちょ!? 何するのよ!? この子を助けられるのは私しかいないのよ!?」
しかし俺の代わりに彼女を制止したのはアマビコだった。母親は我が子から無理やり話され半狂乱になってしまうが、彼は彼女の命を救うため必死で押しのけた。
「すまん! よくわからんがこうすればいいんだな!?」
「離して、離しなさいッ!」
ザキラは非力なアマビコの代わりに母親を羽交い絞めにして強制退場させる。だがあの様子ではたとえ両手両足を縛られていたとしても子供のために戻って来るだろう。
「アニキ、コロリがなんなのかわからないでヤンスが、ここにいて大丈夫なんでヤンスか?」
「大丈夫じゃないな。俺達の世界でも未だにたくさんの人が死んでる病気なのに、ロクな医療設備もないこの村でコレラに感染したらかなり危険だ。皆は早く村から出ていったほうがいいだろう」
「……うう、それガチでヤンス?」
「ガチだ」
俺は不安がるサスケに対し正直に伝えた。いたずらに不安を煽る事は好ましくないが、残念ながらもうそういう次元の話ではないからだ。




