3-115 ユフィンのレトロカーの博物館
希典先生が去っていき、ほとぼりが冷めた頃に俺はマップを開いた。
そっとしておいた方が良かった気もするけど、あのまま放っておいたら希典先生がいなくなってしまうんじゃないか――俺はそんな不安に苛まれていた。
幸いにして彼の姿はすぐに見つかる。今は古い車がたくさん置かれている場所をうろちょろしている様だ。
その場所は雰囲気的に小規模の博物館っぽく、時代を感じるクラシックカーを展示している。
ブゴッタマーケットといいこの辺にはレトロなものがたくさんあるけど、彼はあんな場所で何をしているのだろう。
「お邪魔しまーす」
俺は人がいなくなった博物館にコソ泥の様にお邪魔し、警戒しながら周囲を確認する。
ここもアンジョの遺構に分類されるのだろうけど、特に封鎖とかはされておらず、俺は不用心だな、と思ってしまった。
(へぇ……)
希典先生以外誰もいない事を確認し、安全を確保した事で見学する心の余裕が出来たので、俺は展示されていたクラシックカーを眺めた。
博物館には大衆向けの発動機を筆頭に、銀幕を彩った往年の名作に出てくる車が多数展示されていた。流石に俺は世代じゃないけど有名な映画でこんな車が出てきたっけ。
当時を生きた人からすれば憧れの名車が目の前に存在するというのはひどく心を揺さぶられる体験だったはずだ。
けれど時の流れはどこまでも残酷だ。
雲の切れ間から姿を見せた月は壊れた屋根から薄暗い館内を照らし、ありのままの姿を映し出す。
伝説の名車の多くは錆びつき、ただの鉄塊と成り果て人々の想い出と共に色褪せていた。予備知識がなければただの廃車置き場にしか見えないかもしれない。
音も動くものも一切存在しないその空間には虚しさしかなかった。どうやら先ほど目の当たりにした光景は想いの残滓が見せた幻だった様だ。
幻にしては随分とはっきりしていた気もするけど……今起こった現象を深く考えると少し怖くなってくる。
俺はそういう事もあるんだろうな、と捉えてそれ以上認識しないようにした。
しばらく博物館の探索をしていると大きめのボンネットバスを発見する。
やはりこれも錆びついてはいたが、比較的保存状態は良好なのでメンテナンスをすれば走れるかもしれない。
「これって確か……」
俺は記憶を頭の片隅から引っ張り出し、この車が九州で最古のボンネットバスだという事を思い出した。きっとこの博物館でも目玉の展示物という位置付けだったのだろう。
「……………」
だけどこの感覚は何なのだろう。まるで山奥の朽ち果てた祠の様に得体の知れない不気味な何かを感じる。
すぐに立ち去ったほうがいいはずなのに、俺はその場から逃げ出す事が出来なかった。
一歩、二歩、三歩。
俺の身体は無意識に動き出し、あろう事かバスに向かって歩き出してしまった。
ボンネットバスの扉は歪な音を奏でて開き、何かに招かれて車内に入って行く。
バスの後部には黒い靄が漂い、不定形の靄は次第に形になりその姿を現した。
ああそうか、あいつはようやく姿を現したのか。
「ちゃんと会うのは今回が初めてだな」
「あんたは……」
優雅な黒い着物を身にまとい、怪しい魅力を漂わせる白い肌の女性は一見すると天使の様に見えた。
だが神に背いた証でもある禍々しくも美しい黒い翼は、彼女が人に仇を為す悪しき存在である事を否が応でも理解させたんだ。




