3-111 マレビトがもたらした戦争と、ナジム族とサトリ族の負の歴史
彼女と会話を続け、俺はずっと疑問に思っていた事を尋ねた。
「キーアはなんでそこまで一緒に俺と風呂……足湯に入りたかったんだ? 俺は一応アンジョだけど」
キーアは人懐っこい性格だが、どういうわけか俺に対しては特別友好的だった。しかも俺は彼女が嫌いな人間だというのに。
「うーん、確かにナジム族は昔色々あったからアンジョの事が嫌いな奴が多いけど、トモキはキーアが思ってたアンジョじゃなかったからトモキの事が知りたくなったんだゾ」
「アンジョが切っ掛けになって戦争があったんだっけ。俺は何があったのかよく知らないけど……何があったんだ?」
あまり楽しい話題ではないだろうが、俺はかつてこの世界で人間が犯した罪について知るためにキーアに教えてもらう様にお願いした。
それが俺に対して心を開いてくれたキーア達への礼儀だと思ったからだ。
「……トモキは狩りをするキーアを見ても嫌いにならなかった。この格好を見ても野蛮だと思わなかった。一緒に手づかみで料理を食べてくれた。トモキは特別な事をしているつもりはないかもしれないけど、キーアにとっては嬉しかったんだゾ」
どうやらキーアは俺があまり意識しないで行っていたさりげない振る舞いにいたく感激していた様だ。
俺からすれば尊重という程でもなく、そういうものだと受け入れ合わせる努力をしただけなんだけど、こんな事で喜んでくれるだなんて昔の人間はどれだけの事をやらかしたのだろう。
「ナジム族とサトリ族は元々仲が良かったんだゾ。だけどマレビトがやって来て、最初は有難がっていたんだけど、そのうち狩りをして動物を殺すナジム族が野蛮だって言って、野菜を食べるサトリ族は素晴らしいって贔屓にしたんだゾ」
キーアの話を聞き、俺はその偏ったマレビトがどのような考えを持っていたのか推測した。
(ひょっとしてあの絵画は……そういう事だったのか?)
ニューナジムタワーには過激な環境保護団体の代名詞とも言えるトマトスープをぶちまけた絵画があったけれど、あれはそのマレビトが遺したものだったのだろうか。
災いをもたらしたマレビトの思想は二種類のパターンか、あるいはその両方であると考えられたけど、まずは彼女の話を聞いてから判断しよう。
「ナジム族とサトリ族は戦争になってたくさん死んだんだゾ。元々仲が良かったのに、そんな事になったのはマレビトのせいだゾ。でも悲しい事はこれだけじゃなかったんだゾ。サトリ族も大変な目に遭ったんだゾ」
そいつがどのような思想を持っていたのかはわからないが、それがただの思い込みだとしてもエルフとよく似たサトリ族は、そのマレビトにとっては同類とも呼べるはずだったはずだ。
「トモキも知ってると思うけどサトリ族も普通に肉や魚を食べるゾ。なんでマレビトがそんな勘違いをしたのかわからないけど、サトリ族はマレビトに合わせて山奥に住んで、それが正しいと考えて野菜だけを食べて、マレビトの教えで鉄を使わない生活をしたんだゾ」
サトリ族――彼らの見た目はファンタジー世界のエルフと似ている。
ファンタジー作品で描かれるエルフの特徴として、動物由来の食べ物を一切口にせず鉄を使わない生活をしているというものがある。
だが医学の知識がある現代人に言わせれば、その生活様式が最もファンタジーだと言えるだろう。
「いきなりそんな生活しろって言われても無茶な話だゾ。畑も作れなくて、狩りも出来なくてサトリ族は食べ物が無くなってたくさん死んだゾ。しばらくしてそんな生活に耐えきれなくなって普通の生活に戻ったゾ。結局残ったのはお互いへの憎しみだけだったんだゾ」
文明から隔絶された世界で完全菜食主義の食事をしながらコミュニティを構築する。だがそんな事は現実的には不可能だ。
野菜だけの偏った食事は栄養の欠乏を招き様々な病気にかかりやすくなる。またほとんどの機械や資材が使えない以上インフラや家を作るのも困難だ。
いわば彼らは着の身着のままの状態で、制約を与えられた状態で終わりの存在しない死のサバイバルを強要されたのだ。
「サトリ族もマレビトがやって来たって歴史ごと過去をなかった事にしようとしているゾ。だけどサトリ族の中にもいろんな考えの奴がいて、マレビトの教えが正しいって揉めてるところもあるんだゾ」
ファンタジーでエルフがその様な生活が出来るのは魔法や長命という特殊能力があるからであり、人間とさほど変わらなければすぐにどこかで破綻してしまう。
そんな事は最初からわかり切っていたはずで、命の危機もあるというのに何故マレビトの教えというだけでそこまで妄信してしまうのだろう。
「だからナジム族はアンジョが嫌いなんだゾ。平和に暮らしてたのに、アンジョのせいで滅茶苦茶にされたから……なあトモキ。こんな事を思うキーアは悪いのか? 憎しみを忘れたほうが正しいのか?」
マレビトによる負の歴史がもたらした問題は俺達の世界にも通じるものがある。彼女の葛藤は決して他人事ではなかった。
おそらく本当の意味で全ての被害者が和解するには、途方もない年月がかかるに違いない。
「そうだな。もしよかったら人間を悪者にしても構わない。奴らが全部悪かったってな。実際そうなんだけど」
「でもそれじゃあトモキの事も嫌いになるゾ。そんなのは嫌だゾ」
俺はこういう場合に用いる模範解答を示した。サトリ族にも責任はあるのかもしれないが、戦争の終結はわかりやすい悪を作る事から始まるからだ。
悪とされる存在の多くは独裁者だったり軍部だったりするが、人によっては責任転嫁だというかもしれない。本当の戦争は決してそんな単純なものではないというのに。
「キーア、こういう時に使う人間の名言を教えてやろう。『それはそれ、これはこれ』だ」
「それはそれ、これはこれって……そんなんでいいのか?」
「別に全員と仲良くする必要も理由もないんだ。キーアだって同じナジム族でも嫌いな奴はいるだろ。無理せず仲良くなれる奴と仲良くすればそれでいいんじゃないか?」
後世に禍根を残しかねない言葉は無責任だったかもしれない。だけどこれはかなり譲歩した言葉だった。
「ビジネスマンや政治家ならともかく、国とか民族の事を考えて相手と仲良くする奴なんて普通はいないさ。利益が欲しいなら別にそれでもいいっちゃあいいけど」
少なくとも俺がキーアの立場なら、そのマレビトやそいつを妄信して戦争を起こした奴らを死ぬまで許さないだろう。それを未来を生きる子供たちに伝える事はしないけど。
「そっかあ……それで良かったんだナ。初めてマレビトの言葉に感心した気がするゾ」
それに元々キーアには迷いらしいものはなかった。ややこしい事情を理解出来ない彼女は最初から答えを見つけており、俺はその背中を押しただけに過ぎなかったのだから。
「ああ。キーアは本能のままに生きたほうがいい。難しく考えるなんて性に合ってないだろ?」
「んゾ! ん? これは褒められてるのか?」
「うん、褒めてる褒めてる」
「なら嬉しいゾ~」
その言い方には若干貶しているニュアンスが含まれていたが、基本的にはリスペクトしていたので彼女はお湯につけた足をブラブラと動かし身体を揺らす。
俺はふと現実の世界に住む人々も彼女の様に単純なら幸せになれたのにな、と思ってしまう。
本来相手と仲良くする要因は仲良くしたいかそうでないかくらいなのに、今は往々にして余計な情報が混ざっている。結局与えられた情報なんてものは流行り廃りの様なものだというのに。
「ありゃ、アニキがデートしてるでヤンス」
「本当だ。絡んでみるか?」
「なんだよ。姉貴分がいないなんて何気にちょっと珍しい組み合わせだな」
キーアと仲良く寛いでいるとお菓子を買い占めたサスケとザキラのコンビが現れる。普段はリアンと一緒にいる事が多いが、甘党同士一緒にユフィンを満喫している様だ。
「くんくん、いいニオイがするゾ!」
「地獄蒸しプリンとどら焼きでヤンス! キーアも食べるでヤンスか?」
「おお、ありがとナ!」
サスケとキーアはこれといった切っ掛けもなく自然に仲良くなり、出来立てのどら焼きにかぶりついて一緒にスイーツを堪能した。
「なんか二人って似てるよな。わんこ系っていうか」
「それ俺も思った」
「だからオイラはオオカミでヤンス!」
「うまうまー」
ザキラは小動物の様な二人に癒されながらプリンを食べる。キンデルさんも薦めてくれたし、俺も食べてみようかな。
温泉でのんびりして、美味しいものを食べて。やっぱり観光はこうでなくてはならない。俺の心の奥底にある不安は賑やかなはしゃぎ声によってかき消されてしまった。
だけどそれは所詮ただの現実逃避だったのかもしれない。そう遠くないうちにその未来が来る事はわかっていたはずなのに。
(―――――)
「……………」
視線を感じ朽ち果てた電車を見ると、車内に人の形をした黒い靄が浮かんでいた。
黒い靄から漂うこのニオイはなんだ。
湿った洞窟のかび臭いニオイに、肉が焦げたニオイ、血が蒸発するニオイ――。
そうか、これは人を焼いているニオイか。
黒い靄はすぐに霧散し気配も消えてしまう。
あれはひょっとするとカムナと戦った際、天主堂で見かけた煙管に宿っていた『何か』だろうか。
奴は力の対価に呪いを与えようとしているのだろうか。
地獄の業火の呪いによって今もなおこの身を蝕まれている俺からすれば今更呪いが一つや二つ増えたとしても気にしないけど、せめて皆を巻き込まないといいんだけどな。




