3-110 キーアとの入浴イベント
というわけで俺は異文化交流をするためにキーアと一緒にお風呂に入る。
そう、その言葉に嘘はない。しかしそれは例えるのならばネットニュースの釣り記事の様なものだった。
「ふにゃー、気持ちいいゾ~」
「ああうん……」
浴衣姿で足湯に浸かったキーアはとろけそうな程幸せそうな顔をしていたが、まんまと一本釣りされてしまった俺は落胆しながら適当に相槌を打つ事しか出来なかった。
足湯の前には廃線跡があり、錆びついた線路上にある黄金色の草は温もりのあるそよ風に揺られていた。
朽ち果てた電車は昔大勢の観光客を乗せたのだろう。しかし今は割れた窓から社内に光が差し込み、仄暗い車内を名も知らない花が彩るだけだ。
さっきまで賑やかだったのに程々にひなびた感じも悪くない。俺は騒がしいのも静かなのも平気だけど、どちらかと言えばどこか物悲しさを感じる光景のほうが好みかな。
「浴衣に着替えたんだな」
「なんか皆着てたから着てみたくなったゾ。でもちょっと恥ずかしいゾ」
狩猟民族から文化的な装いになったキーアは慣れない浴衣姿に照れてしまい、足湯で寛いでいるこの絵面だけ見ればほぼほぼ外国の観光客が満喫している様にしか見えなかった。
「むしろ俺の感覚からすれば露出の多い普段の格好の方が恥ずかしい気もするけど。でもやっぱり骨の仮面は外さないんだな」
「当たり前だゾ! 裸を見られるのは平気だけど仮面を外した姿なんて見られたくないゾ! もしあっても仮面を外すのはそういう時だゾ! トモキはえっちぃゾ!」
「ごご、ごめん。そういう感覚なのね」
俺が何の気なしに言った言葉はキーアにとってはセクハラだったらしく、女性に対しては失礼極まりない発言にぷんぷんと怒ってしまう。
取りあえず平謝りするけど、果たしてこれは俺が悪いのだろうか。うーん、なんだか釈然としないけど、そういう文化だから仕方がないか。
「でも割と仮面をつけてないナジム族もいる気もするけど」
「そこだゾ。最近のナジム族は破廉恥だゾ。スーツとかドレスはいいけど、あれはなんかやだゾ。仮面をつけてないアンジョかぶれのナジム族なんてナジム族じゃないゾ!」
だが俺がそもそもの疑問をぶつけるとキーアはうんうんと唸って同意した。
その感覚は若者の露出の多い格好に憤慨する昭和の親父か、明治維新後もちょんまげに誇りを持って髪型をなかなか変えなかった元武士に近いのだろうか。
ただ彼女はアンジョかぶれと形容したからニュアンス的には後者のほうが近いのかもしれない。そのこだわりは理解しがたいものもあったけど、彼女にとっては譲れない価値観なのだろう。
「でもどうしてトモキは一緒にお風呂に入るのを嫌がったんだ?」
「ん……いや、てっきり裸で入る方の風呂と思ってな。俺は背中に火傷の跡があってあまり見せたくないんだよ」
「そうなのかー。傷痕なんてナジム族からすれば勲章みたいなものだけどナ。親父とかたくさん傷がついてるゾ」
「だろうな。気にしている奴もそんなにいないっぽいし」
俺が風呂に入るのを渋っていた理由を話すと、ほんのり元気をなくしていたキーアは誤解が解けて一安心したらしい。
俺の迷いは彼女にとっては全く気にする様なものではなかったらしく、文化の違いがこれほどまでに嬉しかった事はなかった。
実際俺達の世界でも傷痕はあまりいいものとはされなかったけれど、校長先生みたいな傷痍軍人はむしろ名誉の負傷をした英雄と認識され好意的に捉えられていたっけ。
ガチ勢の校長は今も元気にしているのだろうか。時期的にはそろそろ辞令が出るはずだけど、名のある軍人でもあった彼は引く手あまたなので就職先には困っていないだろう。
模範的な愛国者だった彼は生徒の出征を見送った後、きっとどこかの軍事系の学校で悠々自適な暮らしをしているんだろうなあ。
「ふひー」
正直あのジジイが生きていようが死んでいようがどうでもいい。足湯でリラックスした俺はそれ以上彼に想いを馳せる事はなく、思い浮かべた顔は湯気と共に消え去ってしまった。




