3-104 変革を望むキンデルの野心
キンデルと一対一で話し合う事になり、やってきたのはまたしてもジョイフーだった。だがこちらはニューナジムタワーの内部にあり、客も誰一人としておらず閑散としていた。
「話って、ここでですか?」
「オープン前だから誰かに聞かれる心配はないよ。私はいろんなビジネスをやってるけど元々ジョイフーの創業者から成り上がって政治家になった口だし、その辺も気にしなくていいよ、うん。職権乱用だけどね。じゃあいつものをお願いするよ、うん」
「かしこまりました」
キンデルは女性の店員にそう伝え、彼女は一切動じる事無く普段通りの接客をし笑顔で去っていく。どうやら俺とは違い大物が不穏な会話をしていてもへっちゃらな様だ。
「君も何か食べるかい? スイーツをコンプリートしちゃう? おすすめはフライドポテトとドリンクバーの組み合わせだよ。出来ればメニューの左上にある奴を注文して欲しいな」
「原価率的に儲かるからですか?」
「はっはっは、冗談だよ。何でも食べていいからね」
「さっき食べたばかりなので大丈夫です。ずっと監視していたのなら知っているはずでしょう」
「そうだったそうだった。たくさんあるレストランから私の店を選んでくれてありがとうね」
流石に毒を盛ったりはしないだろうが、体よく断る理由があったので俺は何も口にしない事にした。
ただやはり自分の店には愛着があるのか、ジョイフーで昼食を取った事を伝えると彼は機嫌がよくなってしまう。
「キンデルさん。あなたはゴルイニシチェの事についてどこまで知っているんですか」
「そうだねぇ。君は彼らの事を知っていたみたいだけど、どんな人達なんだい?」
俺が重苦しい口調で言ってもキンデルは笑みを崩さなかった。だがおそらく彼は全てを見越した上で聞き返したのだ。
「ゴルイニシチェには理念なんてものはありません。自分達に従わない人間や、気に入らない存在は問答無用で女子供も見境なく殺す様な連中です。確かに腕は立ちますが、あれは食客として招く様な人間ではありません」
「ハッハッハ、そんな事は最初から分かっているよ」
「いえ、あなたは何もわかっていません!」
だが忠告しても彼は馬耳東風とばかりに笑うだけであり、俺は思わず声を荒げてしまう。自分の国の人間や同盟国の人間ですら虐殺する様な奴らだし、間違っても気を許してはならない相手だったからだ。
「わかっているよ。彼らの素性も含めて全てね」
「っ」
しかしキンデルは再び不敵な笑みを浮かべ、熱くなってしまった俺は一気に全身の血の気が引いてしまった。
「奴らは管理しなければ確実に問題を起こす。ナジム自治区にはアンジョ嫌いな者もたくさんいるし、何かが起こればそれをきっかけに大きな紛争に発展する可能性もある。特に今は水害の影響で人心が乱れているからね」
「……そうですか」
どうやら彼はゴルイニシチェの兵士を厚遇しているわけではなく、エサを与えながら檻に閉じ込めていただけの様だ。
この方法だと確かに出費はかさむが戦争のリスクを抑える事が出来るし、そう考えれば妥当な判断だろう。
「それに何より最強最悪の傭兵組織を保持しているという事実はアシュラッドに対しての抑止力になる。私は今クーデターを起こしそうな危険人物だと認識されているからね」
「クーデターって」
だが続けて発言した内容には正直共感出来なかった。武力による威圧は戦争を避けるための一つの手段だが、それが行き過ぎた場合最悪の結果をもたらす事を俺は実体験として知っていたからだ。
「あなたは本当にクーデターを起こすつもりなんですか」
「ああ、その通りだよ」
俺はそんな最悪の事態を避けるためにタブーに切り込んだ。その質問をした時彼はあっさりと事実を認め、陽気な笑顔もより恐ろしく悪意に満ちたものに変化してしまう。
「だが私が望んでいるのは武力による変革ではない。お互いに一切血を流さない政治的なクーデターだ」
「政治的なクーデター、ですか」
「もちろん法と倫理は踏みにじるけどね、うん。けれど同じクーデターならそちらのほうがまだずっといいだろう」
暴力によるクーデターは糾弾される事も多いが、政治的なクーデターはある程度支持され受け入れられる事も多い。
なので類似の事例は世界中で起きており、それは日本も例外ではなかった。ましてや相手が圧政を敷く独裁者ならば民衆も受け入れるかもしれない。
少なくとも彼らの事が憎くてたまらないナジム自治区のグリードならば、キンデルのクーデターを諸手を挙げて歓迎するだろう。
「知っているかい。ここよりずっと南にある孤島、聖地ニライカナイにはかつて世界を滅ぼした龍が眠るそうだ」
「ニライカナイって」
ニライカナイ――彼からその言葉を聞いた俺はすぐにその場所が沖縄だと理解する。今回の旅の目的地の最終到達点は沖縄だけど、こう繋がるのか。
「その伝説はね、簡単に言えばこんな感じだよ」
――五番目の子犬が暴風と共に現れ光龍の目を潰した。
――穢れた生き血を飲まされた悪狐は目が見えなくなった光龍をそそのかしてニライカナイを滅ぼした。
――黄金宮の祠から飛び立った天龍リンドヴルムはザイオンを炎で焼き尽くした。
――炎はマタンゴの魔王マーラとなりザイオンを呪いの地に変えた。
「……………」
キンデルが語ったこの世界の伝説に、俺は恐怖で身がすくみ戦慄を覚えてしまった。
五番目の子犬が光龍の目を潰すというのはどういう意味だろう。穢れた生き血を飲まされた悪狐とは何を指しているんだ。
沖縄、京都、魔龍、死の呪いをもたらすマタンゴの魔王マーラ。その言葉は一体何を意味しているんだ。
「ちなみに別のパターンではマーラが世界に災厄をもたらした魔龍ともされている。星桜龍はマーラの化身だという説もあるね。そんなわけでマーラは龍王とも呼ばれているんだ」
知りたくない。だけど知らなければいけない。
一見ファンタジーなワードは俺の脳裏で別の言葉に変換され、少しずつこの世界で過去に起こった真実を明らかにしようとしていた。
人類が滅亡した後、彼らが使っていたものを見てこの世界の人々はそれが一体何なのか理解出来なかっただろう。
マーラは男根を意味する摩羅の語源にもなったが、彼らは何を見てその物体にマーラという名前を付けたんだ。
(まさか魔王マーラは……!)
おそらくそれは細長く巨大なもので龍の様に空を飛び、世界を滅ぼす魔王の如く強大な力を持つものに違いない。
あるいは禁忌の力を行使した後に起こる現象になぞらえ、マタンゴの魔王と形容したのかもしれない。
だが悲しい事にそんな恐ろしいものは一つしか思い浮かばなかった。俺はもう魔王マーラの正体が何であるか確信してしまったんだ。
「天龍リンドヴルムは今もニライカナイに眠っている。だからあの場所は禁足地となっているんだよ。もしもニライカナイの龍が目覚めてしまえばそれに呼応して星桜龍が目覚め、夢の落方が訪れて世界が消え去ってしまうからね」
そして世界を滅ぼした龍は今もこの世界に存在する。ファンタジーなどではなく、人間が遺した負の遺産による現実の脅威として。
星桜龍がもし想像しているものと同じならば、夢の落方も決してただの伝承ではないはずだ。
星桜龍が目覚めた時――この世界は本当に滅んでしまうのだろう。それこそ夢が消え去る様に、跡形もなく全てが失われて。
「夢幻の仙人と話し合った時、彼は君に判断を委ねると言っていたよ。やはり噂通り仙人は俗世の事柄には無関心らしい。彼はこの世界が滅びたとしてもどうでもいいんだろうね」
「キンデルさん。あなたは俺に何を望んでいるんですか?」
きっと彼は希典先生と話した際、あの手この手で口説いて適当にかわされたのだろう。最悪のシナリオは確かに避けられたが、俺としてはただ丸投げされたので迷惑この上なかった。
「管理者権限は兵器を含めたアンジョの遺産を自由自在に操る事が出来るんだ。もちろんニライカナイの龍もね。君がグリードについてくれれば最強の抑止力となるだろう。もしも君が私の仲間になれば、私は君が望むものを全て与えるよ」
ああ、やっぱりそういう事だったのか。俺はずっと便利だと思っていたこの能力が途端に恐ろしくなってしまった。
「なに、実際に力を行使する必要はない。あくまでも求めるのは抑止力だけだよ。トモキ君、君も今までの旅で虐げられるグリードを見てきたはずだ。暴力を用いずに彼らを救えるのならば何も問題ないんじゃないかな」
彼の言うとおり、この世界で今を生きる人々にとって、かつての栄華に縋り付く人類は最早害悪でしかない。
正直今すぐにでも滅んでも構わないし、彼が平和的にクーデターを起こすというのなら止めるつもりも全然なかった。
「すみません。その申し出を受け入れるつもりはありません」
だけど死んでもその一線を越えるつもりはなかった。
叶う事なら管理者権限というこの忌まわしい力をすぐにでも捨て去りたい。たとえ世界の半分を手にしたとしても、戦争と核ミサイル攻撃によって全てを奪われた俺にとってそれは絶対に飲めない提案だったからだ。




