3-103 戦わずして飲む
ゴルイニシチェに加わらないか――ジョレスに品定めをする様に見つめられた俺は、恐怖を堪えながらこの状況を切り抜けるための最適な解答を思案した。
だがいくら考えても恐怖で頭が回らない。クソ、一体どうすればいいんだ。
「どしたん智樹ちゃん」
けれどそこに救世主が現れた。
「そんな悩むものでもないでしょうに。そこははいを選択してトロフィーを獲得してからの夢オチでしょうに」
「まれっち!」
キンデルと話し合っていたはずの希典先生は颯爽とキャバレーに現れ、ジョレスと対峙する俺の隣に立ってくれたんだ。
「おいおい、ここはお前みたいなガキが来るところじゃねぇぞ。それとも俺の隣で一緒に酒でも飲んでくれるのか?」
ジョレスは卑しい笑みを浮かべ希典先生を舐めまわす様に眺めていた。確かこいつは傭兵になる前は少女を殺した罪で服役していたし、ロリ幼女状態の彼を獲物と認識したのかもしれない。
「ふぅん、いい酒だねぇ。ちょいと貰うよ」
「あん?」
だが希典先生は一切動じず度数の強い酒の瓶を掴み、水を飲むかの様にぐびぐびと一気飲みをする。
「ほれ、一緒に飲むんだろ? 俺っちと付き合うのならお前さんもこれくらい飲みな。はよはよ」
酒はあっという間になくなり、普通の人間なら命に関わる行為だというのに彼は平然としていたのでジョレスも呆気に取られてしまう。
「い、いい飲みっぷりするじゃねぇか。だがちぃとばかしここの酒は口に合わねぇ、」
「はいダメー。こういう場所でコンプライアンスは適用されないよぉ。外道ならわかるでしょフツー」
「ガボボボボ!?」
希典先生はあろう事かジョレスに掴みかかり、同じ様に度数の強い酒の飲み口を強引に校内に突っ込み強制的に飲ませた。
「てめ、ふざけんなコラぶっ殺すぞッ!?」
激怒した彼は呼吸もままならず、また許容量を大幅に上回るアルコールを摂取した事でふらつき、ヘラヘラと笑っていた取り巻き達も暴挙にピリつき一触即発の状態になった。
「あ、こっちも貰うね」
けれど希典先生はやはりこちらも意に介さず別の酒を一瞬で飲み干した。もう死なないか心配になってくるがこの人は一体どれだけ酒に強いんだ。
「はい二本目行ってみようかー。飲ーんで飲んで飲んで飲ーんで飲んで飲んでー。イッキ、イッキ、イッキ」
「ちょ、止めてくれ、死ぬっ……」
彼はニマニマと笑いながら再度無理矢理ジョレスに酒を飲ませた。いくら酒に強い人間でも流石にこれだけ飲んだら普通に死ぬ。
そしてその事を理解した上で、笑いながらそんな事が出来る希典先生もかなりの異常者に違いない。
「う、ゲボォォオ!?」
「た、大尉ッ!?」
「クソが……! なんて事を……!」
とうとうジョレスは限界にきて嘔吐し倒れてしまった。介抱する部下は殺意の眼差しを向けるが、
「こんな奴でもこうなるんだから、イッキ飲みはダメ絶対! なのさ。お酒は楽しく飲もうよぉ、ね? お酒への冒涜だよ?」
「ッ」
気味の悪い薄ら笑いを浮かべた希典先生は彼らを毒蛇の様に鋭い目で睨み、彼らはあまりの気迫に怯んで全く身動きが出来なくなってしまった。
「帰るよ、智樹ちゃん」
「あ、ああ」
希典先生は戦意を喪失したゴルイニシチェ兵士に興味を無くし、それ以上は特に何もせず店内から出ていく。
最強最悪の武装勢力だとしても、超越者である彼にとっては取るに足らない存在だった様だ。
「トモキ、大丈夫か? なんかまれっちがやって来たから任せたけど……」
「ああ、全部まれっちが上手くやってくれた」
「うわーん、良かったでヤンス~!」
「もう、心配したんだゾー!」
店の外で待ってくれていたリアンは心配そうに声をかけ、サスケとキーアは涙目で俺に抱き着いた。
「うぉい、悪い悪い」
だがサスケはともかくキーアは心の準備が出来ていなかったので、メンタル的に結構しんどかった。そういうつもりはなくてもやっぱり女の子に抱き着かれるのはなあ……。
「それでまれっち、キンデルとはどういう話し合いをしたんですか」
「別に智樹ちゃんが心配する様な事はなかったよぉ。俺っちはあくまでも俺っちの目的のために動いているからねぇ」
「……そうですか」
俺は念のためキンデルとの極秘会談について尋ねたが、彼の口からは最初からわかりきっていた答えが返って来た。
そうだ、この人は基本的に我関せずを貫き俗世には一切興味がない。荒木希典という人物はそういう良くも悪くも人間味のない男だったではないか。なのに俺はどうしてこんなに不安になってしまったのだろう。
「心配した? 先生が盗られると思って不安になった? まったく、憂い奴め」
「茶化さないでください。でも良かったですよ」
余計なイベントを挟んだものの、どちらも上手い具合に丸く収まって良かった。たまには依頼関係なく、日頃の感謝を込めて希典先生に上等なお酒をプレゼントするのもいいかもしれないな。
「やあやあ、なんか騒ぎが起こった様だけど。どうしたの?」
「キンデルさん! すみません、わざわざご足労頂いて。確かに少し揉め事は起こりましたが、無事に収まりましたのでご安心下さい」
また騒ぎはキンデルの耳にも入ったらしく、すぐに陽気に笑いながら駆け付け、ラバーナ区長は全力で説得して穏便に済ませようとした。
今回の件は明らかにゴルイニシチェの連中のほうが悪いのに、こうやって下手に出る事なんて出来ないなんてグリードの苦労がしのばれる。
「なんだよあいつら! なんでキンデルはあんな奴らに好き放題させているんだゾ!」
「その辺は大人の事情だよ、うん。ごめんね、騒がしくして。気にせず遊びなよ、うん」
キーアは横暴な振る舞いに憤慨するが、キンデルはニコニコと笑いながらのらりくらりとかわす。やはりこういう所は政治家なんだなあ、と俺は妙に納得してしまった。
「……キンデルさん。少しお話をしていいですか? あのマレビト達、ゴルイニシチェについて」
だが多少立場が悪くなっても俺は彼に忠告しなければならない。
連中は安易に力を借りてはいけない、人間の中でも別格に危険な奴らだという事を伝えなければ取り返しのつかない事になるからだ。
「うん、いいよ。私も君とサシでお話したかったからね、うん。コーヒーでも飲みながら一緒におしゃべりしようじゃないの、うん」
そう言って笑みを浮かべたキンデルは相変わらず目が笑っていない。ある意味アザザ・ジョレスよりも恐ろしい笑顔だったけど、怯んでいる場合ではないだろう。




