3-102 悪名高きジョレスからの誘い
全員が退店したのを確認し、俺はジョレスの元へと向かう。
彼やゴルイニシチェの兵隊たちはニヤニヤと笑いながら俺を眺め、底なしの悪意を隠そうともしなかった。
異世界転生モノのあるあるネタでならず者だらけの酒場で洗礼を浴びるというものがあるけど、俺が思っていたシチュエーションとは少し違っていた。
正直生々しさしかなくワクワクする要素なんて微塵もない。普通のチンピラならともかく、相手はあの悪名高きアザザ・ジョレスだし。
「俺に何の用です。アザザ・ジョレスともあろう大物が」
「別に用はねぇ。ただ人間が珍しいから声をかけただけだ。いやあ、久しぶりにその名前で呼ばれて嬉しいぜ」
アザザ・ジョレスは本名よりも知られている自らの通り名を聞いてさらに機嫌が良くなる。世間一般では蔑称だが彼にとっては誉め言葉という認識らしい。
笑い男・ジョレス――彼は冷酷無慈悲なゴルイニシチェの中でもとりわけ残虐な人物と知られ、動画で悪魔の様に笑いながら連合軍の兵士を処刑した事からその異名がつけられた。
彼の名前は日本でも広く知れ渡っており、プロパガンダのせいで多少盛っていると思っていたが、この振る舞いを見る限り大部分は嘘ではないのだろう。
「んで? お前もマレビトって奴なのか?」
「そうなるな。そっちは部隊ごと転移したって聞いたが」
「ああ。大規模な攻撃の準備をしていたら空間が揺れて拠点ごとこっちの世界に迷い込んじまってな。だがおかげで武器も弾薬も全部揃った状態で来られたからラッキーだったぜ。最新鋭の兵器もあるから見に来るか? ハハッ」
ジョレスは嬉しそうに語ったがそれはこの世界の人々にとっては不幸以外の何物でもなかっただろう。この最強最悪の武装勢力がほとんどそのままの状態で襲来してしまったのだから。
「にしても異世界って本当にあったんだなあ。てっきりただのわけのわからないプロパガンダと思ってたけどよ。で? お前はどうやってこっちに来たんだ? 見た感じお前も兵隊っぽいが」
「見ただけでわかるのか」
「常に反撃出来る様に警戒している。だがプロって感じじゃなさそうだから新兵か訓練兵か? まだ本番は経験していないか、あってもほとんどないだろう」
彼はわずかな仕草から俺の力量を見抜いてしまう。ならず者同然の武装勢力だとしても修羅場は潜ってきているので、その辺りはすぐにわかる様だ。
「あんたらの噂は聞いてるよ。この世界で何をしようとしているんだ」
「別に何もしねぇよ。そりゃやろうと思えば何だって出来るけどな? こうやってなあ!」
「ひっ!」
「っ!?」
ジョレスはあろう事か腰のホルダーにしまっていた拳銃をホステスのこめかみに押し当て、バァン、と撃つ仕草をする。
「なんてな? 酒も女もいくらでも手に入って衣食住完備だってのに、わざわざそんな割に合わねぇ事してねぇよ。だよなあ?」
「は、はい……」
「……心臓に悪いからやめくれ」
ホステスの女性は震えながらも懸命に引きつった笑みを浮かべる。全ては理不尽な天使にひれ伏し、殺されない様にするために。
「日本にいた俺は偏った報道でしかゴルイニシチェの事を知らないが、お前たちは何でロシアや中国を裏切ったんだ」
「なんだ、俺達に興味があるのか? 言っとくがゴルイニシチェに入っても白人以外は下っ端にしかなれねぇぞ。女を捕まえても使う順番は後の方だからな、ハハッ」
俺が問いかけるとジョレスは吐き気を催す様な発言をした。きっと彼らは当たり前の様に戦地でそういう事をしているのだろう。
「お前らが最低の連中だって事は知っているが、目的や理念の確認程はしておきたくてな。ゾンビハザードが起きて世界中がそれどころじゃないはずなのに、なんでそんな選択をしたのかって理由が知りたいんだよ」
「ゾンビ……はっはっはッ! ゾンビかあ、確かにゾンビは大変だよなあ!」
「何がおかしいんだ」
だが俺がゾンビと口にした途端、彼は大笑いしてしまう。けれど俺はどこに笑う要素があったのか全くわからず困惑する事しか出来なかった。
「あー悪い悪い。んで? 目的とか理念だっけか? そんなものねぇに決まってんだろ。元々俺達ゴルイニシチェは余所者に支配されていたベロヴォーディエを取り戻すために戦っていたが、今はもう誰もそんな事は考えちゃいねぇよ」
ひとしきり笑ったジョレスは呼吸を整えニヤリと笑い、きっぱりと見下す様にそう言い放った。
「ピュアなお前に言うが、今世界で起こっている戦争はベロヴォーディエをきっかけに中国とロシアが、そして関係の深い国が無政府状態になって、戦争好きな欧米が手当たり次第に世界中の紛争に介入してこじれただけだ。正直ややこしすぎて俺も把握してねぇ」
「……………」
彼が告げた言葉は俺も薄々わかっていた事だった。学校でももっぱら人間相手を想定した訓練も多々あったし、ゾンビハザードが建前で本当は人と戦う事を連中は望んでいる事を。
「どいつもこいつもお偉いさんは理由を付けて戦争をする。国を護る、核兵器や生物兵器を開発している、迫害されてる自国民を助ける、ネオナチだゾンビだ……けどな、そんなのは全部建前なのさ。都合のいい情報だけを信じる馬鹿な民衆は知らないけどな」
いや、彼が見下しているのは俺じゃない。彼は俺の瞳の奥に存在する戦争を支持した全ての人々を睨みつけていたんだ。
「どれだけ高尚な大義名分があったとしても意味なんてねぇ。どんな人間でも本物を経験したら何もかもどうでも良くなる。本能のままに殺して奪う、それだけだ。俺達は特別な存在じゃねぇ。お前も戦場に行けばすぐに壊れて無心で人を殺す様になるだろうさ」
ジョレスは決して理解したい相手ではなかったが、その言葉には少なからず共感出来る点があった。綺麗事も法律も倫理も戦争では何ら意味をなさないのだと、本物を経験した彼は身をもって俺に教えてくれたのだ。
「俺達は命懸けで祖国のために戦ったのに奴らはあっさり誇りを捨てた。今まで愛国者の鑑だ、祖国の英雄だと言われ続けたのに、いつしか俺達の事を犯罪者だと罵り仲間を徹底的に殺し尽くしたんだ。テメェみたいなガキにその絶望がわかるか?」
やけ酒を飲んで口が回ったのか、ジョレスは不愉快そうに身の上話を始めた。
彼は極悪人には違いない。だが運命の分岐によっては英雄になれたのかもしれない。そうならなかったのは結局支配者達が国益のために手のひら返しをしたから、それだけなのだろう。
「俺達が忠誠を誓った偉大なロシアはもう存在しない。目先の金のために故郷のベロヴォーディエは差し出された。だから俺達は奪い返した。見境なく徹底的に殺し尽くした。奴らがした事を俺達もやり返しただけだ。それの何が問題なんだ、ああ?」
略奪や虐殺を繰り返した彼は救いようのない悪人なのかもしれない。だけどそれを理解していてもすぐに割り切る事は出来なかった。
ゾンビハザードの起源とされ、全てが始まったベロヴォーディエで何が起こったのかはわからない。けれどその場所では激しい憎悪と怒りを掻き立てる程の何かが確かに存在していたのだろう。
「俺は縁もゆかりもないこの世界がどうなろうと知った事じゃねぇ。ただもしキンデルの野郎がなんかしろっつったらそうするつもりだぜ。俺もこんないい生活は手放したくないんでね。この世界には戦争の火種があちこちで転がってるみたいだしな」
とにかく彼がどのように振舞うのかは概ね理解した。直ちに危険性はなさそうだが、全てはキンデルの判断にかかっている様だ。
俺に出来る事は、変革を望むキンデルが安易にゴルイニシチェの力を借りて一線を越えない様に祈る事だけだった。
「それじゃあ今度はこっちから質問する番だ。お前、うちの兵隊になるつもりはないか?」
「俺が?」
「もちろん部隊の中での待遇は保証しない。けどその代わり好き放題出来るぜ? 金も女もいくらでも手に入る。悪い話じゃないだろう?」
ジョレスは先ほどと同じ馬鹿げた問いかけをする。答えは考えるまでもなく決まっていたが、ここで変に断ると角が立ちそうだ。
こんな奴らと手を組むつもりは一切なかったが相手はあのゴルイニシチェ、出来るだけ軋轢を生む様な事は避けたい。さて、どうしたものか。




