3-98 ナジム自治区領主、『強欲王』ナリー・キンデル
ロビーで芸術鑑賞をしていた俺達の元に現れたオシャレな高級スーツで身を包んだナジム族の中年男性は、プロレスラーの様に屈強な体躯をしており、ちょい悪なイケオジという表現するのがこの上なくピッタリだった。
だけどこの人はまさか……!?
「我那覇総督!?」
彼とは初対面のはずだったのに俺はその顔を嫌と言うほど知っていた。何故ならば彼の容姿は沖縄の英雄、我那覇ゴードンに酷似していたのだから。
「ん? ガナハ? 私はそんな名前じゃないよ。人違いじゃないかな」
「い、いえ」
けれど彼は何を言っているんだ、とでも言いたげに不思議そうな顔をしてしまったので、俺はそんなわけはないと無理矢理納得させた。
もしも我那覇総督が異世界転生していたのならばともかく、あの人はまだ生きていたはずだ。
それに目の前の彼はナジム族の証である尖った耳をしているし、他人の空似なだけだろう。
「この名画は神代から伝わるアンジョの芸術作品でね。完成された絵画に感情とともに絵具をぶつける事で真の芸術となるのさ」
それに余計な考えはすぐに霧散してしまう。金持ちそうなナジム族男性は聞いてもいないのに上機嫌でベラベラと語り出したからだ。
「いくつかシリーズがあるけど数が少なくて、ここ最近は値上がりしちゃったから私みたいなお金持ちじゃないと買えなくなったんだよね、うん」
環境保護団体からすればこういう人間こそ敵であったはずなのに、そうした人間から求められるだなんて何とも皮肉でしかない。
「は、はあ。それであなたは……」
俺は一応そう尋ねたが、状況を考えればすぐにわかるので馬鹿な質問をしたと後悔してしまった。
「ああ、名乗るのが遅れたね。私は南洲ナジム族族長にしてナジム自治区の領主のナリー・キンデルだ。君がトモキ君だね?」
ニコニコと笑うキンデルは王とは思えないほど気さくに名乗った。敵意は微塵も感じられなかったがそれゆえに底が知れず、得も言われぬ肌寒さを感じてしまう。
「フシャー!」
だが魂を抜かれそうになった俺はキーアの威嚇によって我に返った。彼女は天敵であるキンデルに敵意を剥き出しにして追い払おうとする。
「やあ、キーアちゃんも久しぶり。カジノジイは元気にしているかい?」
「お前とは何も話さないゾ! トモキを困らせるナ! こんなトマトスープをぶちまけたみたいな絵のどこがいいんだゾ!」
キンデルはキーアと面識があったのだろう、やはり彼もガマガン同様彼女の事を嫌ってはおらず、むしろ親戚のおじさんが姪っ子に話しかける様に接した。
「別に困らせるつもりはないんだけどねぇ。夢幻の仙人も初めまして。思っていたよりも随分と可愛らしい見た目だけど」
「うぃ。俺っちの事を調べたって事はどうすればいいのかわかるね」
「もちろんさ。君のためにナジム自慢の焼酎を用意しておいたよ。後で渡すからちょっと待っててね、うん」
「わかってるじゃん」
また彼は希典先生の事も調べていた様で、どうすればこのアル中の心を掴めるのかも熟知していたらしい。
「でも流石に焼酎だけじゃ力は貸せないからねぇ?」
「ハハ、もちろんわかってるよ。流石に焼酎如きで同盟なんて虫が良すぎるからねぇ、うん」
彼の真の狙いは夢幻の仙人である彼の力を借りる事だろう。
希典先生は割とすぐに自分が作った不介入の原則を破るし、機嫌を良くした事によって何かしらの恩恵を受けられるかもしれない。
「そりゃ確かにムゲンパレスを抑えたら、いつでもアシュラッドを滅ぼせて便利だけどねぇ、うん。そうすれば世界はすぐにグリードの物になるけどねぇ。そこまでは望んでいないよ、うん」
「……………」
キンデルはニコニコと笑いながらなかなかえげつない事を言い放ち、皆は恐怖を感じ明らかにドン引きしてしまう。
まだ生活に役立つ技術とかならいいけど、もしもムゲンパレスの防衛システムをキンデルが手にすれば世界の秩序は大きく変わる。判断を誤れば多くの人命が失われる事になるだろう。
「……大丈夫でしょうか」
カムナは一瞬で打ち解けた二人を心配そうに眺め小声で俺に尋ねる。
彼女は何よりも平和な日常が奪われる事を恐れていたし、希典先生が約束を反故にしないか気が気でないのだろう。
「きっと大丈夫ですよ。希典先生は適当な様に見えてそんな簡単な相手じゃないですから。それにどっちも目が笑っていません」
キンデルと希典先生はお互い笑みを浮かべていたが一切目が笑っておらず、その様は大国の首脳同士が会談開始前に仲睦まじげに握手をする様に似ていた。
彼の眼中にはもう希典先生しか存在していなかった。
きっとこの男さえ説得出来れば主導権を握れるのだと理解しているからだろう。
「まあ立ち話もなんだ。ニューナジムタワーには遊べる場所や美味しいものを食べられる場所もたくさんあるから楽しんでいってね。そんなに身構えなくていいから仲良くしょうじゃないの、うん。もちろんお金はこっちで払っておくよ」
「だとよ。折角だしお言葉に甘えさせてもらおうぜ。こんな機会なかなかないし!」
「そうでヤンスよ、アニキ! オイラこういう場所を一度は観光したかったんでヤンス!」
「ったく、お前らは。こっちの立場わかってるのか?」
キンデルは接待をするためそう提案し、がめついリアンとお気楽なサスケはすぐに食いついてしまう。
あえて俺以外のメンツに手を出す事はないだろうが、少しは警戒して欲しいものだ。
「ねーねー、かんづめはあるー?」
「ああ、もちろんあるよ。はいどうぞ。ナジムがかつてオオイタと呼ばれていた頃、アンジョ達が空に飛び立つ施設で販売されていたという缶詰だ。復刻版だけどね」
「わーい!」
キンデルはちゃっかりマタベエにも贈り物をし、彼は上等な缶詰を前にこれでもかと大はしゃぎをしていた。
豊後牛という文言もあってかなり高級そうだし、キノコへのプレゼントにしては立派な代物だ。きっと俺達の世界でもなかなか手が出せない逸品なのだろう。
「じー。ねえ、俺っちには?」
「もちろん用意しているよ」
「あざっす! 晩酌が楽しみだねぇ、うぇへへへ」
希典先生もまた酒のつまみに最適な高級缶詰を貰いだらしない笑みを浮かべる。
キンデルはちゃくちゃくと彼の心を掴み、静かにほくそ笑んでいた。
「それじゃあラバーナ君、彼らの案内をよろしく頼む。私は夢幻の仙人とお話をしておこう」
「はい、わかりました。では心行くまで私達のおもてなしをご堪能ください」
「うぃー」
キンデルはやはり希典先生を優先して口説くつもりだったらしく、部下のサトリ族の女性に任せ先生とエレベーターに乗ってどこかに去っていく。
「まれっち。わかってるよな」
「へいへい。心配性だねぇ。お前さんは何も気にしなくていいから」
もしも二人だけの話し合いで希典先生の気が変わってキンデルと協力する事になったのなら。
そしてその事実を隠していたのならば。
俺はその事を懸念し先生に問いかけたけれど、彼が適当に告げた言葉はとても安心出来るものではなかった。
「第一お前さんに覚悟があれば済む話だ。俺っちの目的とお前さんの願いは必ずしも一致しないから、あまり甘えないでほしいねぇ。俺っちは便利なお前さん専用の青い猫型ロボットじゃないんだから。ちゃんとしないとガキ大将や腰巾着に寝取られるよ」
「……………」
ああそうだ。希典先生はそもそも最悪のテロ事件を起こした犯罪者であり、決して信頼出来る人間ではない。そんな事わかっていたはずじゃないか。
組木細工の様なエレベーターのドアが閉まる間際、彼はいつも通りニマニマと笑っていたが、その冷酷な眼差しで俺は改めて先生が安易に頼ってはいけない人物である事を実感してしまったんだ。
「それじゃあキーアも行こうか。ね?」
「むー。ラバーナの頼みだから付き合ってやるけどー」
だがその事実に気付いたのは俺だけだった。
ラバーナさんは子供をなだめる様にキーアに語り掛け、彼女もまた渋々歓待を受ける事にした様だ。
こんな状況で楽しめるはずがないけど、腹の内を探るために奴の誘いに乗るしかないだろうな。




