3-96 ファミレスで過ごしたかけがえのない想い出
料理を注文し、しばらく待った後俺達の目の前に料理が運ばれる。
やっぱり何度見てもこちらの世界のジョイフーとさほど変わらないが、食材にはシシブタなど現地の物を使っている様だ。
「ふぉおー! プリッとしてるゾ! エビって実在したんだナ!」
キーアは海鮮ミックスフライを注文し、大きなエビフライにかぶりつくと衣はシャオ、と爽やかな音を奏で、断面からはプリプリの美しい白身が見えた。
「そんなに美味いものかね。エビなんて……いや、簡単には食べられないのか」
「そうだゾ! ナジム村の近くには獣はたくさんいるけど、海が遠いから川の魚か養殖したアマビコしか食べられないんだゾ!」
他にはホタテや魚など魚介系の品々が並んでおり、彼女はそちらもバクバクと幸せそうに貪り食らう。
彼女は誰よりも早く海鮮ミックスフライを注文したけど、それだけ海の幸に憧れていたのだろう。
「リアンって本当にいい性格してるよな、迷わず一番高いものを選ぶなんて」
「タダより安いものはねぇからな、ゴチになるぜ」
リアンが注文したのはニューナジムプレートという料理で、牛のサイコロステーキ、ナジム風とり天、シシブタのトンカツとわんぱくな子供が好きそうなフルコンボを披露していた。
胃もたれしそうだけど俺も食いたくなってきたな。
「これがヒムカのチキン南蛮でヤンスか……納得いかないでヤンス」
「何がだ?」
「チキン南蛮の発祥はヒムカじゃなくてナバリでヤンス! でも美味しいから悔しいでヤンス!」
サスケは自分で注文したくせに宮崎のチキン南蛮に憤慨してしまう。
なお現実世界でも宮崎と高知は自分達のほうがチキン南蛮発祥だとどうでもいい喧嘩をしていたけど、正直考察する程の事でもないどうでもいい話だ。
「ウマー」
「白玉あんみつパフェですか。ふふ、ザキラさんは相変わらずですね」
「そりゃ食わないわけにはいかねぇだろ、甘党としては。小豆じゃなくてみとり豆だし。みとり豆がなんなのか知らんけど」
ザキラはみとり豆を用いたあんみつをベースにした和風のパフェを食べ、カムナはジョイフー黎明期の人気メニューのチキンドリアを頼んだらしい。安いし美味いしチキンドリアは王道だよな。
「おいしー、えへへ」
子供用の椅子に座ってマタベエが食べているのは、肉厚ベーコンとキノコをたっぷり使った鉄板ナポリタンだ。
彼はおぼつかない手つきでパスタをくるくると回し、口元をべったりと真っ赤に汚して小さな口で頬張っていた。しかしこれは共食いにならないのだろうか?
「にしてもトモキ、お前はブレないな。つーか何だそれ、漬け丼?」
「アマビコのりゅうきゅう丼だよ。いろんなパターンがあるが、これはアマビコの他にアジとかサバとかブリの端っこを漬けた奴を丼にした感じだな」
なお俺はりゅうきゅう丼とミニうどんのセットを注文し、さりげなくうどんがあったのでリアンは小馬鹿にしてしまう。
りゅうきゅうは大分のご当地グルメで、魚の切れ端を有効活用した漁師のまかない飯が起源だが、熱々ごはんと脂がのった魚の組み合わせは抜群で、様々な種類の魚の様々な部位が楽しめなかなか美味しかった。
実は半分くらいは物流の腕前を確かめるために注文したが、一口二口と食べた頃にはすっかりそんな事は失念してしまった。
こんなに美味しいのならもうちょっと全国に広まってもいいと思うんだけどなあ、りゅうきゅう丼。
「でも一番ブレてないのはまれっちだろ。酒と軟骨の唐揚げって」
「俺っちは注文が遅れてるだけだから。それに軟骨の唐揚げは飲み会では便利なんだよぉ。数で揉める事がないからねぇ」
「いや飲み会じゃないですから」
希典先生はキンキンに冷えたビールジョッキを片手に軟骨の唐揚げをコリコリと齧っていた。
確かに軟骨の唐揚げは美味しいけど、あえてファミレスで頼むような組み合わせじゃない。
「ぼくもたべていい?」
「うぃ。ほれ、食べりぃ」
「わーい」
マタベエは軟骨の唐揚げをねだったので、希典先生は雛鳥に餌付けをする様に食べさせた。程よく酔っている事もありなんだか機嫌が良さそうだ。
「お待たせしました」
「お、来た来た」
程なくして彼が注文したハンバーグが運ばれる。
ハンバーグには溢れんばかりのチーズがかけられており、先生がナイフで切ると中からもチーズがトロッ、と零れ出した。
「少し意外ですね、ハンバーグなんて」
「俺っちが何を食おうが自由でしょうに。オッサンだって想い出の味を食べたくなる事もあるのよぉ」
俺はファミレスのハンバーグは子供っぽいもの、と勝手なイメージをしていたのでそんな質問をすると彼はほんの少しむくれてしまう。
というよりも希典先生が酒との組み合わせを考えないで物を食べる事自体かなり珍しい。ほぼほぼ日本酒片手に乾き物とか塩辛とかそんなものしか食べてないイメージがあるし。
「並々とチーズを使ってますけど、チーズ好きなんですか?」
「チーズは昔から好きだよぉ。大人になってからはつまみとして食べる事が多くなったけどねぇ」
「へえ、先生の酒以外の好物を初めて知りました」
そういえば希典先生は事ある事にチーズを食べていたっけ。
出会った頃もチーズを好んで食べていたけど、それは想い出に由来するものなのだろうか。
「うーん、まあまあだねぇ。大体は再現出来たかな」
「想い出の味を、ですか」
「つっても想い出補正があるからどうやっても再現は出来ないけどねぇ。今の若いモンにはわからんだろうさ」
想い出を反芻する事でしか生きていけない夢を無くした希典先生にとって、かつて食べたハンバーグは何物にも代えがたい至高の料理だったに違いない。
店にいる人々はかつての希典先生と同じ様に喜びに満ち溢れた顔をしていた。
口元を汚してお子様ランチを食べ、子供たちは精一杯のおめかしをして好きなものを好きなだけ食べていたんだ。
「昔は外食って聞くとそれだけで心が躍ったものだよ。もちろん大人になればファミレスよりもずっと美味いモンは食える。だけどねぇ、やっぱりどうやってもあの時に食ったものは超えられないのよねぇ。なんでだろうねぇ」
俺も出来る事ならそんな夢と希望に満ち溢れた料理を食べてみたかった。
所詮想い出によって美化されていたとしても、それはきっと何物にも代えがたい唯一無二にして究極の一皿だったに違いない。
(そういえば俺も昔はこうやって母さんと父さんと一緒に……)
始めて家族とファミレスに行った時、俺は何を食べたっけ。
それはとても優しくて幸せな想い出だったはずなのに、もうほとんど思い出す事が出来なかった。
(あいつらも元気にしてるかな。皆生きてるかな……)
学校での訓練はただただ辛くてしんどかったけど、ヒカリと山田、鉄兵といつものメンツで生活費が支給された日にプチ贅沢でこうやってジョイフーに集まったなあ。
幸せというにはささやか過ぎるけれど、俺はようやくあの他愛もない日々がかけがえのないものだったという事に気が付いてしまった。
「って、メシがマズくなるし、こんなつまらない事をくどくどと言うもんじゃないね」
「いいんじゃないですか。もっとまれっちの想い出話を聞きたいですし」
「あらそう。変な奴だねぇ」
俺は想い出を共有した事でささやかながら希典先生の事を理解する。
テロリストである彼の全てを受け入れられなくても、少しだけなら分かり合えるだろうし、程々に仲良くする分にはそっちのほうがいいだろうから。
「なにそれー」
「ああこれ? リアン様特製アレンジカルコークだぜ! ほれ飲んでみろ!」
「毒々しいですね。でも意外と美味しそうです」
それに今はこうして皆がいる。リアンはドリンクバーで紫色のカルコークを作り、なかなかの出来栄えだったのか興味を示したマタベエやカムナにも振舞った。
「てい」
「ってうぉい! キーア、レモンかけんな!」
「ん、かけるだろフツー?」
「あちゃー、やっちゃったでヤンスね」
またキーアはしれっと軟骨の唐揚げにレモンを絞るという暴挙に出たので俺は激怒してしまい、俺が柑橘系を勝手にかける人間を世界で最も憎んでいる事を覚えていたサスケはおかしそうに笑った。
余計な事は考えず今は馬鹿馬鹿しいやり取りを楽しもう。
この記憶も想いも、いつか世界と共に消え去ってしまう時が来たとしても。




