3-84 入手:マナイの神籬
高額な浄水器を販売しようとしたユキチの営業は見事に失敗に終わり、同時にナジム自治区に漂う部族や種族間の険悪なムードも感じつつ、これ以上ここにいても仕方がないので立ち去ろうとした時、
「もうお前らでいいから買ってくれデシ! 今ならサービスで抱き合わせで売る予定だったネコナメ製のエドラド様の招き猫もおまけするデシ!」
「うおっ!?」
ユキチは金を持っていそうな俺に飛びかかり、逃げる機会を失ってしまった俺は早く立ち去ればよかったと後悔してしまった。
「重っ。まさかこれ純金なのか?」
「純金デシ。でも金なんていくらでも作れる上にその辺に落ちてるデシ。なんでそんな事を聞くデシ?」
「ああそっか、そういう世界観だっけ」
彼女にとってその質問は奇妙だったらしく、俺はこの世界では貴金属がその辺に落ちている事を思い出した。
宝石がいくらでも手に入るくらいだし、現実世界では高価な金もタダ同然で拾えるのだろう。
「っていうか金が作れるってマジ?」
「作れるデシ。エドラド様が人工的に金を作れたら儲かるってわけのわからない事を言って、ありったけの税金をつぎ込んでナーゴの技術屋に研究させて作らせたデシ。でも正直全然採算が取れてないデシ」
またユキチがさらっと言った爆弾発言に俺は驚愕してしまう。
人工的に金を作る技術は現実世界でも研究されていたけど、この世界ではとっくに確立されているというのか。
「ナーゴ族らしくて何よりだ。あいつは昔っからそういうわけのわからない事をして毎回周りの奴を振り回してたからなあ」
「なあリアン、エドラドって他にどんなものを作ってたんだ?」
「建物の空気を綺麗にする装置とか、ケツに水を噴射する変なトイレとか、わけのわからんもんばっかだよ。そういうのに湯水の如く税金をつぎ込みまくってるから評判がボロッカスなんだ。つっても大体のナーゴ族はそんな感じだけど」
同じナーゴ族のリアンはエドラドをあまり評価していなかった様だが、説明を聞いた俺は彼が投資した技術が画期的な物である事をすぐに理解してしまった。
そういえば異世界転移直後にアシュラッド城を訪れた時、監禁された部屋にウォッシュレットのトイレがあったけどあれはエドラドが関わったものだったのか。
たかが水回りと馬鹿には出来ない。それはナーゴが王国で一番重要な施設の維持管理に一枚噛んでいる事実を示している。
だが一番恐ろしいのは空調システムだ。閉ざされた世界のアシュラッドの人間にとってテラリウムの外の空気は極めて危険であり、空調システムの維持は生死に直結する。
もしも空調システムの維持管理をナーゴに任せたならば決して逆らう事は出来なくなるが、流石にアシュラッドの支配者も関係が良好ではない国家に命綱を託すほど馬鹿ではないだろう。
少なくとも彼らに余力がある間は、だが。
後々そうならざるを得ない状況になった時、エドラドは足元を見て生きる術を失った人類から全てを奪い取るつもりなのかもしれない。
それを見越して今から準備をしているのならかなりの曲者だ。
「エドラドがいろんな所に投資しているのはわかったけど、それだけ凄いのに儲からないのか?」
「確かにネコナメとかは水回りで荒稼ぎしているし、たまに一山当てる事もあるけど、儲けた金はすぐに別の投資や道楽で消えちまう。だから遊んでばかりいる無能なドラ息子だなんて言われてるよ。個人的にはそういう生き方は好きだけどな」
「ほぉ。ちなみにリアンはエドラドと知り合いだったりするのか」
「知り合い……まあ顔見知りかな」
どうやらエドラドは評価が分かれるタイプのリーダーらしい。
またリアンとエドラドの意外な関係性も判明したが、なんとなく浮かない顔をしているので友人ではない様だ。
「(わかるよな、ボロ出すなよ、オレは記憶喪失って設定だからな!)」
リアンは素早くサスケに接近、小声で何かを言っていた気がするけど早口だったので俺には聞き取れなかった。
「ま、まあまあ! それよりも駄菓子屋に行くでヤンス!」
「ん、ああ」
またサスケもあからさまに態度が変わり話をそらそうとしたので、あまりこれは話したくない事だったらしい。
先見の明があるとはいえエドラドの評判は決して良くないみたいだし、二人の間には浅からぬ因縁があるのかもしれない。ならこの話を聞かないほうがいいかな。
「だからそんな事どうでもいいデシ! 無視するなデシ!」
「ああごめんごめん」
エドラドの話をしていると放置されたユキチは憤慨してしまう。そういえば浄水器を買うか買わないかって話になったんだっけ。
「うーん、じゃあ一つ買っておくよ」
「あーはいはいどうせそう言うと……って本気デシか!?」
だがエドラドの人となりはともかくこの浄水器はかなり有益な道具だ。
俺が購入の意志を示すとまさかそんな答えが返ってくると思わなかったユキチは慌てふためいてしまう。
「ええ? それ買うのか?」
「ああ、これ一つあればいざって時に便利だからな」
価値がわからない上にエドラドに否定的な考えを持つリアンにとっては散財にしか思えなかったらしい。
俺にはアイテムボックスがあるとはいえ、緊急時に一つくらい持っておいても損はないはずだ。
「これ使えるよな」
「あざっしたデシ!」
「凄いナ!? こんな高いものを買えるなんてトモキはお金持ちだゾ!」
俺はヨカバイで支払いを済ませるとユキチは深々とお辞儀をし、キーアは豪快な金遣いに感動すら覚えた様だ。
まさか異世界のマーケットでこんな掘り出し物が手に入るとは思わなかったけど、ありがたく有効活用させてもらおう。




