3-83 価値が理解されなかった浄水器
「……………」
「……………」
「……………」
そしてマナイの神籬に汚れた水が注がれ静かに待つ事数分、ナジム族の野次馬が質問をした。
「これってどのくらい待つんだ?」
「一時間くらいで飲めるようになるデシ! お値段なんと六万クリスタデシ! フィルターは定期的に交換しないといけないデシが、本来一つ一万クリスタの所を今なら初回サービスしておまけするデシ!」
「帰るぞー」
だが素敵な笑顔でユキチが提示した時間は彼らにとっては長過ぎたらしく、非常に高額な値段もネックとなり興味を失った群衆はぞろぞろと帰っていってしまう。
「ああ!? 待って、待つデシ~!?」
「そんな高い金を払うくらいなら井戸を掘ったほうが早ぇっての!」
「いや、井戸も汚染されるからダメデシ! タイガーウルフはっ、」
「時間の無駄だったな。ったく、皆大変なんだから不安を煽ってんじゃねぇよ」
ユキチは去っていく民衆に泣きつくが彼らを引き留める事は出来なかった。
それどころか災害に便乗した不謹慎なビジネスをする彼女に対して嫌悪感を抱いている人もいたらしい。
「うーん、私も目利きは出来ますが、たくさん売れるような商品ではないですポ。このあたりにはアンジョのブランドが通用しない方も結構おられますし」
「流石に高過ぎるゾ。確かに綺麗な水が飲めると嬉しいケド、それだけお金を持っているナジム族は綺麗な水が飲める都会にしかいないだろうナ」
実演販売を眺めていたモリンさんは冷静に分析し、よくわかっていなさそうなキーアもまたちゃんと本質を理解していたらしい。
「なートモキ、あれそれくらいの価値があるのか?」
「実際にそのレベルの浄水器なら妥当な値段だな。物によっては数十万は普通にするし」
「ほへー、それだけあったらニワトリの丸焼きが何匹も食べられるゾ」
この手の高性能な浄水器が必要とされる状況は限られている。
想定されるのは軍事や僻地でのサバイバルだが、民間人はそんな事はあまりしない。
「水を汲むまで何時間も歩いていた昔ならともかく、今はマレビトが作ってくれた井戸があるからそこまで困ってないし、そんなにお金があったらキーアは美味しいものを食べるゾ」
一般人で買う人間がいるとすれば防災意識の高い富裕層だが、綺麗な水が飲みたいのならば発展した都会に行ったほうが合理的だからだ。
でもナジム村にも昔マレビトが訪れたのか。きっと専門的な知識のある人が善意から井戸を掘ってくれたんだろう。
それ自体は何ら悪い事ではないけど、浄水器を売りたいユキチからすればいい迷惑だろうな。
「それでまれっち、あれは本物なんですか?」
「コスト面とかの課題はあるけどねぇ。大体ペースは一時間で一リットルって所か。なおかつ除去が難しいものも取り除けるなら十分合格水準だろう。あのレベルなら向こうの世界でも普通に使えるだろうねぇ」
だが俺が希典先生に確認すると彼はあっさりとその事実を認めてしまう。
異世界の技術力は常々とんでもないとは思っていたが、まさかここまでだなんて。
前述したとおり特殊な環境で使われる高性能な浄水器は数十万円するのもザラだ。
専門家によって品質が保証されているのならむしろ良心的な価格設定と言えるだろう。
「アタシはいいと思ったんだケドねぇ。一つ買ってみようカシラ」
「お母さん? 変なものを買ったら駄目ダヨ」
「はいはい、わかってるヨ。でもこの前読んだアンジョさんの本にアレに似たのがあったんだけどネェ。神代のアンジョさんはこういうのを使って空に浮かぶ船の中でオシッコを飲んでいたそうだヨ」
「はいはい、わかったカラ」
リンドウさんは思わず無駄遣いをしそうになったがニイノに注意されて思いとどまる。希典先生と匹敵する天才の彼女もまたあの浄水器の価値が分かったのかもしれない。
「うーん、便乗商法と言ったら便乗商法だけど、結構凄いものだと思うけどなあ。ましてや今はあちこちで水が汚染されているわけだし、あれで安全に水が飲める様になったらきっと……」
もう一人、公衆衛生の知識もあるアマビコも価値を見出す。
実際災害時において浄水器は人命を救う必須のアイテムになるし、高い値段を出してでも買う価値はあるはずだ。
「うう、これじゃあ大損デシ……こんなもの売れるわけがないに決まってるデシ……あのドラ息子、いつかぎゃふんと言わせてやるデシ~!」
膝をついて落胆し上司に悪態をつくユキチは、きっと災害に便乗して高額な浄水器を売りさばけという任務を与えられたのだろう。
その点に関しては多少アコギな所はあるが、開発費用を回収する必要もあるだろうし決して戦略としては間違ってはいなかった。
だけど信頼性も価値もわからない以上高額な商品を買う人間はいないだろう。この世界にとって浄水器なんてものは所詮オカルトマシンに過ぎないのだから。




