3-82 信頼ゼロから始まるユキチの営業
レトロなアンジョの遺構を楽しんだ後俺達は買い物に戻ったが、お使いクエストを再開して早々またしてもトラブルに遭遇してしまう。
「随分と騒がしいですけど」
「本当ですね。何かあったんでしょうか」
要人警護を専門とするカムナはただならぬ気配をすぐに察知し、いつでも攻撃を仕掛けられる様に身構える。
俺も鼻をひくつかせ、危険を告げる穏やかではないニオイを嗅ぎ取った。
ここは中規模のマーケット、人が集まっている理由なんて大体特売セールか旬を過ぎた一発屋芸人の営業と相場が決まっている。
しかし群衆の雰囲気を見るとどうやらそういう楽しい雰囲気ではなさそうだ。
「とにかくユキチはこの目でタイガーウルフの封印が壊れているのをはっきりと見たデシ! このままじゃ疫病が蔓延するデシ!」
「ありゃ、あのナーゴ族ってモッコスで呪われたって騒いでいた」
「って、ユキチじゃねぇか。何してんだあいつ」
騒ぎの中心にいたのはつい先ほど会ったばかりのユキチであり、教室にいなかったリアンもキャラが強い彼女の事を覚えていたらしい。
「タイガーウルフって。あんなの迷信だろ」
「いや、実際に水害があった地域で何人も奇病で死人が出たらしい。何かがあるのは間違いないと思うぞ」
住民たちはユキチの突拍子もない喧伝に困惑しつつも、心当たりがあったので強くは否定出来なかった様だ。
それもそのはず、水害に伴う公衆衛生の悪化による疫病そのものは実際に直面している問題なのだ。
「マジかよ? いや、だけどあれはキンデル派の連中の仕業だって噂……」
「そうだ、疫病が流行しているのはどこもかしこもキンデルと揉めていた部族ばっかじゃねぇか。都会やサトリ族の住んでる場所は全然死人が出てないのにおかしいだろ」
(キンデル派の仕業?)
だが群衆の一部は別の仮説を打ち立てる。もしかすると疫病の流行は絶対的な力を持つキンデルが何かをしたからなのではないか――そう勘ぐっているのかもしれない。
災害で社会が混乱した時にデマが生まれるのは世の常だ。
それは異世界でも同じだったらしく、ましてや現代の知識が失われたこの世界ではなおの事だった。
「高慢ちきなサトリ族を重用するだけじゃなく、どこの馬の骨ともわからないゴルなんとかっていうマレビトの妙な傭兵団を雇ったそうだし、いい加減キンデルもおかしくないか? まさかまた昔みたいに戦争を仕掛けるつもりじゃ……」
「よせ、そんな事を言ったらデミウルゴスが現れるぞ」
「そ、そうだった」
噂はあらぬ方向に向かいそうになったが、ナジム族の一人がこの世界で最も恐れられる偽りの神デミウルゴスの名前を出し良からぬ噂はぴたりとやんでしまう。
しかしこの場は制止する人間がいたからよかったものの、この調子だといずれデマによる暴動に発展するかもしれない。
いや、きっともうどこかで火種となるデマが生まれているはずだ。
キンデルがどれだけ名君だとしても、彼を良く思っていない人間はいくらでもいるのだろうし。
(でもマレビトだって?)
それよりも俺にとってはその事実の方が衝撃的だった。
もちろん俺以外にもマレビトや転生者としてこの世界にやってきた人間もいるだろうけど、気になるし後でもう少し情報収集してみてもいいかもしれない。
だけどゴルなんとかって……俺達の世界でそれっぽい名前の悪名高い軍事組織はあるけど、流石にそんなわけないよな。
「静粛に! 静粛に! ユキチの話を聞くデシ! 疫神タイガーウルフは瘴気に汚染された水から生まれるデシ! だけどこの偉大なるエドラド様の支援とナーゴの技術力によって再現されたアンジョの遺産があればへっちゃらデシ!」
「何だこりゃ」
「フッフッフ! これはかつてアンジョの時代に存在していたというマナイの神籬という遺産デシ!」
ユキチは群衆に負けない様に喧しく叫びコンテナからデン、と細長い筒を取り出した。
だが人々は初めて見たそれが何なのか全くわからなかった様だ。
「神代の時代、龍王マーラの呪いによって世界は死をもたらす呪いで満ち溢れたデシが、ミナモトで作られたマナイの神籬を使って浄化した聖水を飲み生きながらえたと伝わっているデシ! つまり霊験あらたかで由緒正しいものデシ!」
ユキチの説明は一見すると胡散臭さしかない。
もしも現実世界でこんな触れ込みで商売をしている人間がいれば確実に消費者庁が動くだろう。
「だそうだと。ったく、あのドラ息子ついに霊感商法に手を出しやがったか。アンジョの名前を使って商売なんてしたらトール教会がブチ切れるぞ」
「なーんかインチキ臭いな。そういやエドラドが高い金を出してなんか作ってるって噂では聞いてたけど」
背後に評判の悪いナーゴの領主がいた事もあり、ザキラのみならず技術屋のリアンですら反応は冷たいものだった。
俺は面識がないが、どうやらエドラドは種族を問わず各方面から嫌われているらしい。
「……いや。もしかするとあれは本物かもな」
「?」
だけど俺にはマナイの神籬が浄水器であるとすぐにわかった。ミナモトという地名も出てきたし間違いないだろう。
かつて公害で水が汚染されたミナモトはその反動で環境系の技術に力を入れており、最先端の技術が街作りに用いられていた。
もしかするとあいつは神代の遺産の技術を調査するためにモッコスにいたのかもしれない。
浄水器は俺達の世界でも重宝されているが、現代世界とは違い限られた場所でしか安全な水が飲めない異世界では、世界に変革をもたらすとてつもない神器に違いない。
ただそれはあくまでも忠実に技術が再現された場合だ。
果たしてこれが浄水器としてちゃんと機能するのか、エドラドの悪評もあり俺は判断が出来なかった。
「つまりこの筒に水を入れたら汚染された水が綺麗になって飲めるようになるデシ! タイガーウルフも余裕でへっちゃらデシ!」
「このよくわからん筒がねぇ……本当かあ?」
ユキチはこれでもかとナーゴの技術力を自慢するが、胡乱な目をした民衆もやはり半信半疑だったらしい。
確かにこんなもので恐るべき妖怪を退治出来るだなんて誰も信じられないに違いない。
「それじゃあ今からこの汚れた水を綺麗にするデシ! これがあればイヌガミのおしっこでも飲めるデシ!」
「イヌガミの小便だって? シシブタも逃げる滅茶苦茶クサイ奴だぞ?」
だが彼女はドヤ顔で商品の宣伝をするため容器に入った害獣対策用のイヌガミの尿を筒に入れた。
イヌガミの尿はおそらく俺達の世界におけるオオカミの尿に相当するのだろうが、それを飲めるものに変えるだなんて現代技術でもかなり難易度が高いはずだ。
さて、ナーゴの技術のお手並みを拝見させてもらおうか。




