3-81 ナーゴ族のポンコツな密偵、ユキチとの再会
駄玩具のカエルがぴょんぴょんと跳ねる様はワビサビを感じるので、もしかしたら松尾芭蕉ならば何かしらの俳句が思いついたかもしれない。
笑いにしにくいシチュエーションでの失敗に笑いにもならない俺の微妙なボケ、どっちにしても芸人殺しだったしこりゃ打ち上げなら反省案件だな。うん、これはさておこう。
「よし、貸して。ていてい!」
「おー」
「おー、凄いね姉ちゃん」
駄玩具でもプロの手にかかればこの通り、ニイノは巧みな技術でまるで生きているかの様にカエルを動かし、アマビコ達は感嘆の声を上げる。
「はあ、これじゃあ大損デシ……ニャー!」
「わわ!?」
「おお?」
だがたまたまナーゴ族の少女が教室を訪れ、彼女は条件反射でカエルの玩具に飛びかかって机や椅子を吹き飛ばしてしまう。
「うわっ! って大丈夫ですか?」
「ニャ、ニャア、野生の本能が呼び起されたデシ。おでこをぶつけて痛いデシ。全然品物は売れないし散々デシ……」
突然の事態にニイノ達は驚いてしまったが、アマビコだけは勢いよく机に頭をぶつけたナーゴ族の少女を気遣った。
「あれ、あいつは」
「ん? どこかで会ったデシ?」
だがよくよく見れば彼女はモッコスでボランティアをしていた際、タイガーウルフに呪われたと騒いでいたナーゴ族の少女だった。
「いや、そんなわけないデシ。ユキチはナーゴ族でも千年に一人の天才デシ。こんな憶えやすい間抜け面を忘れるなんて有り得ないデシ。だからユキチとお前は初対面デシ!」
「喧嘩売ってんのか」
向こうの方はまったく俺を覚えていない様だったが、この特徴的な語尾を忘れるはずがない。しかしちゃんと話したら滅茶苦茶失礼でウザい奴だったんだな。
でもユキチか。日本の男性っぽい名前だけどこの世界では女性でもそういう名前を付けるのは珍しくないのだろうか。現実世界でも似た様なパターンは結構あるし、そういうものなのだろう。
「だけどそれだけ元気って事はお祓いは済ませたみたいだな」
「ニャ!? どうしてユキチが極秘任務中にうっかりタイガーウルフに呪われた事を知ってるデシ!?」
「いや普通にあれだけ騒いでたら嫌でも聞こえてくるから。ん、極秘任務って?」
「ニャー!? どうしてお前はユキチがエドラド様から極秘任務を与えられた事を知っているんデシか!?」
ユキチは会話の最中気になるワードを言ったので俺がその事について質問すると、彼女はひどく怯えた顔になり後ずさりしてしまう。
「何か勘違いしているデシがユキチはエドラド様の忍びじゃないデシ! ナジム唐揚げと味噌牛鍋とあいすくりんとお金が大好きなどこにでもいる善良で品行方正かつ模範的な通りすがりのナーゴ族デシ!」
「うん、取りあえずお前がポンコツだって事はわかったよ」
彼女は猛烈な勢いで自らの正体と好きな食べ物を暴露する。エドラドって確かナーゴ族の領主だっけ。なんかこの短いやり取りだけで雇い主のレベルがわかるよ。
どうせ悪だくみをしていたところでこの調子なら失敗するだろうし、特に気にせず放っておいても構わないかな。
「ええと、それよりも手当てしたほうがいいよ、血が出てるから。ほら、じっとして少し待ってて」
ネタバレも程々に、アマビコはユキチを椅子に座らせ救急キットで応急処置を施した。どうやらムゲンパレスで学んだ知識をさっそく生かしているらしい。
「ニャ~、ありがとうデシ」
ユキチはちゃんと彼に対して感謝の言葉を述べており、雰囲気的に根っからの悪党でもなさそうだ。
「でもなんかデジャブデシ。昔チョウチンアンコウみたいなディーパにこうしてもらった気がするデシ」
「へぇ、奇遇だね。僕も昔怪我をしたナーゴ族の男の子に手当をした事があるんだよ。その子はちょっとおっちょこちょいでよく怪我をしていて、僕がそのたびに手当をしていてね。引っ越してどこかに行っちゃったけど、今どうしてるのかなあ」
アマビコは昔を懐かしみ旧友との想い出を語った。またその想い出はニイノも共有していたらしく、彼女は恋する乙女になり幸せそうな笑みを浮かべる。
「ねえねえアマビコ、もしかしてこの子が初恋の人って展開だったりするのカナ?」
「流石にそれはないって。別に初恋じゃないし、そもそも僕の友達は男の子だったし。確かにユキチって名前だったけどさ」
「そうデシ。それにユキチの友達はチョウチンアンコウみたいな見た目だったから全然違うデシ。確かにそいつもアマビコって名前だったデシが、ディーパ族では割とよくある名前デシ」
「……………」
なんだろう、すっかり打ち解け笑いながらおしゃべりをしていた二人は赤の他人と思っている様だけど、会話から察するにどう考えてもそういう事だよなあ。
「とにかくありがとうデシ! じゃあ挫けずに任務を果たしてくるデシ!」
「うん、よくわかんないけど頑張ってね」
「いってらっしゃーい」
治療を終えたユキチは元気よく教室の外に出て行き、アマビコ達は特に事情も聞かず彼女に声援を送る。だけどイベントを何回か繰り返したらフラグを獲得するのだろう。
「なーなー、トモキ。結局あいつなんだったんだ?」
「さあなあ」
ほったらかしにされたキーアはプスプスとポンプで空気を送ってカエルの玩具で遊んでいた。恋を知らない彼女にとって恋愛絡みのイベントはあまり興味がなかった様だ。
「まれっち、これ教えてあげたほうがいいですかね。これラブコメでよくあるお前女だったのかパターンですよね。どういう経緯でこんな勘違いが生まれたのかはわからないですけど」
「無粋な事は止めなよ、トモキちゃん。こういうのはわかっていてももうちょっと泳がせておくものだよ。魚類だけにね」
「誰が上手い事を言えと。でもラブコメってそういうものですよね」
俺は希典先生にどう対処すべきか意見を求めるが、その解答はとても納得のいくものだった。
空気の読めない第三者がでしゃばる事は読者からすれば余計なお世話でしかなく、フィクションでも現実でも顰蹙を買う行為だからだ。
「ラブコメってなんだ? ラブコメって美味しいのか?」
「キーアさん、ラブコメはとてもいいものなんデスヨ。好きな人が出来たらそのうちわかりマスカラ」
「おお、そうか! ならキーアはトモキにラブコメを教えてもらうゾ!」
「はあ!? いや何でそうなるの!?」
だがラブコメマイスターのニイノはポカンとするキーアに恋の概念を少しだけ教えると、彼女は意味をまったく理解する事無くそんなおかしな発言をしてしまう。
「だってキーアはトモキの事好きだゾ?」
「いや多分違うから、むぅーん……」
キーアは恋とは何かを俺に問いかけるが、それは意味を理解していても説明する事が困難なものだった。ましてや清らかな童貞にはなおの事である。
「女泣かせですね、トモキさんは」
「恋愛絡みの悩みの半分くらいはお前の姉ちゃんのせいだからな?」
「キャ! トモキさんったらア!」
「あだ」
生暖かい眼差しを向けたアマビコに文句を言うと、どこまでもポジティブなニイノは俺を頑丈なヒレでベシンと叩く。
本人はじゃれているつもりだったみたいだけど、カジキマグロの尾びれでシバかれる程度にまあまあ痛かった。
「若いっていいねぇ。でも催淫弾は使ったらダメだよ。人としてアウトだから」
「いやまれっち、他人事だと思って。まったく……」
もちろん希典先生はこの状況を楽しみ好き勝手にからかった。
まったく、元々先生に絡もうとしたのにこんな展開になるなんて。このTSオッサンは疫病神以外の何物でもないな。




