3-76 キーアの自宅訪問
キーアの自宅――つまり村で一番の権力者であるカジノジイ族長の家には扇風機や炊飯ジャーなど、この地域では金持ちしか持っていない最先端の家電も置かれていた。
一応呪術に使えそうな調度品は置かれているけど、そんなものと文明的なレトロ家電が混在している様はなかなかカオスだ。だけどこの世界では割とありふれた組み合わせなのだろう。
「すげぇな、炊飯ジャーなんて初めて見た」
「すごいだろ? これがあればいつでもホカホカのごはんが食べられるんだゾ。お米を炊くのは大変だからナ!」
俺は教科書やテレビでしか見た事がない大昔の日本人が憧れていた家電を目の当たりにして感動し、彼女はその反応が嬉しかったのかそれはそれは無邪気な笑顔で自慢した。
きっとお互いのニュアンスは少しばかり違っていたんだろうけど、貧しかった当時の人にとっては生活を変える画期的な物だったのだろう。
高度経済成長期の時代に生きた昭和の子供も、きっと彼女の様にとても澄んだ瞳で魔法の様な家電を眺めていたに違いない。
「この前の宴はキーアの甥っ子の誕生祝だったわけだけど、やっぱりカジノジイ族長はキーアのおじいさんになるのか?」
「ううん、親父はキーアの親父だゾ。生まれた子供はキーアの兄の子供だゾ。兄は婿になったから別の家に住むけど」
「ああ、海産物一家みたいな感じか」
彼女の説明は少しややこしかったが、大家族が当たり前だった昔の日本でもそうした血縁関係はさほど珍しい事ではなかった。
「ちなみに全部で何人くらい家族がいるんだ?」
「うーん、村を出て行った兄弟や姉妹も合わせたら三十人か五十人くらいだと思うゾ。知らない間に結婚して子供を産んでたりもするしキーアもよくわかんないゾ」
「そりゃまた賑やかな事で。親戚だけで運動会が出来るな」
「ああ! 時々集まってそうしてるゾ! 家族がたくさんいるのは幸せな事だゾ!」
家族の話題を振るとキーアは地味に衝撃的な発言をした。この世界で人類は滅亡寸前なのに、グリードにとっては少子高齢化なんてものは縁遠い概念らしい。
現実世界でも多くの国家が少子高齢化に伴う人口減少によって衰退した。
種の繁栄において最も重要な事は結局どれだけ子孫を残せるかどうかだし、これだけ子だくさんなら何もしなくてもやがてグリードは世界の支配者となるだろう。
「ところで今更だけどトモキと一緒にいるお前は誰だ? 宴で親父と楽しそうに飲んでたけど」
「本当に今更だねぇ。俺っちはまれっちだよ。トモキちゃんの見守り役みたいなものだねぇ」
会話をある程度進めてからキーアは希典先生に話しかける。
宴ではずっとカジノジイ族長達と一緒に飲んでたけど、そういえばちゃんと顔合わせをしていなかったっけ。
「そっかー、つまりトモキのお母さんみたいなものか?」
「いや違うから」
「ニシシ、ママーって甘えてみるかい? おっぱい吸ってみる? さっきも吸いたそうな目で見ていたし」
「吸いません」
しかし彼の説明にキーアは変な誤解をしてしまい、希典先生もまたそれに悪ノリしてしまう。このオッサンにバブミを感じる事なんてあるわけがない。
「よくわかんないけど牛乳ならあるから飲むか? さっき届けてもらったユフィンの美味しいみどりの奴だゾ」
「おお、こっちでもあったんだ。ならもらおうかな」
キーアはキョトンとしながらも、九州人なら誰もが一度は飲んだ事があるみどりの奴の瓶牛乳をプレゼントしてくれる。
その愛すべきパッケージを見て思わずテンションが上がってしまった俺は嬉々として瓶牛乳を貰った。
少しばかり厚かましいが、九州人の朝はこの牛乳を飲む事から始まるから仕方がない。
「ふひゅー」
「あはは、牛乳ヒゲがついてるゾ」
「これも含めて牛乳を飲む時の作法なんだよ」
俺は久しぶりに飲んだみどりの奴の瓶牛乳に感無量となってしまい、顔を見たキーアはおかしそうにケラケラと笑う。うん、やっぱりこの味は九州って感じがするよ。
牛乳で一息ついた俺は内装を確認し、何となく気になっていた杖らしきものを眺める。ちゃんと飾り立てに飾られているしきっとお値打ちものに違いない。
しかしどう見ても民俗的な物ではなく、ビームでも出そうなくらいメカニカルなデザインだ。機械仕掛けの魔法の杖を作ったらあんな感じの物が出来るのだろうか。
(ん!?)
取りあえず困った時の鑑定スキル、と思いきやなんとほとんどのデータが閲覧出来なかった。
それだけではなく『データの閲覧には管理者権限が必要です』『実行』『中止』と不可思議なウィンドウまで表示されてしまう。
……うん、なんか怖いからやめておこう。ウィルスに感染とかはしたりしないだろうけど、長生きするには余計な事には首を突っ込まないに限る。
「おやおや、娘と仲良くしてくれている様で何よりです」
「あ、お邪魔してます」
俺は何も見なかった事にして皆と談笑していると家主のカジノジイ族長が現れる。
その筋骨隆々な見た目といかつい骨の仮面に俺は思わず身構えてしまったが、
「改めまして――豊国ナジム族の族長、カジノジイと申します」
柔和な笑顔を浮かべる彼の瞳はキーアと同じく澄んでいたので、俺はすぐに警戒を解いたんだ。




