3-73 カンムリシャモとナジム族の文化
街ブラを軽く済ませ、祭りというにはこぢんまりとし、誕生祝にしては大掛かりな宴が開催された。
鬼面を被った屈強なナジム族の若者はカリンバや丸い太鼓の様な楽器を鳴らして新たな生命の誕生を盛大に祝福し、太古より続く音色は大地の鼓動となり未来を紡ぐ子供の魂と一体化した。
マタベエは地元民や他のマタンゴさんと一緒に、どんちゃかどんちゃかという音色と共に本能のままに踊り続ける。
そこに深いメッセージなどない。宗教的な意味合いもない。ただあるのは純粋な歓喜の想いだけだ。
カンムリシャモの産着を着た赤ん坊は母親に抱かれて爆音を気にせず乳を求め、母親も微笑みながら我が子に授乳させる。
「これだけ賑やかなのにまるで気にしている様子がない。お前が子供の時は泣き叫んでいたというのに」
「いつまでからかうんですか、父上。ですがきっとあなたに似て立派な男子になるでしょう」
生まれた子供の父親のナジム族の壮年男性は、一際立派な仮面をつけたカジノジイ族長と酒を酌み交わしながら仲良く談笑していた。
ある程度の年齢でもまだ子宝に恵まれるのがこの世界では普通の事なのかわからないけど、何にせよ幸せな事には違いない。
関係性を考えると筋骨隆々なカジノジイ族長も生まれた子供のおじいちゃんとなるわけだけど、一体彼らは何歳なのだろう?
ファンタジー世界のエルフやダークエルフは長寿な事が多いけど、見た目は父親が四十代、族長が五十代くらいかな。
「へえ、これがこっちのとり天かあ」
宴のメインディッシュはもちろんカンムリシャモのとり天だ。厳密には異世界風にアレンジされているので俺達の物とは味付けが異なるけど。
「ああ、たくさんあるから好きなだけ食べていいゾ! あーむ!」
ご機嫌な様子のキーアは大皿に盛られたとり天を手づかみで食べた。
見た感じ器以外の食器はないので、ここではこうやって食べるのだろう。
下味をつけてサクッと揚げたとり天は唐揚げと天ぷらの良いとこ取りであり、ご丁寧にもも肉と胸肉、加えて普通のとり天とナジム風とり天の計四パターンが用意されていた。
「じゃ早速」
油とスパイスで汚れてしまうが俺は別にそこまで気にしないし、フライドチキンを食べていると思えばいいだろう。
ナジム風とり天も気になるが、まず俺は王道の胸肉とり天を食べてみよう。
彼女に食べる様に促された俺も同じ様に手で熱々のとり天を掴み、パクっとかぶりついてみた。
「これはこれは」
日本人なら誰もが好きなサクッとした天ぷらの心地よい音色はそれだけで幸せな気持ちになれる。衣も上手に揚げられており、カリカリした食感もたまらなかった。
胸肉もしっかり漬け込まれていたのでまったくパサついておらず、むしろしっとりとして噛めば噛むほど旨味が口に広がる。
「んん、スゥゥパイシー!」
リアンはナジム風とり天(もも肉)を最初に食べたらしい。こちらはスパイスがふんだんに使われており、見るからに味が濃そうだ。
実際食べてみると味は見た目通り濃厚で、様々なスパイスがこれでもかと口の中から波状攻撃を仕掛けてくる。
とり天にこだわりがある人からは別の料理だと言われそうだが、日本人の口にも合うしこれはこれでありだな。
「いやあ、やっぱりナジムのワインは最高だねぇ」
「ほう、なかなかいい飲みっぷりだな。ではこれもどうだ?」
だが少し問題なのはこれが酒が飲みたくなる味付けだという事か。
希典先生はいつの間にかカジノジイ族長の隣に座り、特産品のブドウから作られたワインを浴びる様に飲んでいた。
「もうらめぇ~」
「くっ、ほのおれがこんな女の子に負けるなんてぇ~」
「ハッハッハ、全く情けないな」
うわばみの様な豪快な飲みっぷりからいつの間にか族長達からも気に入られ、多くの猛者が勝負を挑むもことごとく撃沈されて酔い潰れていった。
近場では中国なんかが有名だが、国や地域によっては酒が飲めない相手は一人前と認められないので酒の強さは交渉の必須スキルだったりする。
もしも希典先生がそうした国と交渉する外交官なら無双出来るだろう。
「それにしても感動デス! ナジム族の宴に参加出来るだなんテ!」
「子供が生まれないとやらないからナ。やったとしても狩ってきたカンムリシャモじゃなくて普通のニワトリを使うし。最近のナジム族は皆そうしてるゾ」
観光好きなニイノはいたく感激し、キーアは昨今の宴事情を教えた。もちろん現代社会でも肉を食べたい時に狩猟を行うのは限りなく少数派だろう。
「確かにカンムリシャモは美味いが、毎回毎回命の危機に晒されたら割に合わねぇしなあ。家畜のほうがずっと効率が良くて儲かるし」
ザキラは全てのファンタジー作品の設定をぶち壊す夢のない事を言ったが、実際その通りだから仕方がない。
現代でももちろん狩猟は行うが、それは肉が目当てというよりも害獣駆除が主目的であり、ハンターは決してリスクの割に儲かる仕事ではないのだ。
「だよなあ。一応村にもニワトリはいるっぽいけど、どうしてそっちを使わないんだ?」
俺は失礼を承知でキーアに尋ね、彼女はうーん、と困った顔をした後、笑いながらこう答えた。
「確かにその通りだゾ。だけどナジム族は昔からお祝いの時にカンムリシャモを食べるんだ。子供が生まれたら糧になってくれた命に感謝しながらカンムリシャモの肉を食べて、その骨も毛皮も羽根も全部使って仮面とか服とか武器を作るんだゾ」
彼女は大地に流れる新緑の風を全身で感じて故郷と伝統に対する想いを語った。
それが非効率的だと、野蛮だというのは簡単だけど、やはりそういう次元の話ではないのだろう。
「キーアが今着けている仮面も、着ている服も、全部親父が狩ってくれたカンムリシャモから作ったんだゾ。この服にはナジム族の伝統や大地の命が詰まってるんだゾ」
伝統を護りたい――それは効率化が求められる現代ではしばしば否定されがちな考えだ。けれど彼女はそうしたものを一切捨て、誇りをもってこの生き方を選んだのだ。
「だからどうしてこんな事をするのかって言われたら昔からの伝統を護りたいから、としか言えないナ。伝統を捨てて都会の生活をするのはなんか嫌なんだゾ」
「いや、凄い立派だと思うよ」
「そっか、嬉しいゾ」
俺がそう答えると少し落ち込んでしまったキーアは幸せそうにはにかんだ。
彼女は伝統を護る事に確固たる信念を持っているとはいえ、やっぱり多少なりとも葛藤はあったのだろう。
「さあ、どんどん食べるゾ! 料理はまだまだたくさんあるゾ!」
「うおっ、食べきれるかな」
キーアは大喜びで鶏めしや唐揚げなど追加の料理を差し出した。
彼女が倒したカンムリシャモはかなり大きかったし、あれが一頭丸々料理になったのなら物凄い量になったはずだ。
でもこんなに素敵な笑顔をしているのに断るのも悪いしなあ。簡易クラフトセットで胃薬って作れたかな。




