3-41 疫神タイガーウルフの伝承の考察
道なき道を進む古びた無人運転のバスは不機嫌そうにガッタンゴットンと飛び跳ね、これでもかと揺さぶられた俺は酔いそうになってしまう。
人工知能が運転するこのバスはかつての人類が用いたもので、長らくほったらかしにされていたが保存状態が良好であり、軽く希典先生が修理しただけですぐに使える様になった。
もちろんバスという車の特性上通行出来る場所は限られているが、しばらくはこれで事足りるだろう。
マタベエは揺れる車内の床を面白がってコロコロと転がり、足元に近付いた時にアマビコはてい、と捕まえた。
「はい姉ちゃん」
「もう、汚れちゃうヨ」
「えへへー。ころがるのたのしい」
アマビコは自らの後ろの席に座る姉に渡し、マタベエはニイノと仲良く隣り合って座る。楽しんでいたとはいえやっぱりちょっと危ないからな。
「オトハ、怒ってるのか?」
『べっつにー? 私は留守番なのでボランティアとかはしてませんからー。タダ飯を食べる権利はありませんしー?』
無人の運転席からはオトハのブスッとした声が聞こえてくる。どうやら豚骨ラーメンを彼女も食べたかったらしい。
「ちゃんとアイテムボックスに入れてるから安心しな」
『そうですか! なら張り切っちゃいますよ~!』
だが希典先生の言葉で彼女の機嫌はすぐに治る。クロメの焼き鳥も焼き立ての美味しい状態で保存出来たし、アイテムボックスってホントに凄いよなぁ。
しかし機嫌がよくなったとて状況は変わらない。比較的通りやすい道路跡を走ってはいるが、どこもかしこも長らくほったらかしにされていたのでアスファルトは剥げており、草木が生え放題の悪路しかなかったからだ。
「この揺れでよく書き物が出来るな」
「いえいえ、トモキさんが教えてくれたタイガーウルフの話は実に興味深かったです。医者を志す者として忘れないうちにレポートをまとめないといけませんから」
向上心のあるアマビコはタイガーウルフの伝承と公衆衛生について学ぶべき事があったと感じたらしく、懸命にノートにまとめていた。
「まったく、本当に勉強熱心な子ダネェ。誰に似たんダカ」
「母ちゃんじゃない?」
「はは、かもネ」
ちなみに彼が使っているノートは小学生向けの学習帳だ。表紙には緑色のイモムシっぽい生き物の写真が用いられており、見ているだけで懐かしさがこみあげてくる。
「そのノートもアンジョの遺産の復刻版か?」
「はい、普通に売ってますよ」
「ふぅん、俺達の世界じゃ虫が表紙の奴はめっきり見かけなくなったのに、まさか異世界で見かけるとはねぇ」
「そうなんですか、こんなに美味しそうなのに」
「美味しそう、か」
「ええ、油で揚げてポリポリと齧ると美味しいんですよ。味噌炒めにしてもいいですけど」
なお虫の写真が減ったのは虫に対して嫌悪感を抱く人が増えたからだが、魚類の彼にとって虫はスナック菓子の一種なのでネガティブな想いは一切無かった様だ。
「ところでトモキさん、あの場所では封印が解かれた時に疫神が現れると言い伝えられていましたが、その割にはすぐに入口は壊れるように出来ていましたよね」
「そうだな、確かになんか変だと思ったが。それがどうしたんだ?」
「水害が起きた時にはアンジョの神殿に逃げなければならない……軽く調べましたが、あの地域が浸水したのは初めてではなく、言い伝え通り近くの高台にあったアンジョの神殿に避難した人は全員助かったそうです」
「へえ、なかなか面白い着眼点だな。伝承にハザードマップの意味合いもあったって事は俺も気付いてたけど」
聡明なアマビコは伝承の真実に辿り着いてしまった。今の時代の人々はそういうものだという知識があるから理解したつもりになっているが、彼はそのような概念が存在しない状態から言い伝えに隠された本当の意味に気付いてしまったのだ。
「封印が解かれる……つまり扉が壊れる事は水害の被害の大きさを表す一種の指標だったのではないのでしょうか。もしくは洪水が起きる場所に近付かない様にその様な伝承を伝えたのかもしれません。トモキさん、この解釈で合っているでしょうか」
「ほぼほぼ正解だ。確かに神社はそういう側面もある。もちろんそこに避難したら絶対安全ってわけでもないけど」
かつて東北で震災が起きた時に高台の神社に避難した人達の多くは助かったらしい。だがそれはもちろん神の加護ではなく、そこを安全な避難場所と設定した先人たちの知恵に由来するものだ。
「しっかしこのファンタジックな世界観で気付くとは大したもんだ。お前実は転生者か?」
「どうなんでしょうね。ただアンジョさんの神殿で御神木のクスノキを見た時、なんだか懐かしい気持ちにはなりました。上手く言えませんけど……ひょっとしたらそうなのかもしれませんね」
神社でアマビコと会った時、彼はあの樹を見て何かを感じ取ったのかもしれない。もし転生者だとするのなら、彼は長崎に縁があった人物なのだろうか。
転生者は記憶を無くしても見た目や性格に名残があり、人生をやり直すために同じ様な運命を辿るとされているらしい。もし転生者だとしたら彼は俺達の世界でも医療従事者だったのかもしれない。
「むー。クスノキって誰? ドコの女? ギャルなノ?」
「いや違うよ、姉ちゃん。っていうかなんでギャル?」
しかしアマビコが潜在意識の中から記憶を手繰り寄せているとニイノはムスッとしてしまう。彼女はクスノキという単語を何故かギャルの名前と勘違いしたらしい。
「アマビコはアマビコじゃないと駄目ナノ、転生者じゃナイノ!」
「あはは、わかってるよ。僕の家族は姉ちゃんと母ちゃんと父ちゃんだけだから」
どうやらニイノは弟が記憶を取り戻し別人になる事を嫌がっていた様だ。確かになろう小説ではありがちなシチュエーションでも、仲良しな家族からすれば何一つ嬉しくない悪夢のはずだ。
「ああ、その通りダヨ。ただアマビコが転生者で記憶を思い出したとしても、アタシの息子って事には変わりないからネ」
「もう、母ちゃんったら。恥ずかしい事言わないでよ」
リンドウさんに優しい言葉をかけられたアマビコは照れくさそうに笑った。リンドウ一家はどこからどう見ても幸せな家庭だし、あえて変化を求める必要もないだろう。
「えへへー、なかよしー」
「わわっ」
「よーし、マタベエも家族にしちゃおッカ!」
友達兼ペット担当のマタベエはアマビコに飛びつき頭の上に寄生した。仲良きことは美しきかな、なんにしたって幸せならば細かい事はどうでもいいはずだ。




