1-34 葬られたマレビトと転生者
薄暗い地下牢の前の扉にももちろん兵士はいたが何も問題はない。
チラリと見られたのでもしかしたら何でここに、と不審に思われたかもしれないがまさか中身が脱走したマレビトとは思っていないはずだ。
(でも地下牢か……)
ここは城なので牢屋くらいあるだろうが明かりは最小限でかなり暗い。だがむしろそちらの方が嬉しい。何故ならば足を踏み入れた途端血や腐敗した死体の生臭い悪臭が漂ってきたからだ。
地下エリアはかなり昔からあるのか石積みの壁はひび割れ今にも崩れそうだ。もしも生き埋めになってしまえば当然助かるわけもなく、俺はまた違う恐怖心を抱いてしまう。
先ほどの説明を聞く限りこの状態で死んでも問題はないらしいが、もちろん肉体を乗っ取った兵士は死ぬので迷惑をかけない様に大事に扱わなければ。
「っ」
鉄格子の小窓から中の様子を見る事は出来るが、そこには手枷と人の形をした何かがあった。
暗闇はグロテスクなものを隠すぼかしの役割をしてくれたので発狂する事は無かったが、もしその姿を直視してしまえば俺は恐怖で錯乱していただろう。
もう一つ、その何かはこの世界の服ではなく現代の若者が着るような衣服を身にまとっていた。つまりこの死体はマレビトであると推測出来る。
地下牢はかなり広く地下深くへと続いている。その全ての階層に黒と黄色の縞模様で縁取られた緊急通報装置らしきボタンがあり、ここにいる人間が決して逃走しない様にかなり警戒している様だ。
ボタンは異世界の技術ではなく現実世界で一昔前によく見かけたタイプのもので、石積みの周囲の景色とは実にミスマッチである。
ポチっと押すと伸びているコードから大本の場所へ電気信号が送られ城中に警報音が鳴り響くのだろうが、これも前時代の遺物なのだろうか。
おそらく全てのマレビトや転生者はここに集められているのだろう。そしてありとあらゆる手段を用いて知識を奪い尽くした後、誰にも知られずにその存在は闇の中に消えていくのだ。
その理由は容易に想像が出来る。マレビトや転生者は神様扱いされていたとしても結局のところ異端分子でありこの世界の秩序を破壊する存在だ。世界の支配者からすれば自らの権力を脅かす存在であり、彼らを受け入れる事は何一つメリットがないのだから。
最深部までたどり着いた俺は大きな部屋に辿り着く。
その場所には底が見えないほど深い穴が開いており、地獄の深淵の様な穴からは今まで感じた事がない程強烈な死のニオイが沸き上がっていたんだ。
イメージしてはいけない。理解してはいけない。この地獄の底に存在する混沌を直視した瞬間、全ての理性が一瞬で吹き飛んでしまうのだから。
おそらくここはゴミ捨て場であり、嬉々として異世界転生した連中は最終的にここに辿り着くのだろう。
澱んだ空気は肺を汚染し、見えない亡者の手が手招きしているのか穴に引きずり込まれそうになってしまう。
まったく何が異世界転生だ。これを現実世界の連中が見たらどう思う事やら。
だが彼らは決して真実を知る事もなく今日も今日とて楽園が待っていると信じながら無意味に死んでいくのだろう。やるせないったらありゃしないよ。
「さて、と。どうすれば元の身体に戻れるんだ?」
『自分が自分であると、聖智樹の肉体の中にいる事をイメージするんだ。そうすれば戻れるよ』
こんな精神衛生上よろしくない場所からはとっとと退散するに限る。
俺は部屋の入口の近くにあった緊急通報ボタンを押し、これ以上悲惨な光景を見ないためにも指示通りサイコジャックを解除した。
再び脳が溶ける様な不快感の後、俺は自らの身体に戻り美味しい空気を堪能した。姿見を見るとそこには不健康そうな見慣れた俺の顔があり奇妙な安心感を抱いてしまう。
整形した人は精神が不安定になるそうだがその気持ちがなんとなくわかる。やはり肉体という最大のアイデンティティを失えば人間はいずれ精神が崩壊してしまうのだ。デメリット関係なく、この能力はあまり多用すべきではないだろうな。
ジリリリリ、という焦燥感を掻き立てる警報音を合図に城内にいる連中は地下牢に走って運動会が開催される。その結果元々手薄だった警備はさらに手薄になりグッと動きやすくなった。
だがこのままでは完璧ではない。俺は部屋にある家具を回収してアイテムボックスに入れ、おおよその兵士が地下に入った事を確認した後急いで地下牢から脱出した。
「ほいほいほいっ!」
そいでもって素早くアイテムボックスにしまっていたベッドやタンスを置きドアを封鎖する。
これで中にいる奴は簡単には出られなくなっただろう。城内にはほとんど兵士もいなくなったし、これで安心して宝物庫に迎えるよ。
しばらくして兵士が怒鳴り声を上げながらドアを叩くがもちろん外に出る事は出来ない。
俺はふと昔やったゲームで入口をタンスで封鎖してゾンビを閉じ込めた事を思い出し、クスッと小賢しい笑みを浮かべてしまった。




