3-22 智樹の初恋の相手、美人女医の松下先生の話
ひとしきり資材を作った後、俺は納品クエストを完了するために崎陽駅の車両基地に向かい、そこで作業をしていた希典先生と合流した。
「希典先生、言われた通り差し入れ持ってきましたよ」
「ん、そこに置いといてー」
指示通りエコバッグを置くと、薄汚れた作業着を着た希典先生が電車の下からにゅい、と顔を出して野生動物の様に袋を漁った。
「休憩にするべー」
「うぃー」
「酒はあるー?」
「ないねー」
「んもう、買ってきてよー」
「いや俺未成年ですから買えませんし」
餌のニオイを嗅ぎ付け、作業をしていた希典さん達もわらわらと集まり、言うまでもなく真っ先に酒を探したがそんなものがあるはずもなく落胆してしまった。
「ってなんか増殖しとる!?」
が、俺はしばらくして異様な状況に気が付いてしまう。今俺の目の前には希典先生が五人くらいいたが、これは一体どういう事なんだ?
「あれ、知らなかったっけ? 普通に分裂出来るよ、こんな感じで」
「ゆうたいりだつー」
「わけのわからない人だと思っていましたが……ここまでだったとは」
希典先生はぐにゅん、と分裂し一秒足らずでもう一人の希典先生が生まれる。誕生した希典先生はオリジナルと見分けがつかないが、これも科学技術によるものなのだろうか。
「まーあんまりやり過ぎるとエラい事になるけど、理論的には無制限に増殖出来るよぉ」
「あとはハーレムプレイも出来るね。催淫バステと組み合わせてエロ同人でネタにしてもいいよぉ」
「しません」
彼はいつも通りニマニマと逆セクハラをし、何を思ったのか戦隊ヒーローの様にアクロバティックなアクションをしながら決めポーズを取った。
「マレレッド!」
「マレブルー!」
「マレイエロー!」
「マレピンク!」
「マレブラック!」
「マレホワイト!」
「五人合わせてマレレンジャー! どう?」
「六人です」
どうやら人数が増えた事で希典先生のウザさはさらに倍増しになってしまった。しかしこの能力を使えば色々応用は出来そうだ。
だけどその気になれば余裕で国を滅ぼせる無限増殖なんてある意味最強クラスのチートに違いない。この人を敵に回すのは止めておこう……。
「ただこの能力はどっちかっていうと普段の生活でチートを発揮出来るかなぁ。この世界で俺っちを越える技術者は存在しないからねぇ。文字通り一人で百人力、一騎当千ってわけさ」
「でしょうね。俺達の世界に先生みたいな人がいたら連合軍は一年で瓦解するでしょう」
「やろうと思えば一分で全滅させる事が出来るよ。智樹ちゃんが物凄く嫌がる方法を使えば」
俺が物凄く嫌がる方法――それはきっと大量破壊兵器の類だろう。神にも匹敵する叡智を持つ希典先生ならば、どのような手段であろうと何度でも人類を滅ぼす事が出来るはずだ。
「……しませんよね?」
「今はね。それに俺っちが何もしなくても連中は勝手に滅ぶだろうさ。人類には天罰を下す価値もない。それは智樹ちゃんもよく理解しているはずだ」
「それもそうですね」
一応念のため確認したが希典先生は明言を避ける。しかし彼の言っている事は全くもってその通りだったし、さほど気にしなくてもいいか。
「うーん、でもやっぱ酒がないと物足りないねぇ。エロイ事してあげるから買ってきてよ」
「勘弁してください」
希典先生はクネクネと身体を動かし誘惑する。見た目だけはちっぱりロリだから犯罪チックだが、中身はオッサンなので何も問題はない。
「前にもこんなネタやりましたが……参考までに聞きますが、先生をどこかに閉じ込めて絶対に酒が手に入らない状況に追い詰めたとして、酒をやる対価になんかお願いしたらどうなりますかね」
「プライドを捨ててめっちゃマニアックでエロイ事をするねぇ。酒がなかったら発狂して死ぬから。それでもダメなら地球破壊爆弾で世界を滅ぼすね、うん」
「お酒を飲む時は節度を護ってくださいね」
彼はきっぱりと言い放ったので、俺は恐怖を通り越して呆れてしまった。この人ならエロか人類滅亡か、そんなエロ漫画でありがちなシチュエーションも違うニュアンスで引き起こしそうだ。
「その辺はエロ同人のネタに有効活用してもらうとして……お前さんも異世界に来たら恋愛絡みのイベントの一つや二つ起こしなよ」
「恋愛ですか……起きてるっちゃあ起きてますが、タヌキと半魚人とキノコですからね」
「リアンちゃんは?」
「リアンは、うーん」
話の流れで恋バナが始まり、リアンの名前が出され俺は目を泳がせてしまう。
もしもそんな展開になったとして愛理と酷似した彼女は一番可能性があるが、だからこそ俺はそういう関係になりたくない。
何故ならばその様な関係になったとしても俺が求めているのは愛理でありリアンではないからだ。
付け加えて言えば彼女は悪い奴ではないが、諸々の残念な行動で立ち位置が確立されたのでそうなる事もないだろう。
「今まで好きになった人とかいないの? 初恋の人とか。小説のネタになるかもよ」
「ふーむ、初恋ですか」
俺も人間なのでもちろん誰かに恋心を抱いた事はある。先生の言うとおり恋の想い出は小説の題材に最適だ。
俺はしばらく記憶を辿り、ある一人の女性の顔を思い浮かべた。
「それっぽいのは核ミサイル攻撃の後、俺の治療をしてくれた主治医の松下先生ですかね。女版の希典先生って感じで、いっつも酒臭くてズボラな人でしたが……まあ、はい」
「エロかったと」
「まあ、はい」
言い淀んだ俺が考えていた事を希典先生はぴたりと言い当てる。そりゃね、俺も男だからね、太ももとか胸とかどうしても目が行っちゃうからね。
「ふぅん、そっかぁ……ククッ」
「学校一の問題教師だったあんたに俺を馬鹿にする権利はないですからね」
「わかってるわかってる。そっかあ、ククッ。まだ夢を壊さないでおくか」
「?」
希典先生は笑いをこらえるのに必死だったが、俺は意味がわからず首をかしげてしまう。
なお後に俺は初恋の松下先生について残酷な真実を知る事になるのだけれど、それはまた別の話である。
「さて、もう必要な資材は揃った。もう少しすれば電車も動かせるし恋愛イベントでも物資の補給でも好きに過ごすといい。崎陽の観光スポットをうろつけばイベントついでに良さげな遺物が手に入るかもよ」
「恋愛はともかく、そうさせてもらいますよ」
仕事は全て終わったし後は待ちの時間だ。他にする事もないし、のんびり崎陽エリアまで足を延ばして観光でもしよう。




