3-16 大衆魚アマビコとセキサイにまつわる伝説
ニイノは自らが釣った魚のほうのアマビコを振る舞い、いつの間にか参加した希典先生もちゃっかりワンカップを取り出してヒレ酒を作っていた。
「うまうまー」
他のディーパもそうしている様にニイノは頭からバリバリと塩焼きにしたアマビコを食べる。俺はありのままを説明しただけなのに結構インパクトのある文章だな……。
「味はイワシに近いかな。見た目はトビウオっぽいけど」
「アマビコは煮ても焼いても美味しい万能食材ですポン。アマビコ出汁ってそれだけでなんか美味しそうなものってイメージがありますポ」
「こっちの世界で言うあご出汁みたいな扱いなんですね」
主婦のモリンさんはきっと何度もお世話になっているのだろう、笑顔でアマビコの素晴らしさを力説する。
長崎はトビウオの漁獲量が上位だけど、こちらの世界でも似たような生物が食卓の覇権を握っている様だ。
アマビコを皆で美味しく食べていると希典先生は酒をくいっ、と飲みながら小ネタを教えてくれた。
「ただ伝説はイワシ寄りだねぇ。鰯の頭も信心からってことわざがあるけど、こっちでもアマビコの頭を飾る風習があるよぉ」
「おや、知っているんですか。流石はジョフクさん」
「ジョフクじゃないけどねぇ」
アマビコはあまり馴染みのない呼称を用いて感心した。そう言えば希典先生はこういう呼ばれ方もしているんだっけ。
だけどそんな事よりもアマビコの頭を飾るって、やっぱり字面が怖いな。
「ちなみにどんな由来があるんだ? アンジョの伝説に出てくるらしいけど」
「昔疫病を振りまく怪物が現れた時、アンジョさんが現れて病気の治療をして多くの命を救ったそうです。アンジョさんは瘴気が出るから水を汚さない様に伝え、アマビコを家の前に干して飾り、それを薬にして飲むといいってグリード達に教えたそうです」
「ふーむ……」
人々を救ったアンジョの正体はわからないが、おそらくその人物は公衆衛生の知識を持っていた人間のはずだ。
「そして助けられたディーパはアンジョさんに感謝の想いとしてサバを贈り、そのサバの産地にちなんでセキサイの称号を与えたそうです」
推測だがこれは伝説ではなく実際に起こった事なのだろう。現代医学の知識を用いて人々を救う人間は、知識のない異世界の人々からすれば奇跡を起こす神様の様に映ったはずだ。
「そういうわけでアマビコは別名イシャイラズとも呼ばれていてネ。食べると健康になっテ頭もよくなる縁起の良い食べ物なのサ」
リンドウさんは食材のアマビコを我が子の様に褒め称える。人間も鶴や亀なんかを名前に使ったりするし、きっと健康で賢い子に育つ様に願いを込めて名付けたのだろう。
「魚を食うだけで頭がよくなるんだったらいくらでも食うけどなー。美味いけど」
リアンはただの言い伝えと思っているのか、特に何の感慨もなく美味しい焼き魚として食した。
「青魚だからDHAはたっぷり含まれているので、頭が良くなるという事に関してはあながち間違いではないんですけどねー、もぐもぐ。ですがロボットの私の場合はどうなるんでしょう?」
「別に食べようと食べまいとどうもならないよ。そもそも食事をする必要もないし。効率化のために味覚センサーを無くそうか?」
「無理です、死にます。一度食欲の概念を知ってしまえば元には戻れません」
オトハは身も蓋もない事を言った希典さんにクワッと真顔で言い切った。しかしどういう仕組みで食べたものが消化されているのだろうか。
俺はもう一つ、名前だけはチラッと出てきた七輪で焼かれている食べ物について質問する。
「やっぱ異世界の食べ物は現代世界と違うんだな。でもこれイナエカロ貝って名前だけど……ウミタケだよな」
「これキノコなのー? ぼくのなかまー?」
「いや、貝だよ。俺達の世界でもあるにはあったけど、国産のウミタケは庶民が買える値段じゃなかったな」
マタンゴさんは同類と勘違いした様だが、元々のサイズは結構大きいので昔の人もキノコと間違えたのかもしれない。
希典さんに頼まれて購入したイナエカロ貝とはウミタケの事であり、イナエカロに対応する佐賀県でも昔は獲れたらしいが、現在は数が減って資源を保護するためにずっと禁漁が続いている高級食材だ。
なのでイナエカロの市場で叩き売りされているのを見た時には結構驚いてしまった。特産品というくらいだし、この世界では普通に庶民でも買えるものらしい。
「アラ、そうなのカイ? ならこれをアンジョさんの世界に持っていけばぼろ儲け出来そうだネェ」
噛めば噛むほど旨味が溢れ出すイナエカロ産のウミタケは味も良質だし、リンドウさんの言うとおり貿易する事になれば荒稼ぎ出来るはずだ。その手段がない以上考えても無意味だけど。




