1-32 泥棒猫リアン・ミャオの気まぐれ
――リアン・ミャオの視点から――
「「かんぱーい!」」
ぶつかったジョッキは小気味よい音を奏で、いつもの猫耳パーカーに着替えたオレは場末の屋台で相棒のサスケとともにグビリと勝利の美酒を堪能した。厳密には酒ではないが見た目はビールによく似ているので似た様なものだろう。
「くぅ~! 五臓六腑にミドゥスが染み渡るぜ! 一仕事した後の豚骨ラーメンは最高だな!」
「はいでヤンス! トッピングもこんなに載せて王様になった気分でヤンス!」
大物を仕留めたオレとサスケが食らうは、トッピング全乗せのチーズ明太子豚骨ラーメンだ。
トロリとした半熟の黄身が美しい煮卵が二つにじっくり煮込んだチャーシューも添え、久々のご馳走は貧しさという艱難辛苦を乗り越えたが故により一層美味く感じられた。
最初はこのもふもふ店主もなかなか邪道な事をしやがると思ったが、豚骨ラーメンにチーズと明太子という組み合わせは意外にもいけた。
ピリ辛でありながらクリーミーでありとにかく白米が進む。というか白米なしで食うなんざ考えられない。
なのでこのラーメンを注文する奴は必然的に白米も注文する事になり、売り上げも頭一つ飛び出てしまうというわけである。
「ごきげんだねー。いいことあったの?」
「そりゃもちろん! 上物を仕入れたから後で買い取ってくれよ!」
「そいつはたのしみだ」
「ちー」
ただこの店の最大の収入源は訳アリ品の売買であろう。その中にはもちろんオレがアンジョ連中から奪った盗品も含まれており、こいつはナカサンダイ地区で最も信頼のおける悪いもふもふなのだ。
そしてその最大のお得意様は泥棒猫ことリアン・ミャオ様だ。男の願望を詰め込んだお淑やかな少女は仮の姿、その正体は贅沢な暮らしをしているアンジョだけを狙うナーゴ族の義賊ってわけだな。
相方のネズミ君は白米を運び、オレはトッピングをお茶碗の上にひょいひょいと乗せもう一品料理を完成させた。
ううむ、半熟卵の黄身とスープが絡まって背徳的にうめぇ。深夜に食うともっと最高なんだけどな。
「それにしても姐さんの演技は見事だったでヤンス! オイラもすっかり本当に転生した幼馴染の少女って勘違いしそうになったでヤンス!」
「くっくっく、この裏ルートで仕入れた『異世界あるあるで頂き女子になろう!』ってマニュアル様様だな! いやー、楽勝にも程があるよ。あいつが馬鹿過ぎたっていうのもあるけどな」
サスケに褒めちぎられたオレは古代のアンジョが残したマニュアルを懐から取り出し見せびらかす様にひらひらとさせる。
オレはもちろんあのマレビトとは何の関係もないが、マニュアル通りにやったおかげで見事に騙せたというわけだ。
「でもやっぱあれは例外だろうなあ、元々こっちからタイミングを見計らって話しかけるつもりだったけど向こうの方からホイホイ来た感じだったし」
「それはやっぱり姐さんが魅力的だったからじゃないでヤンスか?」
「ばーか、んなわけあるか」
ただ今回上手くいったからといって次も成功するとは限らない。もしもう一度同じ事をするのならばその時は臨機応変に対応すべきだろう。
オレの見た感じあのトモキとかいうマレビトは本気でオレの事をアイリとかいう奴と思い込んでいた様だ。
わざわざ追いかけて路地裏までやってきてくれたし、ぶっちゃけ成功したのは九割くらいそのアドバンテージのおかげだろう。
悪事を行うにおいて二匹目のドジョウを狙う事は禁物だ。常に慎重に、常に臨機応変に。信頼出来る味方が存在しない悪人が最後に頼る事が出来るのは自らの直感のみなのだから。
「まったく、白昼堂々あくどい会話をするなよ」
「うげ、ザキ姉!」
「いやこれはその、上物っていうのはっ!」
ただ気分よく食べていたところにザキ姉が隣に座り、話を聞かれていたと察したサスケは慌てて弁明しようとした。
が、彼女はまるで気にも止めずネズミ君が運んでくれた水をグビグビと飲んだ。
「うげとはなんだ。別に今更隠さなくてもいい。アタシもチーズ明太子で」
「あいよー。チーズめんたいいっちょー」
「まあ流石にバレてるよなあ。でもザキ姉は城にいたんじゃ」
「頃合いを見て途中で抜けてきた。あのフルーツの食い過ぎで頭が腐ったバナナみたいにポンコツになったお姫様とのお茶会は疲れるんだよ」
「バナナは腐りかけのほうが美味しいでヤンスよ?」
「そういう意味じゃなくてな……まあいい」
不機嫌そうなザキ姉の真意がサスケにはわからなかったみたいだが、彼女はその理由を伝えずふう、とため息をついて脱力した。
生まれた時から特権階級で何の苦労もせずに生きてきたアンジョはどいつもこいつもカスみたいな奴ばかりだが、アシュラッドのパルミラ女王はその最たる存在だ。
あいつは経済も政治の知識もまるでなく見事に傀儡としての役割を果たし、大理石の敷き詰められた城の中で民衆の血税で買い漁った高級フルーツを馬鹿みたいに食べながら悠々自適に暮らしている。
当然内心不満を抱いているグリードも多く、それはトール教会のシスターであるザキ姉も例外ではなかった。
「つーかザキ姉も豚骨ラーメン食べるんだ」
「アタシはエセ信者だからな。つーかザイオンのお偉いさんは皆豚肉も女も食いまくってる。今時あの戒律を律儀に護ってる奴のほうが珍しいと思うがな」
オレは間を持たせるため一応質問をしたが正直そこまで驚く事は無かった。トール教会では神聖な動物であるブタを食べる事は忌避されがちだが、ザキ姉はアウトローっぽい見た目通り好き放題やっているからだ。
「んじゃ黙ってやるから奢れ。どうせ汚ぇ金なんだろ」
「ちゃっかりしてるなあ、ザキ姉は。大収穫だったから別にいいけど」
そんなアウトローなザキ姉は数十秒で完成したラーメンをすすりながら闇取引を持ちかけたのでオレは仕方なく代金を支払う事にした。ただ今回の獲物は大当たりも大当たりだったのでこれくらい何も問題はないだろう。
「ああ、そういやお茶会でお前がカモにしたマレビトに会ったぞ」
「ありゃ、そうなの。もう保護されたんだ。って事はそうなっちゃうんだろうなあ」
「そうなっちゃうんでヤンスねぇ」
ラーメンをすすりながらオレはザキ姉の口からトモキのその後を知りほんのり憐みの感情を抱いてしまった。
アシュラッドは上辺ではマレビトを保護していると謳っているが、オレの知る限り保護されたマレビトを別の場所で見かけたという奴はいない。つまりどこかに監禁されて異世界の知識を吸いつくされているか、もしくは……。
いや、こんなどうでもいい事を考えても仕方がない。今はこの胃もたれがするほどに超絶こってり系ラーメンを食うとしよう。
「……………」
けれどオレは一旦ラーメンを食べる手を止めて、義手の左手の薬指にはめたルビーの指輪を見てしまった。
マレビトの世界では高級品だがこの世界では子供でも買えるガラクタだ。もし再びハニトラを仕掛けるならともかく、もうあいつと会う事もないのでとっとと捨てても構わないだろう。
「なあサスケ」
「はい」
「最近はマークが厳しくなってアシュラッドでも仕事がしにくくなったし、捕まる前にそろそろズラかろうと思ってるんだが、結婚式を狙う予定を変更して最後にとびきりの大物を狙うのはどうだ?」
「そうでヤンスね、オイラは姐さんの指示に従いますが何を狙うんでヤンス?」
「ちょっくらアシュラッド城の宝物庫に忍び込もうかなと」
「なるほどアシュラッド城……って本気でヤンスか!?」
サスケは大それた提案にひどく驚愕してしまう。アシュラッド城には国宝クラスのお宝が大量にあるだろうが、その分警備も極めて厳重でハイリスクハイリターンな博打だったからだ。
「いやー、でもあのマレビトからぶんどった奴があるのでそこまで勝負しなくても……」
「確かに無茶苦茶リスクはあるだろうな。だがそれに見合った最高の見返りがある。たまには金じゃなくてロマンを狙ってみないか?」
「ロマン……言われてみればそうでヤンスね!」
単純なサスケは一瞬渋っていたがオレが説得するとすぐに意見を変えてしまった。相変わらず単純な奴だよ。
「うしっ! それじゃあ悪事は急げ、ラーメンを食ったら早速行動を開始するぞ!」
「はいでヤンス、姐さん!」
「アタシは何も聞かなかった事にしておこう。せいぜい死ぬなよ」
ザキ姉は呆れて物も言えなかった様だが、オレとサスケは拳を突き上げて精神を高ぶらせた。
これは天下に名を轟かせる泥棒猫リアン・ミャオの一世一代の挑戦だ。
難攻不落のアシュラッド城に侵入してお宝を手に入れ、一生遊んで暮らせる程の大金を手に入れその日暮らしの生活とは永遠にオサラバする、最高じゃないか。
そう、この大勝負の理由はそれだけだ。
だがもし余裕があればついでにあのマレビトを助けるのもいいかもなあ。
むやみやたらと殺さないのがモットーのオレとしちゃあやっぱり目覚めが悪いし、騙しちまったお詫びにさ。




