3-12 名前を言ってはいけない邪神、デミウルゴスの神話
「そういえば……」
アイテムボックスの中を整理していた俺は異世界にやって来た時に持っていた銀の鍵と、リンドウさんの露店で購入した謎の小箱を思い出し、アイテムボックスから取り出した。
結局正体不明のまま放置していたが、今は鑑定スキルもあるしこれが何なのかわかるかもしれない。
「銀色の鍵、って……これじゃあわからんって」
しかし『銀の鍵』の説明文には『銀色の鍵』とそのまんまな説明が書かれていた。
こんなの小学生でも出来る説明だし説明文の意味をなしていない。あるいは物語が進むか鑑定スキルのレベルでも上がれば正体がわかるのだろうか。
「んでもって謎の小箱は……」
謎の小箱は銀かプラチナっぽい素材で作られ、何度見ても神秘的でありながら禍々しさを感じる不思議なデザインだ。
鍵穴があったので試しに銀の鍵を入れてみるが、そう上手くはいかず開く事は無かった。そりゃそうか。
「デミウルゴスの箱?」
ただ鑑定スキルのおかげでこの箱が『デミウルゴスの箱』という名前である事が判明した。これはまた随分と禍々しい名前だなあ。
「なになに、『偽りの神デミウルゴスの魂が封印されていると伝わる呪物であり、かつてバルチック艦隊が沈没した際に戦艦と共に対馬沖に沈み秘密裏に回収された。一説ではM資金の正体はデミウルゴスの箱だともされている』って」
説明文にはそんな事が書かれていた。正直胡散臭い……とは言うべきではないかもしれないが、そもそもデミウルゴスが何なのかもよくわからない。
だが俺が『デミウルゴスの箱』の物騒な説明文を読み上げると、どういうわけか皆が周りから離れてしまう。
「なな、なんてものを持っているんですか! 早く捨ててくださいポン!」
「え? そんなにヤバいものなんですか、これ」
とりわけモリンさんは青ざめており、わたわたと慌てふためきながらこう言った。
「ヤバいも最上級にヤバいでヤンス! デミウルゴスは名前も言うだけで大変な事になるでヤンス!」
「今名前を言ったけど」
「ギャー! 助けてください、姐さん!」
「よしよし、怖くないぞー」
またサスケは律儀に禁忌を侵すというヘマをやらかしリアンに慰められる。
デミウルゴスとはグノーシス主義における魔王の様な存在だが、この箱にはそんな危険な魔王の魂が封じ込められている……という設定らしい。
「つーかバルチック艦隊って、まさか異世界で長崎の有名な都市伝説の財宝を手に入れる事になるなんて」
対馬沖に沈んだとされるバルチック艦隊の財宝は割と有名な話で、長崎県民からすれば徳川埋蔵金やナチスの財宝に相当する伝説だ。そういえば鉄兵も探していたとかそんな話をしていたっけ。
なお少し前にようやくバルチック艦隊の沈没船が引き上げられたそうだが、その際に見つかった物はどれも歴史的価値はあるが財宝としてはイマイチなものばかりだったらしい。しかしオカルト雑誌の様な胡散臭い説明文を信じるのならばそれは嘘だった様だ。
「アラ、そんなに凄いものだったのカイ? ならもうちょっと高値を付けても良かったかもネェ」
「いやいや、なにのんきな事を言ってるんすか。これがどれだけヤバいものなのかわかってるんですか?」
海底からうっかり禁忌の呪物を引き上げたリンドウさんはいつも通り適当で、ザキラは怯えながら彼女に文句を言った。
「……そんなに凄いものだったのか。転売すればよかったかな?」
「リアン」
「わかってるよ」
リアンだけは恐怖よりも欲が勝ったらしく、禁忌のアイテムを換金アイテムとして認識する。
きっとこういう欲深い奴が最初の犠牲者になって、封印された悪魔を呪いから解き放ってしまうのだろう。さっき見たB級映画でもそんな感じで死んだ奴がいたし。
何かとトラブルメーカーな人だけど、リンドウさんは前世で呪われる様な事でもしてしまったのだろうか。常に厄介事を引き起こすこの人ならそのうち世界を滅ぼしかねない。
実際空の果てに辿り着いて、現実世界の宇宙飛行士と同じ様に天上に存在するという神の概念を殺せばその可能性もあるっちゃあるのだけれど。
「なあザキラ、デミウルゴスって何なんだ? 俺達の世界でも同じ名前の悪魔がいるにはいるけど」
怖がらせるのもよろしくないのでひとまずデミウルゴスの箱をしまい、俺はこの世界におけるデミウルゴスの役割を専門家に確認する事にした。
「だから名前を連呼するなって。本当は言いたくないんだけどなあ……一回だけしか言わないからな。これは経典にも乗ってる一説なんだが……」
彼女は俺の求めに応じて渋々デミウルゴスの説明をしてくれる。
名前を呼んだだけで祟られるなんて半信半疑だったが、それだけこの世界の人にとってデミウルゴスという存在は恐れられているのだろう。
――偽りの神デミウルゴスは混沌とした時代に生まれる。
――デミウルゴスを見てはいけない、言葉に耳を傾けてはいけない、名前を呼んではいけない。
――デミウルゴスは形を持たないが、あらゆる悪鬼悪霊を生み出す。
――デミウルゴスは人の悪意を好む。何よりも憎悪と怒りに支配された正義を好む。
――デミウルゴスは戦争より生まれる。
――デミウルゴスは天災より生まれる。
――デミウルゴスは疫病より生まれる。
――デミウルゴスはオオカミより生まれる。
――デミウルゴスは民を殺す。
――デミウルゴスは王を殺す。
――デミウルゴスは異教徒を殺す。
――デミウルゴスは異国の民を殺す。
――デミウルゴスに抗う事は出来ない。
――真実を見極める曇りなき眼のみがデミウルゴスを消し去る。
「……とまあこんな感じだ。もう一度言えって言われても言わないからな」
「もう一回聞かせてくれ」
「嫌だ」
ザキラは疲れ切った表情でデミウルゴスの伝承を教えてくれた。彼女にとってはかなり体力を消耗する事だったらしい。
「ちなみに伝承にはいろいろパターンがあるけど、オレは『世界の半分をお前にやろうって言った時に特定の条件を満たしていると三つ目の選択肢が出る』ってのを聞いた事があるな」
「オイラは『十ターン以内に倒すと仲間になる』って聞いた事があるでヤンス」
「急に俗っぽくなったな」
伝承は時代と共に変化するものだが、リアンとサスケはなかなかユニークな亜種を教えてくれた。
どちらも某国民的RPGにまつわるガセネタだけど、こっちの世界にも伝わっていたんだな。
「昔のゲームのあるあるだねぇ。インターネットも無い時代は伝言ゲームで伝える以外に手段が無かっただろうし、その結果正体もよくわからなくなったんだろうねぇ」
「由緒正しい言い伝えをゲームと一緒にするんじゃないって」
オッサン教師の希典はもちろんデミウルゴスを怖がっておらず、笑いながら当時を懐かしむ。
人はよくわからないものに恐怖をするそうだが、彼はデミウルゴスの正体を知っているのだろうか。
だが彼はサラッととんでもなく絶望する真実を伝える。
「ちなみにボールを投げてモンスターを捕まえる時にボタンを連打しても確率は上がらないよ」
「……マジか」
伝説のモンスターを捕まえる時に必死になってボタンを連打したのに、あれには何の意味も無かったのか。
「ただそのうちデミウルゴスの箱の使い道もわかるだろう。それまで捨てるんじゃないよ」
「ふーむ、わかったよ」
「ええ? 本気でヤンスか?」
希典先生のアドバイスでそのまま所有する事が決まり、サスケはあからさまに嫌そうな顔をしてしまった。
しかし正体を知っているであろう希典先生の反応を見る限り、この箱はそんなに怖いものではなさそうなので気にしなくていいだろう。
「とにかくこれは素材に使えそうにないな。商店街に行くか」
「はい、それではご案内しますね!」
またオトハもデミウルゴスを全く恐れていなかった。ロボットである彼女の場合は意味合いが異なるかもしれないけど、彼女もその辺りの事情は知っているのだろうか。
出来れば余計なトラブルを引き起こさないといいんだけど……処分するにしてもお祓いとかしてちゃんとした手順を踏んで捨てたほうが良さそうだし、安全に考慮して今はまだ俺が持っていた方がいいだろう。




