3-5 ヒナが小説を書き続けていた理由
俺は車窓から閑散とした京都の市街地を眺める。
病院からも何となく外の様子はわかったが、この辺りは比較的被害が少なかったらしい。
しかし少し前までたくさんいた観光客は見る影もなく、代わりにうろついていたのは銃を持った治安維持部隊だけだった。
除染作業が済んでいるとはいえ、核攻撃があった場所の周辺を観光する奇特な奴はいないだろう。
もしも住民の関係者か仕事以外で外から来た人間がいるのならば、そいつは火事場泥棒と考えて差し支えないはずだ。
街には全体的に殺伐とした空気が流れており、古都の静かな空気は絶望と憎悪に汚染され息苦しくて仕方がなかった。
ロケハンに訪れたのは京都にある由緒正しい神社だった。
というより京都にはそこらへんに建立ウン百年や千年クラスの寺社仏閣があり、むしろ歴史が浅い神社を探すほうが難しいのでこの有り体な表現はあまり意味をなさないかもしれない。
「取りあえず来たけど……智樹君、お団子食べる?」
「いや別に」
「そっかー」
手持ち無沙汰なエマはヒラメのポシェットからパックに入った団子を取り出し、鳥居を潜る前にもひもひと食べた。
一体どこに需要があるのかわからない独特なデザインのポシェットだが、彼女はヒラメが好きなのだろうか。
「あ、じゃあ私も。はいこれ、昆布。食べるよね?」
「いらないけど」
その様子を見ていたヒナも昆布の駄菓子を取り出し、それを断ると彼女はえー、と文句を言った。
「昆布は美味しいしハゲにいいんだよ。将来ハゲないために食べたほうがいいよ!」
「もうハゲてるから」
その冗談は少しばかり不謹慎だったがこのくらいのほうが心地よい。そんなふうに軽口を叩きながら俺達は楽しく遠足をしていた。
「ここって何の神社なんだ? よく知らないけど」
「ふっふっふー、ここは髪の毛にご利益がある神社なんだよ」
「髪の毛? ひょっとして……」
俺が尋ねるとヒナは胸を張ってそう告げ、俺は思わず自分の頭を撫でてしまう。薬の副作用ですっかりハゲあがってしまったが、彼女はまさか俺のためにこの場所を訪れたのだろうか。
なかなか珍しい御利益の神社だが、絵馬をチラリと見ると薄毛で悩む人の他に理髪師を目指している人も多く来ている様だ。
お守りの名前も福髪守、房房守など歴史がある神社とは思えないなかなか秀逸なネーミングセンスである。
また前述した人を意識してか、ハサミをモチーフにしたお守りや櫛をモチーフにしたお守りも販売していた。
よくよく見ると俺と似たような境遇の人もちらほら見かける。彼らは人間の分身でもある髪の毛を奉納し、誰かのために祈りを捧げていた。
ヒナは柔和な神主さんに自らの白髪を数本切ってもらい、手続きを済ませて軽く祈祷をしてもらい無事完了する。
「はい終わり! これでしばらくすれば髪を振り回せるくらいフサフサになるよ!」
「連獅子じゃないんだから。けどありがとな」
これに意味があったかどうかはわからないが、親友が俺を励ますためにしてくれた事だし好意は有難く受け取っておこう。
「うーん、でも髪の毛ってどのくらいでフサフサになるんだろう。すぐには無理だよね……それじゃあ智樹君、もうちょっとしたら私は死ぬから、その時に髪の毛をあげるね」
「え」
そんなほのぼのとした空気の中、ヒナはニコニコと笑いながら残酷な事を告げた。
彼女はその未来を抗う事なく受け入れている様だし、俺もやがてそうなるとわかっていたはずだ。
だというのにこの頭をかき回すノイズは一体何なんだ。
今ならわかる。ヒナが小説を書き続けていたのはきっと何かを遺したかったからなのだと。
彼女は耐え難い絶望すらも昇華させ、命を懸けて作品を作り続けていたんだ。




