3-4 小児科病棟四天王の結成
俺達は一緒になろうプロジェクトが原作となった小説をじっくりと読む。
文字しかない小説を読むのは漫画と比べると労力がかかるけど、時間はいくらでもあるので問題ない。
何よりもそれは閉ざされた世界において最大の娯楽だった。
ずっと白い世界しか知らなかった俺にとって、その虚構の世界は本物にも代えがたい価値があるものだったんだ。
「どう?」
「え、うん、良かったけど」
読破後ヒナは食い気味にそう尋ねた。しかし俺には自分がどれくらい感動しているのかを表現する思考も語彙力もなく、ありきたりな言葉しか言う事が出来なかったんだ。
「そっかそっかー。ちなみにそれ私が書いて投稿して書籍化したんだよ」
「え? そうなの?」
ヒナはドヤ顔でそう言ったけど、最初それがにわかには信じられなかった。けれどこんなに自信満々で言い切ったのならばきっと本当の事なのだろう、
「マジも大マジ。まあ書籍化しただけでその先には進めなかったけどね。こんな事なら意地を張らずにお父さんの力を借りればよかったかなあ」
「それでも十分凄いとは思うけど。ヒナのお父さんも業界関係者なの?」
「うん、鳳エンの偉い人。まあお父さんなのかお母さんなのかわかんないし、もっと言えば親なのかもわからないけど」
「?」
「ああゴメン、気にしないで、普通に親子仲は良いから」
ヒナは自分の父親の事を話し、何やら複雑な事情がありそうだったけれど彼女は慌てて俺の考えを否定した。彼女の表情からは暗いものは一切感じられなかったのでそれは事実なのだろう。
「おーい、遊びに来たのです」
「あ、マロン」
「ん」
ヒナとおしゃべりをしていると先ほども見かけた義肢の少年が現れる。だけどヒナがマロンと呼んだ事からこの子は女の子だったみたいだ。
「紹介するね、この子は小児科病棟四天王の一人の吉田マロン。吉田教のガチ信者だよ」
「吉田教?」
「はい! 吉田Pこそ至高にして唯一、ド〇クエはカスなのです! ちなみに苗字が同じだけで特に関係はないのです」
「はあ」
マロンは初対面から全ド〇クエファンを敵に回す発言をした。文脈から察するに吉田とはあの国民的RPGと対を為すゲームを作っているプロデューサーの事だろう。
日本一ヤバい宗教団体は何か、というスレッドにギャグで吉田教と書き込まれるくらい熱狂的なファンが多い事でも知られているけど、光の戦士の彼女はあのプロデューサーのガチ信者らしい。
「ちなみに他の四天王は?」
「後は私とエマちゃんだよ」
「ど、ども。エマ・リーです……」
「ああうん、ども」
ずっと黙っていたそばかすの女の子の名前はエマというらしい。ただ彼女はイマイチ乗り切れていないのかそう呼ばれるのが恥ずかしい様だ。
「というわけで智樹君! 今参加すれば四天王で最弱の存在って称号が手に入って本が読み放題だよ! はいかイエスかよかばいで答えてね!」
「うーん、じゃあよかばいで」
「やった、これで四人そろったよ! やっぱりパーティーは四人だよね! さっそく一列になって歩くよ! ほらエマちゃんも!」
「え、ええ? うん」
ヒナは昔のRPGのあるあるネタを言ったけど、吉田教信者のマロンは鼻で笑ってしまう。
「面白い事を言いますね。いつの時代のRPGなのですか。これだから時代遅れのド〇クエ信者は」
「日本のRPGはド〇クエが原点にして頂点! これは譲れないね!」
しかし呆れつつも数秒後にはちゃんと最後尾を歩いていたので、信仰は違えど仲は良いみたいだ。
そしてヒナ、エマ、マロンというかけがえのない親友と、無数の小説と出会い――ただただ陰鬱で灰色だった俺の毎日は鮮やかなものに変わっていったんだ。
その日から俺はヒナが用意してくれた小説を楽しみにしながら懸命に闘病生活を頑張った。
それで苦しくなくなる事は無かったが、俺にとっては低俗な小説でも生きる希望そのものだったんだ。
日課であるリハビリ訓練を終え、ここ最近伸び悩んでいたマロンはむすっとした顔で文句を言った。
「むぐぐ、智樹のくせに生意気なのです」
「そうかあ? マロンのほうがずっと凄いだろ。両手両足がないのに普通に歩けてるし」
マロンは四肢が全て義肢なのに今では普通に歩けている。正直リハビリなんてしなくてもいいが、彼女は嫌味と解釈してぶーぶーと不満を漏らした。
「普通に歩けるだけでは駄目なのです。僕はピエロになりたいのです?」
「ピエロ? ピエロってあのピエロ?」
「そうなのです。少し前にピエロがやって来て、その演技に感銘を受けた僕はピエロになると心に決めたのです。たくさんジャグリングやマジックをしたいのです」
ああ、なるほど。きっとマロンは慰問に訪れたホスピタル・クラウンの事を言っているのだろう。
それでパフォーマンスに感動して自分もなりたいと思ったと。うん、実に単純な思考回路だ。
「でも何度やっても上手くいかないのです……やっぱり僕には出来ないのです。折角夢を見つけたのに、結局僕は持っていない人間なのです」
自信家なマロンは珍しく落ち込んでいた。ジャグリングなんて普通の人間でも難しいというのに、義肢の彼女にとってはとてつもなく困難な事に違いない。
ここで安易に励ましの言葉を言わないほうがいいかもしれない。それは一見すると優しいけれど、残酷な事に違いないから。
「そうだなあ……でもあの地獄を生き延びただけで持っている人間には違いないだろ」
だから俺は間違いなく断言出来る事実を言った。
生きてるだけで勲章とは言うが、彼女がどれだけ努力していたのか近くで見てきた俺は嫌というほど知っていた。ここで励ましの言葉を言わないのは友人として心苦しかったから。
「……智樹のくせに生意気なのです。それくらい言われなくてもわかってるのです」
「そりゃどうも」
やはりマロンはむすっとしていたが、その表情は微かに明るいものに変わった。これは彼女なりに感謝していると考えて差し支えないだろう。
「おーい、智樹、マロン。はいこれ」
「ん」
リハビリ終わりにいつも通り交流スペースに向かうと、ヒナは昆布の駄菓子を俺とマロンに手渡した。
取りあえず受け取ったが、子供が食べるおやつにしては随分と渋いお菓子だ。
「なんなのです、これは」
「遠足用の駄菓子。これからロケハンに向かうんだ」
「ロケハン?」
ロケハンと聞いて何の事かわからなかったが、知名度が低いとはいえ彼女は書籍化もしているプロの小説家だ。おそらくネタを探しに行くのだろう。
「よっす。許可は出しておいたよ。自動運転だけど一応酒も抜いておいたからね」
「そわそわ」
「はあ、ありがとうございます」
主治医の松下先生は車のキーをくるくると回しながら見せつける。割と忙しそうだが、まさか彼女が引率してくれるのだろうか。
「それじゃあしゅっぱーつ!」
「お、おう」
「ふむ、お遊びに付きあってやるのです」
「わたわたっ」
俺達の意見は一切聞かず、ヒナは一方的に始まりを告げてズンズンと進んでいく。
エマもずっと何も言わずにわたわたしていたし、きっと彼女も強引に押し切られてここにいるんだろうな。




