2-182 望まずして英雄となった荒木美虎の苦悩
――荒木美虎の視点から――
私は仮設本部で部下たちに指示を出し、優先してリソースを割くエリアを決定して隊員を市民や負傷者の救助に向かわせる。
打ち切り漫画ではないが私達の戦いはこれからだ。戦闘とは本番だけではなく事後処理も含まれる。そして往々にして地味な作業のほうが重要かつ緊急性が高かったりするものだ。
一分一秒が経過するごとに人命が失われる。私の頭の中からはすっかり沈む船から逃げ出したネズミの事は消え去ってしまった。
「ミトラさん、甲東官房長官から緊急の連絡が」
「一応話程は聞いておきましょう。つなげてください」
一瞬だけあの男の事を考えると、高倉隊長がタブレット端末を取り出しビデオ通話を繋げてくれる。
画面の向こう側には恐怖に歪んだ甲東官房長官の顔が映っており、私は横目で見ながらコクリに指示を出してデータをまとめた。
『どういう事だ!? 活躍し過ぎだ! 襲撃を最小限の損害で済ませおって! これでは貴様らが英雄になってしまうではないか!』
「大変な中わざわざお褒めの言葉をかけていただきありがとうございます」
私は皮肉を込めて喧しく吠える甲東官房長官と会話をした。彼からすれば私を陥れようとしたのに逆に株を上げる結果になってしまい、ひどく歯噛みしているはずだ。
「それに最小限の損害という発言はいただけませんね。今回の襲撃で部下が五人も死にました。死んだ隊員の中には子供が生まれたばかりの隊員もいたというのに」
指揮官として出来る限りの事は尽くしたが、やはり死人が出てしまった。けれど多くの人にとっては有象無象のモブが死んでしまっただけであり、取るに足らない事なのだろう。
何故ならばこの世界では人が死ぬのは当然の事だからだ。誰しもがいつしかこの異常な世界を受け入れ、『そういうものだから』と死というものを気にも止めなくなってしまったのだ。
彼は決して物語を引き立てるためだけに用意された端役ではなく、死んでしまった全ての人間に人生や愛する人が存在していた。
人が死ぬのは決して当たり前の事ではないというのに、私はNAROの長官としてそんな世界を作ってしまった自分自身が憎くてたまらなかった。
「名誉など死んでしまえばなんの意味もありませんし、そんなものは我が子と暮らす日々より価値のあるものではありません。遺族のために恩給の手続きもしなければならないので手短にお願います」
正直この偉ぶっているだけの老害の顔なんて見たくもなかったが、タイミング的にそろそろなのでそちらに関しても情報が欲しい。もう少し通話を続けておこう。
『ええい、そんな事はどうでもいい! 船がクジラらしきものと衝突して航行不能になったのだ! 早く助けに来い!』
「クジラ……ああ、もうダーゴンと遭遇したのですか。意外と早かったですね」
『ダーゴンだと!? 貴様ふざけてないで……うわあッ!?』
故障した船と共に画面が揺れ甲東官房長官も転倒してしまう。
おそらくダーゴンが二発目を繰り出したのだろう。見た所耐久性が低いクルーザーを改造した武装船なので数分も持たないはずだ。
『な、なんだあれは……何故……あんなものが……』
『ギャアアア!?』
『来るな、来るなァ!』
『きめぇきめぇクソきめぇええ』
『ヒィロロオオ、しぬぅうう』
『助け……だすげでぇえええ!?』
ダーゴンと共に湧き出た泥はゾンビとなり、画面の向こう側でモキュメンタリーホラーの様な光景が繰り広げられる。
私は仕事に集中するため通話を切り、まとめたデータと追加の指示を各隊に送信した。
「よろしかったのですか?」
「どうでもいいですよ、あんな方は。一応安全を確認した後救助に向かって甲東官房長官を回収してください。形だけでもそうしておかないと問題になるので。死体でも構いませんが、難しいようでしたら程々の所で捜索を中止してください」
「承知しました」
甲東官房長官に思う所があった高倉隊長はその指示をすんなりと受け入れる。彼も内心ではあんな保身しか考えていない無能な政治家の事は嫌悪していたのだろう。
「……ところで高倉さん。これで実質的な日本の最高権力者が政敵の姦計により死んだわけですが、私がした事はクーデターになるのでしょうか」
「そういう解釈も出来ますが、それは僕達を護る為です。気を落とさないようにしてください」
「気遣っていただきありがとうございます」
高倉隊長は侮蔑するどころか尊敬の眼差しで狡猾な私を見つめていた。しかしこれは紛れもないクーデターであり、私はこの後に待ち受ける混乱を想像し絶望してしまった。
甲東官房長官は確かに暗君だったかもしれない。
しかしアニメとは違い現実は悪の親玉を倒してそれで終わりではない。
彼がいなくなったとしても、虎視眈々と権力の座を狙っていた同等程度の愚者が取って代わるだけだ。
あるいはそれは、他ならぬ私自身なのかもしれない。
「あなたも昔は純粋無垢な青年だったのにすっかり私の忠実な腹心ですね。噛みついていた頃が懐かしいです」
「あはは……昔の事については忘れて頂ければ。あの頃は僕も若かったので。今ではミトラさんのお考えがわかるようになりましたから」
「買い被らないでください。有難い事に私は理想の上司と言われますが、結局のところ部下を洗脳しているだけなのかもしれません。そのせいで蒲生さんや仲村渠さんの様に時々暴走する人が出てくるのですよ」
ポリコレを曲解して不祥事を起こした蒲生ゾーイも、私の期待に応えようと英雄になろうとした仲村渠ヒカリも、元を辿れば私にも原因の一端があるといえる。
最早私の言葉は私だけの言葉ではなくなり、人命を左右するものになってしまったのだ。
「仲村渠さんは臨機応変な対応が出来る類稀なる逸材ですが、自己肯定感が低いが故に他者に依存しがちで、純粋が故にすぐに他者の考えに染まってしまう危うい心の持ち主です」
仲村渠ヒカリはお世辞にも学力が高いとは言えない。おそらく学歴社会においては落ちこぼれに分類されるのだろう。
しかしそれは一面的な評価でしかない。入隊試験の際に即座に最適な行動を導き出し、細かな仕草からエマとトレンタが顔見知りだと見抜く観察眼など、それを補って余りある能力を有していた。
その才能は既存の教育カリキュラムでは評価出来なかったとしても、戦時下でなければきっと彼女は才能を余すことなく生かして成功者となっていたに違いない。
「彼女が再び過ちを繰り返さないためにも気にかけてくれないでしょうか。何度か似た様な事をしてしまったあなたならば適任でしょう」
「それがミトラさんのお望みならば」
かつては彼女と同じく正義感溢れる熱血漢だった高倉隊長は指示を与えられ微かに喜んだ。
彼に自覚があるかどうかはわからないが、イエスマンと成り果てた彼もまた私によって洗脳された哀れな部下なのだろう。
しかしつまらない事を考えるのはこのあたりでやめなければ。
こういう時は仕事に打ち込むに限る。私はそうやって全てから眼を逸らしてきたのだから。




