1-2 銃を持った治安維持部隊がうろつくごくごく普通の登校風景
玄関を出た後、俺は歩きながら昆布の駄菓子をもしゃもしゃと食べ肌寒い八月の葉瀬帆の街を歩いた。
少しばかり早く起き過ぎたのでのんびり行くのも悪くない。愛すべき故郷を見るのもこれが最期なのだから。
葉瀬帆は長崎第二の都市ではあるが、元々長崎県自体人口流出が顕著な事に加え時世もあり人は少なく随分と寂しい事になっている。
戦争が始まった頃はバブルが起きたがそれも長くは続かなかった。撃墜率ほぼ百パーセントの防衛システムがあるとはいえ、真っ当な精神をしていれば常にミサイルが飛んでくる修羅の国九州に住みたい奴なんていないからなあ。今はどこも狙われるリスクがあるのでどっこいどっこいだけど。
スマホからけたたましく警報音が鳴るも多くの人は気に留める事もなくスルーしていた。ビビりな俺は今でもビクンとなってしまうが、とっくに慣れて受け入れてしまった彼らのほうがきっと普通なのだろう。
一応通行人の中には国際都市らしく外国人、特にアフリカ系や南米系が多いが、ゾンビハザードによって衰退した欧米中露に代わって世界のイニシアチブを握っている彼らがいなくなればこの街の経済は破綻するだろう。
なんやかんやで今となっては日本、南アフリカ、ブラジルが上位三位の経済大国である。欧米が覇権を握っていた頃はどちらかと言うとそれらの国の人々は犯罪者予備軍的な扱いをされていて嫌われていたが、今はアフリカと南米の時代になりその立場は逆転した。世の中何が起こるかわからないものである。
外国語が目立つ店舗がやたら多い商店街の壁には志願兵、もとい非戦闘地域で復興支援をする人を募る勇ましいポスターが張られており、キリッとした坊主頭の少女がモデルを担当していた。多様性に配慮しているのか左右に黒人と白人の少女もいるがやはりこちらも丸坊主である。
男がいないっていうのもあるけど最近は女性の志願兵も増えてきたよなあ。機神兵とかドローン兵器を動かすには筋力とかは関係ないし、ある意味これも男女平等が求められる時代の流れなのかな。
日本人の少女は結構前に死んだはずだが、チャリティー番組で密着ドキュメントが放送された事もあり割と名の知れた奴だったので今でも使っているらしい。
ちなみに丸坊主の女性三人組というなかなかインパクトのあるポスターは当時だ○ご三兄弟とネタにされ、フェミニスト団体から女性が丸坊主にするとは何事だ、人権侵害だと猛抗議されたが、そこに黒人の団体からアフリカでは丸坊主の女性は普通にいる、自分たちの文化を侮辱するなとまたまた猛抗議で返され、さらには別の女性団体から女性がどんな髪型をしようと女性の自由、女性が長い髪であるべきという発想は固定観念でありルッキズムの暴力だと援護射撃を貰い、結局今ではまあ女性が坊主でもいいよね、それに文句を言うのは駄目だよねというポリコレが定着してしまった。
なおこの国に坊主ではない長髪の黒人女性ももちろんいたが彼女たちの抗議は適当にスルーされ、他にもいろいろ論点がずれている気もするがそれをつつく人間はもちろんいなかった。そんな事をすればヤバい奴と認識され信用スコアがすぐに下がるし、リスクを負ってまで決して世間に届く事のない無意味な主張をしたいという頭のトチ狂った人間はもうこの国にはほとんどいないだろう。
『We Die As One! We Are All Heroes! 異世界帰還者の講演会 転生する前にやるべき事のQ&A 勇者になって異世界転生しよう! ゲスト・元NARO隊員――』
もう一つすぐ近くにそんなポスターも張られており、著名な大学教授と政治家、死んだ後に異世界に転生した後こっちに戻って来た自称帰還者が長崎で一番大きなホールを貸し切って講演会をする様だ。
この人のギャラってどのくらいなのだろう。ちょいちょいテレビにも出てるし印税も含めたらむしろ異世界にいた時よりもいい暮らしをしてるかもな。本当に異世界にいたかどうかは知らんけど。
「……………」
あまり気分が乗らなかったが俺は昔通っていた剣道場に近付く。どうせ最期なのだし様子を見るのもいいだろう。
やはり既にそこは廃墟になっており、ミサイルが飛んできて半壊したまま放置されていた。割と立地は良いがあえて新しい建物を建てる理由もないのでそのままにしているのだろう。政府に接収されたらそれはそれで悲しいけど。
見ているだけでしんどくなるがついでによく行っていた本屋にも寄ってみるか。多分もう営業はしていないだろうけどこっちも今もあるのだろうか。
だが行きつけだった店の窓ガラスは粉々に割れており、制圧の際に用いた銃弾や血の跡が生々しく残っている。店の前には銃を持ったNAROの隊員が警備しており迂闊に近付けない様になっていた。
どうやらつい最近摘発が行われたばかりの様だ。この店は頑なに認可を受けていない有害図書の撤去を拒んでいたからいつかはこうなるとは思っていたけど。
「こんにちはー!」
「こんにちは」
男女とも同じデザインの制服を着た小学生らしき一団は元気よく彼に挨拶し、隊員もまた気さくに返事をした。目を付けられなければ連中は街の治安を護ってくれる頼もしい存在だし、家や学校でそう教え込まれた子供たちもそういう認識なのだろう。
書店の前を素通りした小学生たちは同じくNARO隊員が警備をしている近くのバス停で待機し、しばらくすると防弾ガラスと分厚い装甲で耐久性を向上させたスクールバスがやって来る。
このままここでじっとしていれば店に用があったと認識され巻き添えを食らう可能性もある。信用スコアを下げられる前にどこかに行こう。
いや、今更そんな事を気にする必要もないか。どうせ俺の人生は明日で終わるのだから。
代わり映えのしないいつも通りの景色だが今日は特別な日だ。この街には特別楽しい想い出があったわけではないが、俺はしっかりと目に焼き付ける事にした。
それでもやはり、どこか歪で平和な光景がどうしようもなく虚しくはあったけれど。