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ゆめのおちかた~終わりに向かう二つの世界、小説家とアニメーターを目指す何者かになりたい若者と、夢破れたTSダメ親父が紡ぐ英雄のいない物語~  作者: 高山路麒
第二章 暗き世界で光輝く太陽【第一部2】

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2-167 時代に取り残された悲運の天才、久遠瑞鳳の苦悩

 NAROの仕事とアニメ制作という多忙な日々を過ごしていくうちに目安となる納期が近付き、一人制作現場に残った私は最後の力を振り絞って絵を描き続けた。


「まだやっていたんだ。根性だけはあるんだね」

「それは褒めてるの? それとも貶してるの?」

「どちらかというと褒めてるね」


 けれど制作現場にまだ残っていた社畜がもう一人いた。鳳仙は律儀に指導するためにやって、私の隣に椅子を置いて絵をジッと見つめる。


「僕が言うのもなんだけど、よくこんなパワハラ監督について来られるね。正直こっちのほうがちょっと引いてるよ」

「それも誉め言葉として受け取っておくくよ」


 こいつのスパルタ指導のおかげで絵は様になりつつあるけど正直まだ満足出来るものじゃない。


 まだだ、私はもっといけるはずだ。


「悪くなかったとは思うけど……没にするの、それ。君は何故たかだか一秒間に必死になれるんだい?」

「あんたは死に物狂いでメンバーを集めて、初めて作る作品が悪くなかったって評価でいいの? アニメを見てくれる人は生きるか死ぬかの世界で、貴重な時間を割いて私たちの作品を見てくれているのに」

「良くないね」

「そういう事」


 鳳仙はすっかり彼よりもストイックになった私を少しだけ認めてくれる。これが望んだ姿なのかはわからないけど、その呆れた様な満足げな笑みは率直に嬉しかった。


「もしも君がアニメーターとして大成すればきっと僕を凌駕するパワハラ監督になってブラックな職場を作り上げるんだろう。ううん、信頼関係を作って洗脳して働かせるタイプの職場か。だけど僕はそういう所で働きたいね」

「ならそのうち私の下で働く?」

「君の技術が僕を越えたらもちろんそうするよ。僕がいつか見た夢の彼方の景色を見せてくれるのならね」


 プライドが高い鳳仙は意外にも私の冗談を好意的に受け止めた。


「映画でもドラマでも、バラエティ番組でも音楽でも、たった五分の短編アニメでも誰かの人生を変えてしまう事がある。だから僕は常に全力を出して一切妥協したくないんだ」


 それがどこまで本気だったのかはわからないけれど、彼がアニメや『夢の彼方』に並々ならぬ思い入れがあるのは嫌という程わかってしまった。


「ただ今回効率化のために人工知能を使っているのは正直今でも引っかかってる。主流になった3DCGも受け入れられつつあるけど僕は好みじゃない。君はアニメの制作にそういった技術を使うのはどう思う?」


 そこまで話した鳳仙は悩まし気に質問をした。昔は生成AIを使ったアニメなんてアニメじゃないという風潮があったけれど、今はむしろ全く使っていない作品を探すほうが難しい。だけどこだわりのある彼には未だに受け入れられなかった様だ。


「今の言葉を借りるなら、新しい技術を使っても妥協しなかったらいいんじゃないかな。時代は変わって、技術とかもどんどんアップデートされていくものだから……変わって欲しくないって思っても、やっぱり変化を止める事は出来ないし」

「そうだね。生々しい話そっちのほうが安上がりで時間も短縮出来る。そうした技術は劣悪な職場の筆頭だったアニメの制作現場に革命を起こした」


 鳳仙の言いたい事はわかるけど時代は変わってしまった。かつて主流だったセル画は絶滅し、昨今ではデジタル作画のアニメもまたかなり数が減ってしまい、鳳凰堂エンタテインメントもまた3DCGに移行している。


「だけど僕は変わる事が出来ずにそうした技術を受け入れず、仕事のやり方も時代に合わせる事が出来なかった」


 もちろん3DCGが駄目ってわけじゃないけど、そういうのが嫌だという人も一定数いるのは理解出来る。


 人工知能の普及は技術を使いこなせない人を置いてけぼりにして、コンプライアンスの変化は社会の構造を大きく変化させた。


 多くの新しい仕事が生まれると同時に既存の仕事は消失し、昔ならば傑物だとされた人もまた不要な物とされ、機械の歯車を取り換えて修理する様に時代に取り残された人やモノは追い出されていったんだ。


「君ももう気付いているだろうけど、僕の正体は久遠瑞鳳だ。時代に合わない独りよがりなやり方を続け、かつての仲間から追い出された惨めな負け犬だよ」

「……え? ええ!? そうだったの?」

「いや気付いてなかったの?」


 彼は衝撃の事実を伝え、そんな事を全く思ってもいなかった私はひどく驚愕してしまった。だけど言われてみれば結構そういう伏線とかあった様な、無かった様な。


 でもそうか……こいつがあの久遠瑞鳳だったんだ。


「世間一般では僕はもうただの老害さ。僕が得意だった昔ながらの手法で作るアニメも今では時代遅れで必要とされていない。ましてや今は全てのサブカルチャーにとって暗黒の時代だ」


 久遠瑞鳳が何をしたのかは知っている。ただ冤罪の疑惑があっても、パワハラ気質の彼のやり方が時代に合っていないのは間違いない。


 彼の情熱がどれだけ激しくてもそんなものを世間は求めていない。残酷な事を言えばアニメに何の興味もない人間にとってはイメージとコンプライアンスだけが全てなのだ。


「これからの時代、君が必死で学んだ技術は何の役にも立たなくなるだろう。それでも君は僕と共にアニメを作り続けるのかい?」

「うん」

「うんって。それだけ?」

「私は馬鹿だから難しい事はわかんないけどさ……やりたいからやるとか、作りたいから作る以上の理由なんてあるかな」


 鳳仙は何かを言っていたけど、私がアニメを作るのに情熱以外に必要な物はなかった。


 古いと言われればそれまでだけど、ルールや効率だけを重視するというのもやっぱり違うだろう。


 ストイックでパワハラ気質な鳳仙のやり方は今の時代にそぐわず万人には受け入れられないかもしれないし、私も彼の全てを受け入れられる事は出来ない。


 けれどその誰よりも強い信念は私達にとって必要不可欠だった。


「だから徹底的にしごいて欲しいかな。私はそう簡単に壊れない。私はあんたの技術の全てを学びたいから」

「……ふふ、将来が楽しみだね。それじゃあまずは洗脳して社畜を作り上げる仕方から教えよう。一流のブラック企業はね、マインドコントロールをして信頼関係を作るんだよ」

「それはいらないから」


 ずっと寂しそうだった鳳仙はほんの少し笑みを浮かべてくれた。たとえ時代遅れだとしても久遠瑞鳳の全てを否定するのは世界にとっての損失だ。


 私は彼から想いを受け継がなければならない。


 彼がかつて私に見せてくれた、夢の彼方の景色を自分自身の手で作り上げるためにも。


 その為にはまずこの一秒間の絵に魂を込めなければいけない。


 分業制で他の誰かがカバーしてくれるとはいえ、私は手を抜くつもりなんて一切無かった。


 無機質なただの線に命が宿り世界は少しずつ形作られる。


 もうすぐだ、もうすぐ私はこの世界に生きる彼女たちに会える。


 私は知っている。


 この心の中にある喜びも悲しみもかけがえのない私だけの宝物なんだって。


 さあ、自分の持てる想いの全てをぶつけて魂を動かすんだ!


 ――そして、何もなかった場所に世界が生まれた。

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