2-164 なろうプロジェクトに現れた、予言者夢桜しばえもんの噂
そんなこんなで新鮮なイワシっぽい小魚がぴちぴちと跳ねる佐賀県某所の市街地エリアで、私は社会勉強も兼ねてNARO隊長の役割を全うする。
なおやっぱり経験不足は否めないので私はまたまた研修期間中であり、今はヨンアの三番隊の傘下組織という扱いだ。
「経験不足を考慮して人材の育成とかもしっかりしてくれるなんて……ミトラさんって本当に理想の上司だね」
「思想警察でもあるNAROに功罪はあるけど、パーフェクトヒューマンなあの人が長官になって組織改革をしてなかったら今頃日本は内戦状態になってただろうし、少なくとも私たちにとっては理想の上司だとは言えるね」
ヨンアはミトラさんを冷静に分析した上でその能力を認めた。ただいくら立派な人間でもサブカルチャーや思想に対して強権的な取り締まりを行っているのは事実だ。
抜け道は用意してくれているけど、やっぱりそのせいでアニメ制作も含めて不自由しているのは否めない。
ただもしも血も涙もない鉄の女ならどうしようもなかったけど、私はミトラさんの優しさや葛藤を知ってしまったから彼女を憎む事なんて出来なかった。
本当に何であんな人がNAROのトップなんだろう。悪役ならもうちょっと極悪非道でいて欲しいのに……。
「ところでこの大量の魚は何なの?」
ただ残念ながら強烈な生臭さはしんみりした空気を吹き飛ばした。
事件現場には大量の魚が散らばっており、地元の人らしき人が警備の目をかいくぐってこっそりと拾っている。
出所がわからなくても貧しい人にとっては貴重な食糧だし、きっと美味しくいただくのだろう。
先行していたモブ隊員さんが一応叱りつけるとそそくさと退散していくけど、口頭注意だけで済ませているあたり彼らが罪に問われる事はなさそうだ。
「昨夜未明くらいからこうなっていたらしいよ。空から魚が降って来たんじゃないか、とは言われてるけど……やっぱり今回も防犯カメラとかはハッキングされて機能していなかったね」
「空から? 魚が? そんな事あるのかなあ」
「それ自体は割とよくあるよ、竜巻とかで巻き上げられて」
正直第一報を聞いた時は意味が分からなかったけど、ヨンアの説明を聞いてもやっぱり意味が分からなかった。
取りあえず仕事を与えられた以上はしっかり調査しなければいけないので、私はぴちぴちと跳ねる魚を掴みバリボリと頭から食べる。
「うん、新鮮で美味しいね。味はイワシかトビウオっぽいかな。だけど空から落ちたらぐちゃってなって死んじゃうんじゃないかな。なのに元気いっぱいで鮮度抜群だよ」
「そこが謎なんだ。だから防犯カメラが機能していない隙に何者かが魚をばら撒いたんじゃ、とも考えているけど……それを推理するためとはいえ普通は道端に落ちている魚を食べないよ?」
「実際に食べないとわからない事もあるかもよ」
「実際に食べなくてもわかる事もあるからね」
なかなか美味しい魚だったので私はおかわりでもう一匹拾って食べた。でも初めて見るけどこの魚は何ていう魚なんだろう。
「もぐもぐ、やっぱりイワシでもトビウオでもないなあ……これってなんて魚? 陸上でも平気って事はエラ呼吸じゃないよね」
「さあ? 新種の魚だからわかんないよ」
「え、新種の魚?」
「うん、DNA検査をしたけど地球上に存在するどの生き物とも合致しなかったんだよ。情報統制をした時にはもうかなり拡散して、ネットも結構騒ぎになってるんだよねー」
「ほへー」
この現象を説明するには空から魚が降ってくる事もあるだろうし、何らかの意図を持った人物が魚をばら撒くという方法もあるだろう。
けれど新種の魚に関しては一体全体どう説明すればいいのだろうか。
「これは何かの凶事の前触れじゃって不安になったり、お腹をすかせた人に神様が天の恵みを与えてくれたんだって喜ぶ人とか……だけど一番賑わっている話題は夢桜しばえもんって人物についてだね」
「えっ、夢桜しばえもんって……」
「平和の像の出現、博多ドームの暴動、空から魚が降ってくる現象……ネットでは夢桜しばえもんが書いた小説の内容がそれを暗示しているんじゃないかって噂が流れているんだ。なろうプロジェクトに小説が投稿されてるから見てみるといいよ」
夢桜しばえもん――私はヨンアの口から再びその名前を聞いて驚いてしまった。
私は急いでスマホでなろうプロジェクトを検索し、彼が書いた作品を改めて読んだ。
「本当だ……」
現在サイトに投稿されている作品は三つ。博多ドームで爆弾を解体した終末世界の回収屋の話に、空を飛びたいと願う魚の話、そして平和記念公園をゾンビたちがお掃除をするという話だ。
言われてみれば確かに全てが形を変えて現実の物となっている。これは一体どういう事なんだ。
「厄介な事にNAROにも司馬桜龍ってそれっぽい名前の隊長がいてね。夢桜しばえもんと司馬桜龍は同一人物なんじゃないかって噂まで生まれてる。本人は困惑しながら否定していたけど、世間はそうは思っていないみたいで」
「うーん、どういう事なんだろう」
私はてっきり夢桜しばえもんがご時世を気にせず好きな様に小説を書いている人だと思っていたけど、ネットを見ると彼はまるで予言者のように扱われている。
「一番懸念しているのは彼らの予想の中に、ゾンビハザードにまつわる陰謀論とか戦争への批判も含まれている事なんだ。それが今の時代では絶対にダメだって事はヒカリも知ってるよね」
夢桜しばえもんは戦争を終わらせる救世主だ、ゾンビに溢れた世界を救う英雄だ、政府が隠したゾンビハザードの真実を明らかにしてくれる――そんな噂が。
けれど私は画面の向こうで恍惚とした笑みを浮かべてそう書き込む人々の顔を想像してしまい、その悍ましさに寒気がしてしまった。
「政府は危険と認識して早めに不穏分子の芽を摘み取る様に命令した。そのうち然るべき手続きの後特殊指名手配犯に認定されるかもしれない。逆に捕まえた時に大々的に報道されるかもだけど」
「そっか……」
私が夢桜しばえもんを探しているという事情を知っているヨンアは現在の状況を教えてくれる。ならば政府やNAROに捕まる前に早めにコンタクトを取りたい。
あくまでも私の主観だけど、夢桜しばえもんの小説を読んだ時にそんな狂気は一切感じられなかった。
今回起こった事はどれも偶然や自然現象で説明出来る事で、ダルマオンナ事件と同じく勝手に大衆の変な妄想で歪められているだけなのだろう。
もうあんな事を繰り返したくはない。純粋に作品を楽しむためにもこのへんてこなお魚の事件を解決しないと。




