2-161 ミトラさんからの愛のお叱り
鳳仙に認められ、これから輝かしいアニメーターとしての未来が始まろうとしていた。
まだ見ぬ白箱には無限の可能性が詰まっていて、それがどのような未来でもきっと素晴らしいものに違いないだろう。
……だったはずなのに。
(どうしてこうなった……どうしてこうなったぁああッ!?)
アニメ制作に必要な物資の補給のために地上に出た私は、ついさっきまでルンルン気分で買い物を楽しんでいた。
けれどお店から出た直後にどこからともなく笑顔の高倉隊長が現れ、万引きGメンが犯人を捕まえる様にポンと肩に手を置かれてしまった。
そしてそのまま私はNARO本部の執務室に連行、ミトラさんが某グラサンっぽく眼鏡を光らせていたので私は何かを言われる前にマッハで土下座をした。
逃げちゃ駄目だ。逃げようとも考えたら駄目だ。
世間一般では鬼長官と呼ばれているミトラさんは実際部下想いな理想の上司だ。
ただしそれはあくまでも真面目な部下に対してであり、規律を乱した人間にはものすごくえげつない判断を下す。
NAROの人間だって人間なので時には不祥事もある。一応トレンタさんみたいな誰かを助けるための悪事は大目に見てくれるけど、流石に私に関しては何から何まで弁明しようがない。
「土下座などパフォーマンスです。その様なものに価値はありません」
「ハヒィー! ザーセーン!」
「まったく、これは由々しき問題ですよ」
「ハヒィー! ザーセーン!」
ミトラさんの冷たい声によって体感気温が猛烈な勢いで下がっていく。うぅ、私の人生ここで終わるのかなあ。
「再編した八番隊の協力者を集めるために活動していたというのに、届け出を出していなかったとは。これでは給料も払われない上に怠業していたと扱われます」
「ハヒィー! ザー……せーん?」
だけどミトラさんが告げた言葉は思いもよらない言葉だった。
確かに私は隊長に任命されたけどもちろんそんな事はしていない。一体彼女は何を言っているんだろうか。
「以前もお話したかもしれませんがNAROには民間の協力者もいます。もちろん一定の信用スコアが必要ですが、協力者との交渉も公務の一つです。なのでこうしてあなたが提出し忘れた届け出に私が判子を押せば何も問題ないわけです」
呆れた様子のミトラさんはポン、と書類に判子を押した。よくわからないけど私は助かったって事でいいのかな。
「ただしNAROに限った事ではないですが、血税で働いている公務員が仕事を飛ぶなど言語道断です。次はないですからね?」
「ハヒィー!? ザーゼェェェエエン!?」
けれど最後にミトラさんはそれはそれは恐ろしい閻魔の形相でそう言い放ち、舌を引っこ抜かれるのを恐れた私は頭をハンマーの様に振り落として土下座をした。
うん、やっぱりこの人はガチギレさせたら絶対にダメな人だった。
「で、でもいいんですかミトラさん……そのぉ……」
「嘘でも後付けで事実にすれば問題ありません。官僚は皆詭弁と屁理屈と建前を使うものです。私はそうやって上層部を動かし組織を改革してきました」
しかしミトラさんのした行為もまたかなりグレーな事だ。私を護るためとはいえ、こんな事をしてしまえば責任者である彼女も不利益を被ってしまうに違いない。
「新人のあなたは素行に問題がありますが組織にとって必要な人間です。余程の事でもない限りは上司として最初のうちは護ってあげましょう」
「ミトラさぁん……! ありがとうございます!」
ああ、本当にミトラさんは理想の上司にも程がある。あの労働基準法が存在しない世界からやってきたクソ鬼畜眼鏡監督に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ。
「……そんな目をしないでください。私はあなたの事を利用しているだけです。間違っても人間として信頼してはいけませんよ」
「ハヒィー! ザーセーン!」
けれど感涙にむせび泣く私は、ミトラさんの寂しげな瞳の奥に隠れた真意に気付く事は無かった。
私はミトラさんなら別に利用されてもいいかな、と思ってしまう。
そして鳳仙とミトラさんという人生の指針となる人と巡り合えた事で、今後に関わる重要な判断をずっと先送りにしていた私はようやく決意する事が出来たんだ。




