1-28 悪意のない傀儡の暗君
棒消しゲームは簡単に言えばピラミッド型に縦棒を書き、それを横線で好きな数だけ消し最後に残った棒を消した人が勝ちというゲームである。
ルールとしては同じ段なら一度に好きなだけ消せる、ただし異なる段は不可くらいだ。
「うぎゃああ!? また負けたー!」
結論から言うと女王様はシンプルにも程がある棒消しゲームにドはまりした。マルバツゲームと対を為す休み時間に暇潰しにする遊びの代表格だが、必勝法を知ってからは途端に面白くなくなるゲームを。
俺は接待プレイをしていたが途中から偉そうな態度にイラつき、そのやり方でフルボッコにしたわけだがそれが間違いだった。
女王様はそのせいでムキになってしまい、かといってあからさまに手を抜くわけにもいかずちょっと困った状況になったわけだ。
「カムナさん、トモキさんをやっつけて女王様の仇を取ってくださいな」
「御意」
ただもちろん他のメンツは早々に飽き、特にローズマリーは甘ったるいフルーツティーを飲むのに専念して黒騎士カムナに全権を委任した。
いや、確かに戦う展開にはなったけど多分こういうのじゃない。もちろんバイオレンスじゃないとても平和的なバトルだから全然いいんだけどなんかこれは違う気がする。
「先攻で頼む。それくらいのハンデは良いだろう」
「え、はい」
カムナの戦いぶりを観察していると、彼は必勝法を見抜いていたらしくそれに則ってペンを動かしていた。曲がりなりにも要人の護衛を担当する騎士、知恵は回るという事か。
しかし禍々しい黒騎士が可愛らしいキャラ物の鉛筆を持って棒消しゲームをするのはシュールにも程がある光景だ。律儀に付き合うあたり真面目でいい人っぽいけど。
「あのー、カムナさん。つかぬ事をお伺いしますがあなたは魔族なんですよね、雰囲気的に」
「この世界ではかつて人間と対立したグリードが魔族と呼ばれている。だが基本的に大抵のグリードはアンジョと戦争をした歴史があるのでグリードと魔族は同義と認識して差し支えない。無論私もだ。それがどうした」
「いや、その、魔王とかそれを倒す勇者っていたりします?」
「魔王に近い存在はいる。私が仕えているデルクラウドのタイロン様だ。デルクラウドは魔族領で最も伝統と歴史がありアンジョと共に世界を導き続けた。そのデルクラウドを統べるタイロン様こそがグリードの中では最も権力を持っているお方だろう。だがタイロン様はついこの間貿易について協議をするためアシュラッドを訪れ、話し合いが終わった後に女王陛下とどじょまんを召し上がりながら緑茶を嗜んでいたな」
「あ、そうっスか……」
カムナは威圧感が半端ないので俺はビクビクして仕方がなかったが、その回答を聞いて父親が勇者で死んだというリアンの言葉が噓八百であった事を改めて認識してしまった。なんとなくわかってはいたけどちょっと切ないな。
「終わりだ」
「完敗です」
最後にカムナは首を斬り落とす様に鉛筆で横線を描き俺にとどめを刺した。
ただこの世界には人々を虐げる暴君が存在しないとわかった事はせめてもの救いか。もちろん暴君がいないからといって楽園という訳ではないのだろうけれど。
「流石、常勝無敗の魔族最強の騎士は伊達じゃないですね! はむはむ」
「もったいないお言葉をありがとうございます」
御前試合で無事に勝利をしたカムナをパルミラ女王はバナナをくわえながら褒め称え、俺は彼がおそらくこの世界で最も強い存在であると認識した。
俺も一応剣道の九州大会で優勝はしたもののきっと彼には逆立ちしても勝てないだろうな。俺は実戦経験が一度もないけど、彼はいくつもの修羅場をくぐって数々の屍を築き上げたんだろうし。
「ってあら? フルーツがもうないです。おかわりをいただけますか?」
「申し訳ございません女王様、今城にあるフルーツはもう切らしてしてしまって……しばらくすればすぐに届くのですが」
「ええ! そんなぁ~! 確かに最近たくさん食べましたけどなんでです!? いつでも食べられるように多めに買ってくださいよ!」
「女王様も既にご承知の通り天候不順により軒並み農作物が不作で、物流も混乱しアシュラッドまで十分な量の果物が届かないのです。届いてもほとんどが姫様にお出し出来るようなものではなく……誠に申し訳ございません」
ただ勝利に満足して一休みしようとした時、その辺にいた神妙な面持ちのメイドからそう告げられパルミラは大好物が無くなったと知りひどく絶望した。幸いにしてこの時点で処断とかそういうのはないようだけど。
「そういえばこの前の話し合いで誰かがそんな事を言っていたような気がしますね。十倍の値段で買うと伝えても駄目ですか?」
「お言葉ですが女王様。可能かもしれませんがアシュラッドは他にすべき事があるでしょう。そのお金を苦しんでいる民にはもちろん、寸断された道や農地の復興に回した方が建設的です。長い目で見ればそうする事によって大好きなフルーツも好きなだけ食べられます。女王様は少しの間お待ちすればいいだけです」
パルミラ女王は思い付きでそう提案するがローズマリーに諫められる。それは至極真っ当な意見だったが彼女はむう、と不機嫌そうになってしまった。
「私は今すぐにでもフルーツが食べたいんです! でも確かに復興も大事ですね。そうしないとフルーツが食べられませんし……けどお金はどうしましょう」
けれど無能な彼女はいくら考えてもアイデアが湧いてくるわけもない。しかも今こうしている間にも人々が命の危機に瀕しているというのに彼女はフルーツの事だけしか考えていなかったのだ。
「ご歓談中のところ申し訳ございませんが、それに関して私に策があります」
「クライ?」
そこに先ほど出会ったクライが姿を見せ話に割り込んでくる。頭脳明晰そうな彼は諸葛孔明の様な妙案を出すのだろうか、あるいは……。
「道や畑を元に戻す復興事業に関しては労働訓練という形を取れば費用も安く済みます。それでも足りなければ水の料金を上げ、噴水広場のパフォーマンスも被災者の心情に配慮し自粛せよと当面の間休止しましょう。復興のための増税と言えば喜んで民草は受け入れるはずです」
「流石クライ、素晴らしい案です! そうすればフルーツもすぐに食べられるようになりますし一石二鳥ですね! では早速そのように取り計らってください!」
「女王陛下の仰せのままに」
(うわあ……)
女王はクライの出した案に大喜びで賛同したが、要するにグリードを奴隷としてタダ働きさせさらに税金を巻き上げるというわけである。そして自分は煌びやかな豪邸で彼らの血と涙で出来たフルーツをバクバク貪り食らうと。
だがそこに悪意はない。彼女はただ民が国に対して奉仕する事が当たり前の事だと考え、パンがなければケーキを食べればいいと考えた人間の様にどうしようもなく無理解なだけなのだから。
厳密にはあの言葉は創作だけど目の前の人間は正真正銘のクズだった。しかも悪意がないので余計にタチが悪い。
「チッ」
聞こえない様に舌打ちをしたザキラを含め、お茶会に参加していたメンツもまた一瞬何かを言いたそうにしていたがその決断を受け入れる。もうこの暗君には何を言っても無駄だろうと諦めているんだろうな。
「ああ、それとトモキ様。お部屋の準備が出来ましたので部下がご案内します」
「あ、はい」
「むむー、お茶会もこれで終わりですか、楽しかったのに残念です。でもやっぱり今すぐフルーツが食べたいですね。後でホテルに行って王族の力を使いましょうか」
クライはそう促しお茶会は中断されてしまった。ただ個人的にはもうこんな奴とは一緒の空間にいたくなかったのでその点に関しては少しだけ助かったかな。
さて、回り道をしてしまったが適当な所で逃げるか。城から脱出出来そうなチャンスがあればいいんだけどなあ。




