2-156 社会的に抹殺された久遠瑞鳳監督にまつわる裏事情
私はもうする必要のなくなったNAROの仕事を飛び、禍悪巣亭に缶詰めになって不眠不休で絵を描き続ける。
オタグッズが満載の部屋には大量の没デザインが描かれた紙が捨てられ、私は真っ赤なエナジードリンクでドーピングをした。きっとしばらくしたらそのまま同じ色の血尿が出るに違いない。
ミトラさんには不義理をして申し訳ないけど、私は元々イルマを助けてアニメ制作をするためにNAROに潜入した。
正直あのパワハラ鬼畜鳳仙よりも理想の上司であるミトラさんの所で働いていた方がずっと幸せになれる気もするけど、それでも私は自分で選んだこの道を選びたかったから。
「ヒカリ、あまり無理をしないでね」
「ありがとう、お母さん。けど今が人生で一番無理をする時だから」
お母さんは受験勉強の時にそうした様に夜食の豚骨ラーメンを持ってきてくれた。棒タイプのインスタントラーメンってなんでこんなに美味しいんだろう。
「よく鳳仙さんのしごきに耐えられるわね」
「私は言うても根性だけはあるから。お母さんも久遠瑞鳳ってちょっとアレな監督さんの下で働いてたんだよね」
「ええ、まあ。ちょっと……いやかなり……うん、ストイックだったけどね?」
お母さんはあまり他人様の事を悪く言わないけど、そんなお母さんでも久遠瑞鳳に関してはかなり言い淀んでしまい、私はそのリアクションで大体どういう人物なのか察してしまった。
「やっぱりそういう人だったの? やらかして社会的に抹殺されたらしいけど、作品が問題視されていたっていうのもあったんだよね」
「そうね、全部が真実じゃないけど全くの嘘ってわけでもないわ。久遠監督は一切の甘えも妥協も許さない人だったから」
久遠瑞鳳はパワハラやセクハラを告発されて表舞台を去ったけれど、少なくともパワハラに関しては真実だった様だ。
アニメ制作会社はブラックなイメージがあるけど、今の時代ではそういうやり方は受け入れられないだろう。
「あの頃はいろんな所でサブカルチャーが弾圧されていたの。特に久遠監督は影響力が強くて、最高傑作である『夢の彼方』もその内容のせいでいろんな人から危険視されていたの」
私は前に聞いた話を改めて確認し久遠瑞鳳の偉大さを改めて理解した。逆に言えば政府から目を付けられるくらい凄い人だったとも言えるのだろう。
「それに告発した人の事も知っているけど、パワハラ気質の久遠監督とは仲が悪くて冤罪だったんじゃ、って声はあったわね」
もしも久遠瑞鳳が鳳仙と同じ様なタイプならついていけなくなるのも当然かもしれない。確かに冤罪はあってはならないけどパワハラで自殺をする人だっているし、追い詰められた人が復讐しようと考えてもある程度は仕方がない事なのかもしれない。
「あの事件や京都への核ミサイル攻撃をきっかけに鳳凰堂エンタテインメントは急速に衰退して、生き残るために政府の意向に沿った作品を作る様になったの」
「ドロドロした闇しか感じられないね……」
どうやら久遠監督の事件は根深い問題が背景に存在していたらしい。だけどサブカルテロを行う私達はこれからそうしたものと戦わなければいけないのだろう。
何も気にせずに好きなものを好きだと言って、作りたいものを作る事はそんなに罪深い事なのだろうか。
「……………」
けれどその葛藤は私の創作意欲を刺激した。光だけではなく闇を受け入れる事は、イラストや全てのサブカルチャーにも当てはまるはずだ。
何か掴めそうだけどまだ掴めない。
だけどもう少し、あともう少しで掴めそうなのに、何が正解なのかわからない。
「よぉし!」
ならば正解が出るまで試行錯誤すればいい。夜食のラーメンを吸い込んだ私はひたすら絵を描き続けその中から正解を探す選択をした。
「ふふ、頑張って」
お母さんは空っぽになった丼を持って部屋から出て行く。もう受験の時みたいに悲しませたくない。鬼畜眼鏡の鳳仙に文句を言わせないくらい最高のキャラデザを作ってやるんだから。




