2-153 VS原種ワニュウドウ
変異ゾンビとなった校長先生の見た目は通称真実の口と呼ばれる古代ローマのマンホールの蓋に似ており、あるいは魂を奪い去る車輪の妖怪の様だった。
後に原種ワニュウドウと名付けられるゾンビは円形の身体を転がし、味方であるはずの泥人形を潰しながら襲い掛かって来る。
校長先生は車を暴走させて無差別殺人を行ったらしいけど、この変異ゾンビは凶行を再現しているのだろうか。
「ひゃー!」
「無茶苦茶するね……!」
ニアちゃんとイルマは銃を撃って応戦するけど、石の円盤っぽい見た目のワニュウドウは防御力が高く銃弾は意味をなさなかった。加えて移動速度も速いし厄介な相手だ。
「えいゆうのわたしをみくだすなあぁ!」
「ひゃ!?」
「ヒカリ!」
戦場を動き回って撹乱しながら私の近くに移動したワニュウドウは大きな体で押し潰し攻撃を仕掛ける。ノミコちゃんが影の手で受け止めてくれなければ私はぺちゃんこになっていたはずだ。
「せいッ!」
「これなら!」
そして彼女が押し返し、ワニュウドウが怯んだ隙にイルマはスナイパーライフルで急所である右目を撃ち抜いた。
「きさまあああぁあ!」
この攻撃は効いたのかワニュウドウは激しく暴れ無差別に攻撃を繰り出した。だけど対処法はわかった、これならば!
「ノミコちゃん、ここは共同作業だよ!」
「おっけ!」
接近したワニュウドウは再び押し潰そうとしたけど、学習した私はワニュウドウの身体を掴み怪力で持ち上げる!
「ウララララー!」
ノミコちゃんの力を借りた私は円盤投げの要領で投げ飛ばし、強い衝撃で岩にぶつかったワニュウドウはパキッと割れてしまう。
「わたしはひとごろしではない、えいゆうだ……そんなめでみるな、わたしは、わたしはぁあ、にほんのためにたたかったのにぃいい、なぜぇえ……」
やがてワニュウドウは悲痛な叫び声と共に泥へと戻っていき、最期に掠れた声で呻いた。
「ちがう……わたしはひとごろしだ……わたしがころしたのは……にん、げ……」
校長先生がこうなった理由を知っていたせいで切ない気持ちになってしまったけれど、これはただの擬態だし勝利には違いない。
「およ」
ワニュウドウを撃破すると他のゾンビも肉体が崩壊、泥に戻って消滅していき、まだ戦い続けるつもりだったニアちゃんはポカンとしてしまう。
なるほど、コマンダーゾンビを倒せば一気に敵が全滅するのか……学校ではこんな事は習わなかったけど、今後も泥人形と戦う時があれば覚えておこう。
それにしても学校で習ったゾンビにまつわる知識が全然役に立たない。まるで別の怪物と戦っている様だけど、やっぱりどんどん進化しているのかな。
「ばあちゃん? ばあちゃん!」
「豊作さん?」
ワニュウドウを撃破した後、一応敵がいないか確認していると豊作さんが何やら慌ててしまう。
襲撃に警戒しながら彼に近付くと、おばあさんは地面に横たわりピクリとも動かなくなっていた。
「どうしたんですか!?」
「わからない、突然動かなくなって……!」
「そんな!」
おばあさんは苦しそうに顔を歪めて胸を抑えていた。年齢も年齢だし、急激な環境の変化で心臓に負担がかかってしまったのかもしれない。
「クッ!」
私はすぐに心臓マッサージと人工呼吸を行った。とにかくこういう時は心臓が止まらないようにしなければならない。四の五の言わずに助けるために行動しなければ!
「あんた、」
「イルマ」
イルマは何かを言おうとしたけどニアに止められる。今は状況が状況だし、おばあさんもどの道こうなる運命だったのかもしれないし、彼女じゃなくても見捨てる様に促すだろう。
「ヒカリ、その人を助けたいの?」
「そうだよ! 当たり前じゃん!」
きっと寂しそうなノミコちゃんもそう思っているはずだ。
だけど私は諦めたくなかった。
おばあさんをこんな暗くて寂しい場所で死なせたくなかった。
たとえ無意味だとしても、私は最後の瞬間まで抗ってやる!
「そっか。じゃあこれを使いな」
「え?」
私の覚悟を受け入れたノミコちゃんは鉄兵ゾンビが落とした黄色い結晶を手渡した。
黄色い結晶に手を触れるとバチッと電流が流れた事から、この結晶は帯電しているらしい。
もしかしてこれを使えば! 私はある事を思いつきおばあさんの胸元に結晶を置いた。
「っ!」
――そしてその時、電流と共に誰かの記憶が頭の中に流れ込む。
……………。
その少年の親は時代に染まっており、子供に優秀な兵士になる様に力強い名前を付けた。
医者をしていた父親は典型的な悪い九州男児の見本であり、いつも威張り散らかし横柄な態度を取っていた。
父親が人工知能革命で職を失ってから家庭はさらに荒んでしまう。
父親は復興支援に行く事を拒み、自らが背負うはずだった責務を全て息子に押し付け軍事系の学校に進む様に強制したのだ。
息子は息苦しい家を出て泣きじゃくっていた。
けれど彼に一人の老婆が優しく声をかけ、少年の心に暖かなものが広がる。
こんな自分に一人でも優しくしてくれる人がいるのならば、命を懸けて戦う価値はある。
それにあの窮屈な家を抜け出せるのならば何も躊躇う事は無いのだと。
……………。
名もなき兵士の記憶の再生が終了すると同時に、電流が流れおばあさんの身体がはねた。
強い電気を発生させた結晶は砕け散り、死の淵にいたはずのおばあさんは眠たそうに眼を開けたんだ。
「んー? もう朝かのう」
「ばあちゃん!」
おばあさんはのんきな事を言って、豊作さんは力強く愛する家族を抱きしめた。
それは誰かが命と引き換えに起こした奇跡のように思えた。結晶の光は少年の姿になり、微かに微笑んで消滅していく。
「え、今の何でござるか?」
「さあ。ヒカリはわかるの?」
「ううん、わかんない。わかんないけど……良かったよ」
ニアとイルマは怪奇現象に恐れおののくけど、私はただただ幸せな気持ちになり静かに涙を流してしまった。
……ありがとね、鉄兵。




