1-26 腹黒そうな大臣、クライヨシオ
快楽が過ぎ去り、そしてこの世界の支配者の本拠地でもあるアシュラッド城に足を踏み入れた頃には俺はすっかり冷静になってしまい、じんわりと痛みと恐怖心を感じる様になってしまう。
「ではお気をつけて、トモキさん!」
「は、はい、モリンさんもありがとうございます」
なおこの城は一般開放されているタイプの城ではないので行商人のモリンさんとはここでお別れだ。むしろ一般開放されている現役の城のほうが珍しいけど。
無事に送り届けるという役目を果たし嬉しそうな彼女はずっと手を振ってくれていたが、金属製の重厚な扉はすぐにミシミシと音を立てながら巨大な歯車によって内側に引き寄せられ、大きな音を立てて固く閉ざされ彼女の姿は見えなくなってしまった。
城の事にはさほど詳しくないが、外観も内装も中世ヨーロッパの物とは明らかに異なる。
床に敷き詰められた白亜の大理石や黄金の調度品は光り輝き豪華絢爛という言葉が相応しいが、モザイクタイルもあるしやはり中東や砂漠の宮殿っぽい雰囲気があるな。床に敷かれているのはペルシャ絨毯っぽいけどいくらくらいするのだろう。
しかしいくら美しくてもここはくどい様だがこの世界の支配者の本拠地。神様扱いしてくれるマレビトとはいえ粗相があれば首ちょんぱされてしまうかもしれない。
第一本当に異端分子である異世界人を神様扱いしてくれるのか正直なところ半信半疑だったからな。
城はかなり警備が厳重で至る所に重武装をした兵士が立っており、ケペシュだかシックルソードとかそんな感じの名前の鎌にも似た独特の形状の剣を持っていた。随分と扱いにくそうだがよくこんなのを正式装備にしたものだ
ただ俺は別に観光をしているわけではない。俺が周囲を観察しているのはいざという時に逃げられる様に逃走経路を確認しているためだ。
訂正しよう、半信半疑と言ったが今の所九割くらいは警戒している。
進軍を阻む曲がりくねった道や高所から一方的に攻撃出来るエリアなど、全体的にこの城は至る所に戦う事を想定した仕掛けがたくさんあり、そういう意味でも現役バリバリである事は一目瞭然だった。
それはつまり戦う相手が今なお明確に存在するという事である。
その相手がグリードなのか、はたまたは反乱分子なのか、もしくはマレビトや転生者なのかはわからないが――少なくとも俺はどこか殺気立っている兵士の様子から察するにあまり歓迎されていないらしい。
(ピリピリしてるってレベルじゃねぇな。こりゃ適当な所で逃げたほうがいいかもなあ)
極めて不愉快な気分になりながらも俺は謁見の間に向かう大きな扉の前――ではなくその手前くらいで回れ右をしてしまう。
まさかこのまま牢屋に直行じゃ、と怯えながら廊下を歩いていると豪華な扉がある部屋に通された。まったくひやひやさせないで欲しい。
「クライ様、マレビト様をお連れしました」
「ご苦労」
部屋には貴族っぽい身なりの良さから大臣的な人であろう方が控えており、こちらは日本人っぽい顔立ちをしていて年齢は四十台前後と国の中枢にいるにはやや若い様に思える。
だが彼からは得体の知れない何かを感じ黒幕オーラがギンギンに漂っていた。悪そうな笑みを浮かべているしもしもこいつがクーデターを起こしても別に驚かないだろう。
「お初にお目にかかります、マレビト様。私はアシュラッド王国で大臣を務めておりますクライヨシオと申します」
「クライヨシオ?」
「ああ、名前についてはお気になさらず。この世界ではアンジョの方によく似た名前はさほど珍しくありません」
立ち上がって丁寧に挨拶をしたクライの名前は日本っぽい、というかまんま日本な名前だったので俺は少し面食らってしまったが説明を聞いて納得した。多分だがこの人は日本人をルーツに持つ人なのだろう。
「長旅お疲れ様です、マレビト様。私共はマレビトである智樹様を手厚く保護しますのでどうか用意した部屋でお寛ぎくださいませ」
「伝える事はそれだけですか? もっとこう、今後の生活の事とか」
「もちろん後ほどお伝えしますとも。ただ何分急な話だったもので受け入れ態勢が出来ていないのです。こちらの不手際でお手を煩わせてしまい申し訳ありません」
「はあ、そうですか」
ただ日系人だとしても安心する事は無かった。俺はクライと会話をした際彼の目が一切笑っていなかった事にすぐに気が付いたからだ。
なんか適当にはぐらかされているし、どう考えてもちやほやされてチートやハーレムは期待出来ないな。
こらあかん。うん逃げよう。すぐ逃げよう。薬が調達出来なかったのは痛いけど別口で急いで入手するか。後は程々の所でアシュラッドを脱出するとして、リアンについてはどうすべきか……。
「マレビト様はこちらですか!?」
「おおう」
しかし考えを巡らせているとその思考は元気な少女の声に邪魔されてしまう。
その褐色肌の少女は黄金に輝く水晶の冠やシルクのドレスを身にまとっており、こちらもそれなりに高貴な身分である事は容易に想像出来た。
「パルミラ様、仮にもアシュラッドの女王ならばもう少しそれに相応しい振る舞いをしてください」
「よいではないですか! 私はずっと城に引きこもってばかりで暇なんです! そこに玩具が現れたのなら遊ばない理由はないです!」
「玩具……まさか弄ぶ様に拷問をヒイイ!?」
「そんな怖い事はしませんよ!?」
突如として現れたパルミラ女王は良からぬ想像をした俺に対してぷんすかと怒る。
そのお転婆で子供っぽい様からは威厳はまるで感じられず、むしろクライのほうが王と言われても納得してしまう。実際背も小さいし現実世界なら中学生程度の年齢なのだろう。
うーん、特殊能力の嗅覚で察知してもこれといって問題はない。この女王様はそこまで警戒しなくても問題なさそうだ。
「というわけでクライ、マレビト様をお借りしますね!」
「女王様がそれをお望みならば」
こういうことが初めてではないのかクライは諦めた様に突き放した。でも体よくこの場所から逃げられるのならこの展開も別にありかな。
「あのー、俺の意見は」
「ここでは私が最高権力者で法律です! 私が遊びたいと言ったらあなたは全力で私を楽しませなければいけません!」
「えー」
ただ女王様に悪意はなさそうだが随分とわがままで強引なお方だった。他所の世界の事だけどこんな人が国のトップで果たして大丈夫なのだろうか?
うーん、まあ問題があったとしても所詮他人事だしどうでもいいか。情報を聞き出しつつ適当に相手をして脱出の機会を伺おう。




