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ゆめのおちかた~終わりに向かう二つの世界、小説家とアニメーターを目指す何者かになりたい若者と、夢破れたTSダメ親父が紡ぐ英雄のいない物語~  作者: 高山路麒
第一章 終わりに向かう二つの世界【第一部1】

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23/201

1-22 ナカサンダイ地区の闇市

 愛理と酷似したリアンという少女に連れられ、俺は暗い路地から開けた光の当たる世界へと再び足を踏み入れた。


「おお」


 俺はそこに広がっていた光景を見て思わず感嘆の声を漏らす。このエリアも市街地同様文明の名残が数多く見受けられ、やはり劣化は進んでいたが――清らかな川の周囲に屋台が密集する闇市の様なその場所は多くの人で賑わい活気で満ちていたのだ。


 建築基準法という概念がない手作り感あふれる増築された建物は、どれも最初に来た場所よりもボロっちいはずなのに生活している人はずっと生き生きとしている。


 マミル族の男性はリヤカーを引っ張って、威勢のいい掛け声とともにガラクタの様な魔改造されたレトロ家電を売り歩く。


 オープンテラスというには品のない青空居酒屋は大盛況で、肉体労働者らしきオークっぽい人は得体の知れない残飯シチューの様な料理を美味しそうに食べ、向かいの席で豚骨ラーメンっぽい食べ物を豪快にすするぽっちゃりエルフっぽい女性とガハハ、と談笑していた。


 桃色ブタでつぶらな瞳のオークは醜さの欠片もない愛らしい見た目で、なんだかむしろエルフのほうがオークっぽいな。


 あちらの子供たちは捨てられていたであろうマンガ雑誌を回し読みし食い入るように眺めていた。


 表紙には水着同然の露出の多い女性のイラストが描かれており、雰囲気的には大人向けの雑誌で前の世界ならNAROがすっ飛んでくる様な代物だったが、グロエロ上等で低俗な作品でも貧しい彼らに生きる希望を与えるのならばそれはどんな高尚な文学作品よりも価値があるものに違いない。


「どうです、私が住んでいるナカサンダイ地区です。素敵な場所でしょう?」

「ああ、まったくだ。街も人も生きてやがる。美味そうなもんばかりで最高にも程があるよ」

「え? いや、これはどちらかといえば皮肉で言ったんですけど。屋台の料理もとてもアンジョさんに出せるようなものは何一つありませんし」


 地元民のリアンはまさか褒められるとは思っていなかったのか俺の賛辞に困惑してしまう。確かに家も屋台もオンボロでお世辞にも生活水準が高そうには見えないし、ここで生きている人間からすれば妥当な評価だろう。


「何言ってるんだ。確かに見た感じ貧乏人ばかりだがここには自由があって窮屈さのかけらもない。いくら物質的に豊かで好きなモンが食えてもそれを美味いって思える心が無きゃ何の意味もないんだ」

「はあ、そういうものなのですか」


 俺はありのままの本心を述べるが、リアンはこの素晴らしさがわからずしっくり来ていなかった様だ。


 ただ俺は現実世界でこんなにも幸せな光景を見た事は無い。運命が最初から決められ、常に戦争の恐怖におびえ、信用スコアを下げない様に細心の注意を払いながら生活し、死を当たり前のものとして喜んで受け入れる。


 多くの人はどれだけ豊かでもそんな世界で生きたいとは思わないだろう。


 もしも現実世界の連中がこの光景を見ればカルチャーショックを受けて、戦争の馬鹿馬鹿しさに気付き世界は平和になるかもしれない。それほどまでにこの景色は衝撃的なものだったのだ。


「確かにごはんとかは美味しいですけどね、見栄えは悪いですけど。豚骨ラーメンは平気な方ですか?」

「普通に食べるけど……ここって中東っぽいのに豚骨ラーメンがあるんだな」


 俺はもう一つ少し気になった点を指摘した。言うまでもなく中東はイスラム圏なので豚肉や酒、露出の多い服装はNGだが、ここの人は普通に全てを網羅していた。


 もちろんここは中東っぽいのであって中東ではないし、そもそもイスラム教も存在していないだろう。もっと言えばイスラム教が普及する以前は露出の多い服装の人もいたし。


「確かにトール教会にとってブタは神聖なものなので昔は食べてはいけなかったそうですが、時代の流れで今はそこまで厳格ではなくなりましたね」

「ほーん、ブタが神聖な生き物ねぇ。向こうじゃ悪徳とか堕落の象徴だったのに出世したものだ」

「ブタさんは乗り物になったり畑を耕したり、出したものは肥料になりますし私たちの生活には欠かせないパートナーですからね。だからじゃないでしょうか。なのでこの世界で食べられる大体の豚肉は人には懐かない野生の羽根がないブタさんか、病気で死んだり歳をとって働けなくなったブタさんのものです」


 リアンいわくこの世界のブタさんは日本における牛的な位置付けの様だ。明治くらいに食肉文化が輸入された時も牛肉を食べる事はそんな感じの理由で敬遠されていたらしいけど。


 でも理由は違えど中東によく似た場所で豚肉が忌避されているというのは不思議なものだ。


「もちろん今でも戒律を護っている方もいらっしゃるので表側のお店ではちゃんとわかりやすく表示していますが、ナカサンダイ地区にいる方でそんな信心深い人はいないでしょうね。禁制品のウルトの蜜を使ったものも売ってますし。あの綿あめとかそうですね」

「ウルトの蜜か。随分と甘いニオイだな」


 ここに来る際モリンさんからウルトにまつわるものがアシュラッドでは禁制品と教えてもらったが、どうやらウルトの蜜はこの世界において砂糖やメープルシロップに相当する食材の様であり、ほのかに花の香りがする甘さが心地よかった。


 でもどうして砂糖が宗教的に駄目なのだろう。一応現実世界でも砂糖がNGっていう宗教は結構あるけど、贅沢品って事で禁止になったのかな。


「何か食べていきますか? 今言った豚骨ラーメンとか美味しいですけど」

「といっても今俺持ち合わせがないんだよ。ヨカバイは流石に仕えないし」


 俺はカードケースからカエルと雲仙ツツジを合体させたマスコットキャラクターが描かれたヨカバイを取り出す。


 九州民なら誰でも持っている交通系ICカードのヨカバイはローマ字で表記すればYOKABUYとなり、方言のよかばいと買うを意味するBUYを組み合わせたもので、それなりの金額がチャージされているが流石にこの世界では使えないだろう。


 そもそも俺はこの世界のお金をまだ一度も見ていなければ通貨単位も知らないし。


「えと、使えますよ? というか……多分それなら家や車くらいなら買えると思います」

「え、マジで」


 しかしギョッとしたリアンからそう指摘されて俺は困惑した。九州以外の知名度は皆無なのにまさか異世界でも使えるとは。ヨカバイ恐るべし。


 屋台を観察していると客は皆カードの様なもので支払いをしている様だ。現実世界の現金崇拝主義でキャッシュレス後進国の日本はここ最近ようやく受け入れられたのに、まさか異世界のほうが普及しているとは。


「でも通貨単位が多分違うと思うけどその辺は? っていうかよく見る金貨が入った袋とかないの? 銀貨でもいいけど」

「この世界ではお金のエネルギー、ええと魔力みたいなものが通貨になっているので、貨幣はあるにはありますがかさ張りますし基本的に大体の方はあちらのカードを使いますね。金も銀もどこにでもあるという程ではないですが、魔力の量にこだわらなければ割とその辺で拾えますしそれ自体にあまりお金としての価値は……とにかくお金なら何でもいいのでそのカードでも問題ないですよ」

「ほへー。便利やのう。国際情勢で為替レートが暴落して大損とかしなくて済むのか」


 ところ変われば品変わる、この世界では金銀はタダ同然で手に入るものらしい。


 向こうの世界に持っていけばぼろ儲け出来そうだが、出来ないし出来たとしてもあの世界に戻る理由もないので気にしないでおこう。帰ったら速攻で強制的に戦地に送られるのが目に見えているし。


「でも服装もそうですし、そのカードを持っているって事はトモキさんはマレビトさんですよね」

「ありゃ、まあそりゃすぐにわかるか」


 会話の流れからリアンは俺がマレビトである事を見抜いていた様だが、彼女は神様扱いしてくれたモリンさんと違い恐れおののく事は無かった。


 マレビトに対する扱いは人それぞれという事なのだろう。ただ愛理の姿をした彼女にそんな事をされるのも嫌だしむしろそちらの方がこっちとしては嬉しいかな。


「なんか保護するとか言ってたのに迎えに来るのが遅くてさ。ここに連れてきてくれた人はアンジョ狙いの盗賊のせいかもって言ってたけど」

「ブゴォ!?」

「ブゴォ?」

「いえ、そこのトビブタの鳴き声です!」

「ぷひ?」


 俺がいきさつを話すとリアンは何故か盛大に噴き出してしまったが、それは勘違いでブタさんがブヒブヒしていただけの様だ。でも改めて見るとなかなかつぶらなおめめでチャーミングである。


「で、でもすぐに迎えが来なくて良かったです。こうしてトモキさんと出会えたわけですから」

「ああ、全くだよ。盗人に感謝しないとな」


 俺からすれば憲兵の手を煩わせた盗賊には感謝しかないが、こうして散策出来る時間は限られているだろう。


 今のうちにリアンやこの世界の事を知るために、可能な限りナカサンダイ地区を街ブラしないとな。

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