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ゆめのおちかた~終わりに向かう二つの世界、小説家とアニメーターを目指す何者かになりたい若者と、夢破れたTSダメ親父が紡ぐ英雄のいない物語~  作者: 高山路麒
第二章 暗き世界で光輝く太陽【第一部2】

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2-92 クイズ大会、もといポリコレ研修の総括

「さて、この三つの例題でお分かりの通り、正解と思えるポリコレでも必ずと言っていい程批判の声が巻き起こります。元も子もない言い方になりますが、ポリコレとは何なのか、多様性とは何なのか……実の所誰一人として正確に把握していません」


 荒木長官は全てをひっくり返すような事を言って私はポカンとしてしまう。いや、なら今しんどい思いをしたのは一体何のためだったのよ。


「アフリカや南米地域では難民として移住した欧米の方々とトラブルになっています。その理由は多種多様ですが、その中の一つに理想とするポリコレや多様性の強要というものがあります」


 少し前の時代、ポリコレ疲れなんて言葉もあった様に多くの人がその風潮に嫌気がさしていた。だけどそこに別の物が混ざった場合、それは単なる表現の対立では済まなくなるのだろう。


「しかしそれは欧米の価値観を基準としたものであり、植民地時代の様に再び自分たちの文化を破壊しようとしていると強い反発を招いています。反発はより主張を過激化させ、ポリコレテロと呼ばれる様な事案も頻発する様になりました」


 ポリコレテロ――それは最近になってよく聞くワードだ。本来ポリコレは全ての人が幸せに暮らせるように考えられたものだけど、今は本来の趣旨とはかけ離れたものになりつつある。


 特に元々様々な理由で対立していた国々にとって、それらの国からポリコレを強要される事は激しい怒りの感情を抱かせるものなのだ。


「NAROの活動の根拠となるアニマ法は人権侵害や差別、公序良俗に反するものや暴力的な表現を規制し罰則を設けるものです」


 アニマ法――直訳すると魂の法律だけど、考えれば恐ろしい名称だ。何故ならばこの法律は決して裁く事が出来ない、人の魂や心を取り締まる法律なのだから。


「ですが何が人権侵害なのか、差別なのか、公序良俗に反するのか、暴力的なのかを明確に定義する事は極めて困難です。この法律は一見素晴らしいように思えますが、非常に定義があいまいで如何様にも解釈出来、新たな差別を生み出す危険性を孕んでいます」


 新たな差別か。それはきっと殺されそうになった掘門俱楽部の人も含まれるのかもしれない。確かに彼女達は法を犯したけれど、それは命をもって償うものではなかったはずだ。


「露出の多い服を着ているという理由で殺され、同性愛者だという理由で殺され、性犯罪から護るという理由で外国人が殺され、風俗で働いているという理由で殺され……昨今では曲解されたポリコレによる名誉殺人も一定の支持を受け、ポリコレを批判する人間に対する暴力的な報復も正当化されつつあります」


 ポリコレや多様性を護る為に作られたアニマ法は本来そうした人を護る為のものだったのに、逆に都合よく解釈されて差別を正当化し、同時に政府を批判する人間を弾圧するために利用されてしまったのだ。


「かつて我々NAROはポリコレや多様性への配慮等、表現の規制のみを行っていました。しかしグローバル化が進み価値観が多様化した今、万人に受け入れられる表現は存在しません」


 今ならわかる。不合格になったと思っていたけど、思想テストで私が書いた答えは今のNAROの方針に合致するものだったのだろう。


「世界は目まぐるしく変わっています。十年後、いや一年後にはあなた方が学んだ事や培ってきた常識は何の意味もなくなる可能性もあります」


 だけどその答えも疑わなければならないはずだ。妄信した正義は時として暴力となるのだ。それを私は、いや今の時代に生きる人間は誰もが実体験としてよく知っているだろう。


「サブカルチャーは価値観を作り、価値観は言葉を作り、言葉は行動を作ります。今の世界は極めて危ういバランスで成り立っており、我々の発言や行動一つで差別や偏見や対立が生まれ、深刻な問題を引き起こすリスクは格段に高まっています」


 私がNAROにいるのはあくまでもスパイミッションのためだけど、私の行動一つで誰かの命が失われるかもしれない。私がしたい事はあくまでもアニメ制作だから頃合いを見てやめるつもりだけど、いい加減なことはすべきじゃないだろうな。


「皆様にはその事を理解した上で行動していただければと思います。それでは以上でポリコレ研修は終わります。お疲れ様でした」


 バラエティー番組みたいな研修だったけど、最後の最後で私は絶大な権力というものに恐怖してしまう。こんな組織で上手くやっていけるのかなあ。

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