1-21 愛理によく似た薄幸の少女(?)、リアンとの出会い
愛理らしき人物を追いかけ俺は裏通りを突き進むも、案の定土地勘など全くないのですぐに迷子になってしまった。
「っ」
最初にいた明るい場所とは違いこちらは建物が手入れされていないのか崩落が進んでおり、住人もガラの悪そうな奴が多く俺は即座に目をそらした。
見た目で人を判断するなとはよく言うがハナが利く俺にはわかる。
どいつもこいつも目がバキバキで危険な香りがプンプンしており、何なら目を閉じても誰が目を合わせてはいけない奴なのかすぐに分かってしまった。
俺はこの能力で今まで無事に生き延びてきたのだから、生存本能が懸命に伝えるこの予感は間違いないはずだ。
ホームレスらしきケモ耳男性の老人は死んだように眠っていたが、俺の存在に気付くと即座に鋭い目つきに変わった。
一見年寄りで弱そうだが全身から尋常ならざる血のニオイが漂い、枕元にはすぐに斬りかかれるように錆びついたナタが置かれていたのでこの人は確実に七人ぐらい殺しているプロの人だろう。きっと本職の軍人とも余裕でタメを張れるだろうし俺の感覚では彼が一番ヤバそうだ。
大都市には全てと言っていい程光と影が存在し、スラム街や極端に犯罪が多いエリアがあるがここもまたそういう場所なのだろう。
入口の時点で貧富の格差はまざまざと見せつけられたし、トラブルに巻き込まれない様に最大限の警戒をしないと。
ただここに来た本来の目的は愛理を探す事だ。だが冷静になってあの少女が本当に愛理だったのか次第に疑念を抱くようになってしまう。
仮に愛理だとしてもアシュラッドはこの世界で最大の都市だけあってかなり広い。まったくヒントがないというのに見つける事など出来るのだろうか。
(もっと集中するか)
俺は精神を統一して鼻をひくつかせる。原始的かつ若干オカルト染みているが、嗅覚は俺の五感で最も頼りになる感覚だ。
人間は普段生活するうえであまり嗅覚には頼らないが、元々生物が生き残る上で必要不可欠な感覚だ。血のニオイ、敵のニオイ、火薬のニオイ、死のニオイ、そして危険のニオイ……俺はそれらの物を普通の人よりも嫌という程感じてきたのでそうしたものが大体わかるのだ。
今回探るのは希望のニオイだ。希望のニオイってなんぞね、と尋ねられてもこれは物質的なものではなく俺にしかわからない感覚的なものなのでうまく説明出来ないが、生存に必要な道筋を本能で探知している、と言えばまだ少しはわかるだろう。決して愛理ちゃんのニオイがするよぉ~、的なアレではない。
生ゴミやカビ、汗のニオイ等、人体に害をなすレベルに嫌なニオイが多くて苦労したが、感覚を鋭敏にした事で俺はようやく愛理のニオイを補足する。
やはり彼女はすぐ近くにいる様だ。俺はニオイがした場所へと一目散に駆け出した!
「きゃあっ!?」
「ッ!」
その場所に辿り着いた時、前方には先ほどの愛理らしき人物とフードを被った犬耳の少年を目撃した。少年は今まさにカバンを彼女からひったくった所で、こちらに向かって走って来る!
「ぎゃふ!?」
俺は咄嗟に少年に足払いを放つと彼は空中で一回転してカバンを空に放り投げてしまう。追撃をしてもよかったが俺はカバンをキャッチする事を優先し、受け身に失敗して地面を転がった少年は痛みに耐えながらそのまま逃げて行ってしまった。
「ありがとうございます!」
「あ、ああ」
カバンを盗られた少女は笑顔で俺に駆け寄り深々と頭を下げ、俺はようやく間近で彼女の顔を確認する事が出来――息をする事が出来なくなってしまった。
「愛理」
少女の容姿は愛理と瓜二つであり、その穏やかな声も彼女のものと違いが判らない程酷似していたのだ。付き合いの長い俺ならわかる、彼女は現実世界で死んだはずの愛理であると。
「え? いえ、私はリアンですけど」
「そ、そうか」
ただ俺がその名前を呟くと少女は不思議そうな顔をして自らの名前を名乗った。俺はようやくカバンをまだ持っていた事を思い出し、リアンにそれを渡す。
「……………」
カバンを渡す際俺は彼女の左腕に注目すると、そこには明らかに人間のものではない機械仕掛けの腕があった。
生身の肉体に似せて作られる事が多い現実世界とは随分と違うメカニカルなデザインだが、言うまでもなくこれは義手なのだろう。
俺が握っていた愛理の左腕は爆撃により千切れてしまったが、もしも彼女がマレビトとしてこちらの世界に来たのならば同じ様に腕が失われているはずだ。つまりこれは愛理とリアンを結びつける根拠となる特徴だ。
「この腕が気になりますか?」
「あ、いや」
だが凝視していたせいでリアンは少し寂しそうに義手の腕を引っ込める。戦争が日常に存在していた俺たちの世界では義肢の人間はその辺にいたが、向こうの世界同様やはり人によってはこの腕を気にしてしまうだろう。
「あのさ、無理にとは言わないけど……その腕は? いつからなんだい?」
けれど心を土足で踏みにじってでもその理由を知らなければいけない。彼女が本当に愛理と同一人物なのかを確認するために。
「すみません、実は覚えてないんですよ」
「覚えてない?」
「ええ。私は大怪我をして彷徨っていたところをナーゴ族の人に助けられたのですが、昔の記憶がなくて。だからすみません、お答え出来るような事は……」
「そ、そうか」
その答えから確証を得る事は出来なかったが、大いに希望を持たせる証言だった。
もしかしたら愛理は記憶を失いこの世界にマレビトとして迷い込んだのかもしれない――そんな可能性が示されたからだ。
「ひょっとしてあなたは私の事をご存じなのですか? 先ほど私の事をアイリと呼んでいましたが」
「いや、何でもない。ただの人違いだから」
だが記憶を失い転生者としてこの世界に生まれ落ちた可能性もある。
もしそうならば彼女はリアンという人間であり、俺がどこの誰とも知らない愛理であると定義付ける事は彼女の人生を否定する事に他ならない。
あの世界の日々はそんなに楽しいものではなかったし、リアンとして生きるのならば思い出さないままでいたほうが幸せだろう。ここは慎重に言葉を選ばなければ。
「そうですか……もしよければあなたのお名前を教えていただけますか?」
「俺か? 俺は智樹だ」
様々な葛藤を抱きながら俺は要望通り自分の名前を名乗る。リアンはその名前を聞き、自身の胸に手を当てながら切なそうに眼を細めた。
「トモキさん、ですか。なんだかとても懐かしい気持ちになりますね。どうしてでしょう……あなたと会うのは初めてなのに」
「っ」
ああ、間違いない。この優しい眼差しは愛理のものだ。彼女がマレビトなのか転生者なのかはわからないが間違いなく彼女は愛理だ。
そう確信した俺は必死で涙をこらえ、その想いが決して知られない様に心の奥から飛び出そうになるあらゆる言葉を飲み込んだ。
伝えたい想いは山ほどあるが、想い人がこの世界で手に入れた幸せを壊さないためにも今は何もかもを黙っておいた方がいいだろう。
「ですが本当にありがとうございます。その中には父の形見が入っていたので」
「父の形見?」
「はい。かつて英雄だった父が使っていた武器です」
俺が聞き返すとリアンはカバンを開け、中にあった木の棒を取り出した。
なおこれは比喩表現ではなくガチの木の棒である。一応店では売っているがあえて買う必要もなく、タンスとかを漁っている時に入手して取りあえずまほうつかいに持たせるおそらくヒノキで出来た棒である。本家とは異なり小太刀位の長さでまあまあ丈夫そうだけど。
「私の父は魔王の討伐を命じられ仲間を集めるために酒場に向かいましたが、斧を持って半裸にパンイチという変態の様な見た目のせいで誰にも声をかけられませんでした」
「君のお父さんは初期デザインのほうだったのか」
リアンは特に聞いてもいないのに身の上話を始めた。きっと勇者である彼女のお父さんは大泥棒のキャラデザの使い回しだったのだろう。
「父は悲しみのあまり仲間を作っては身ぐるみをはいで装備品を道具屋に売ってお金を工面するという暴挙に出てしまいました。ですが父は酒場の人にもう来るなと出禁にされ、一人で魔王討伐の旅をする事になりました」
「声をかけられなかったのは見た目のせいじゃなかったんじゃないかな。でも最後まで聞こう、続けて」
「ですが父の旅はすぐに終わりました。魔王討伐の旅は一人でするにはあまりにも過酷でした。調子に乗った父は実力が伴わないまま先へと進み、不意打ちからウサギの魔物に魔法で眠らされ、何も出来ずアリクイにフルボッコにされて死んでしまったんです……!」
「そんな……なんて悲しい話なんだァ……ッ!」
俺は大抵の冒険者が一度は経験する、あるいは一昔前のスパムの様な不幸話にひどく嘆き悲しむ。
たとえ最初の試練を突破してもサルにつうこんのいちげきでシメられるかもしれないし、クソ硬い緑のカニにボコられるかもしれないし、宝箱に擬態した魔物にワンパンで沈められるかもしれないし、骸骨にやけつく息を連発されて全滅するかもしれない。一人旅は常に死の危険と隣り合わせなのだ。
冷静に考えればいやんなわけないだろ、と指摘されるかもしれない。けれど恋は盲目とでも言うべきか、俺は愛理に酷似した少女の身の上話をそのまま鵜呑みにして信じてしまったんだ。
「チョロッ」
「ん? チョロ?」
「い、いえ! そこのネズミ君の鳴き声です!」
「ちー?」
リアンは一瞬あくどい顔でほくそ笑み、清純派な彼女からは決して飛び出さない言葉が聞こえた気がしたが、ただ単にデカいネズミが鳴いていただけの様だ。もふもふした奴とよく一緒にいるけどこいつもこの世界の住人なのだろうか。
「そ、そうだ! お礼といってはなんですが私に街を案内させてくれませんか?」
「案内かあ」
リアンは話題を変える様に美人局の様なお誘いをし、俺はどうすべきか一瞬悩んでしまう。一応迎えが来るがどうすべきか。
「ああ、頼むよ」
「はい! それじゃあトモキさん、私のお気に入りの場所を案内しますね!」
だが悩んだのはわずか数秒、俺はすぐにその提案を受け入れた。その晴れやかな笑顔も愛おしい仕草も、全て愛理と同じだったので俺は愛理に誘われていると錯覚してしまったからだ。
合理的な説明をすれば、九割くらい愛理だと信じていたがそれを確かなものにする確証が欲しかったというのもある。なのでこれは決して下心によるものではない。
偉い人からの迎えはこの際後回しでいいだろう。薬も保護してもらえばきっと手に入る。
今は何よりも一度死別したはずの愛理と絆を深め、愛理であって愛理ではないこの世界の彼女を知る事の方が大事だったし。




