2-88 一昔前のクイズ大会……ではなくとてもコンプライアンスに配慮したポリコレ研修。ザリガニや指圧師もいるよ!
私はガチガチに緊張しながらポリコレ研修が行われる大部屋に向かい、どういうわけか最前列の席に案内されてしまった。
合格者は結構いたらしく、他の地区で入隊試験を受け突破した人間と合同で行うらしい。隣に座る人間は全員インテリっぽく、原始人から人間になったばかりの私はひどく場違いだった。
どうしてこうなった。いやホントどうしてこうなったの。
前方には巨大なスクリーンとプロジェクターのセットがあり、職員さんが最終調整をしていた。出来れば機材のトラブルでこのまま中止になって欲しいけどそう上手くはいかないだろうな。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「っ」
そして扉を開けて理知的な一人の女性が現れた時、職員たちは素早く深々とお辞儀をし、周囲の空気は緊張感に包まれてしまった。
「私はNARO長官の荒木美虎と申します。この度は無事に入隊試験に合格した事をまずはお祝い申し上げます」
(荒木美虎……)
彼女の名前は荒木美虎。言わずと知れたNAROの長官で、影の首相と呼ばれているくらい剛腕で知られている。
元々天下りのために作られたNAROがサブカルチャーを規制する事で世論を支配し、日本で自衛隊に次ぐ軍事組織となったのは彼女の手腕によるところが大きいだろう。
非情なまでの決断力で政府に逆らうものを徹底的に粛清し、いつしか彼女は鬼の美虎と呼ばれる様になった。私ももしあの人の前で不始末をしたら消されるんだろうな……。
(あれ?)
しかし改めて彼女を観察していると私は既視感を覚えてしまう。今までも何度かテレビとかで見た事はあったけど、なんとなく雰囲気が鳳仙に似ている様な。
そういえばあいつも荒木って苗字だった気が……いや、ただの気のせいか。あんな奴と彼女が身内とかあるわけがないし。ドSって点では共通点はあるとは思うけど。
「NAROはポリコレと多様性を順守し、誰もが住みやすい社会を作るために発足しました。ですがグローバル化が進む今、ポリコレと多様性の概念は目まぐるしく変化しています。正しいとされた事が間違いとなり、間違いとされた事が正しくなる事も多々ございます」
荒木長官は冷酷な眼差しで私達を睨みつけた。NAROは摘発する人間にも容赦しないけれど、同様に身内にも物凄く厳しい事も知られている。
「各地域の成績優秀者の皆様には実際に起こった事例をもとに、どのような批判的な意見が出たのか解答をしてもらい、的外れな答えをした場合はペナルティを受けてもらいます」
(ペナルティって)
下手をすれば合格が取り消され逮捕される……なんて恐ろしい結果になるかもしれない。ここは慎重に答えないと。
「例のものを」
「はッ!」
「ザリィ!」
荒木長官は部下に指示を出し私達の前に手際よく早押しスイッチを置き、指圧師の人は諸々の道具を乗せたワゴンを運ぶ。
ワゴンに乗っていたアメリカザリガニはハサミをちゃきんちゃきんと動かし、実に悪そうな顔で私に恐怖心を与える。
……ん? アメリカザリガニ?
「解答の際は配布した早押しボタンを押してください。なおペナルティはいずれもコンプライアンスに配慮したものです。衛生的な環境で飼育された感染症の心配がない食用のアメリカザリガニ、健康にとてもいい足つぼマッサージ、健康にとてもいいイワシドリンク、各種様々なものを用意しています」
「いやいや、ええ!? ナニコレ!?」
荒木長官がルールを説明するとどこからともなく軽快な音楽が流れる。それはポリコレ研修というよりもただのクイズ番組の様で思っていたものと大きくかけ離れており、私はこの状況についていけずパニックになってしまった。
「え、えーと」
「ん、ナニコレ……?」
「ほう?」
当然この異常事態に入隊希望者はザワついてしまう。しかし前の方に座った人間は皆何かを察ししたり顔でニヤけてしまった。
(気にしないで。空気読みな。失敗したらしたでおいしくなるし)
(いやでもこれ)
ノミコちゃんはボソッと私に助言をしすぐに気配を消してしまう。おいしくなるって、芸人さんじゃないんだから。
「くっくっく、なるほどそういう事ですか」
「こいつは活きのいいザリガニだ。さて、俺を満足させられるかな?」
「若者よ、この手のものは最初が肝心だ。大喜利なのか、自然におバカ回答をするか、インテリが求められるか……そこを間違えたら寒くなる。何よりご時世に配慮しないといけないし腕の見せ所だな」
「そういうものなんですか。なら勉強させていただきます」
両サイドにはなんだか常連さんっぽい人がちらほら見受けられ謎の期待をされてしまう。この人たちも試験を突破したばかりのはずなのに、なんだか百戦錬磨のバラエティ戦士っぽい雰囲気だ。
なるほど、これはつまりコンプラを護りつつ誰も傷つけない模範的な笑いを取れる表現を学ぶための試験だったのか。
これから始まるのは決して悪ノリでもギャグでもない、新しい時代のコンプライアンスの試験なのだ!
よくわかんないけどまずはこの状況を受け入れよう。そうしないと何も始まらないからね!




