2-85 VS NARO十番隊隊長『烈槍』イスキエルダ・マクミラン
最後の試練として立ちはだかった隊長はローブを脱ぎ捨て、その真の姿を露わにした。
「これより貴女様の魂を審査致します」
褐色の肌と尖った耳はまるでファンタジー作品に出てくるダークエルフの様で、力を鼓舞するかの様に槍を振り回し威圧をする。
「NARO十番隊隊長、イスキエルダ・マクミラン、参りますッ!」
「上等だバカタレーッ!」
名乗りを上げたイスキエルダは素早く間合いを詰め高速の刺突攻撃を繰り出す。私は役に立たないライフルを投げつけ怯ませ、柄を力任せに掴んで動きを封じた。
「ッ!?」
けれどイスキエルダは槍を振り上げ私を空中に放り投げてしまう。
真っ逆さまに落下する私の目の前には同じく空中に浮かんだイスキエルダがいて、私は空中で身をよじって彼女が振るった槍を蹴り返し、一回転してから何とか着地した。
「み、皆さん援護を!」
「は、はい!」
「ああ!」
エマたちは屋上から援護射撃をしてくれたけど、イスキエルダは背を向けたまま槍を回転させ銃弾を全て弾いてしまう。
凄い、漫画みたいだ。NAROの隊長ってこれくらい人外じゃないとなれないのかな。だけど見とれている場合じゃない、今のうちに何でもいいから武器を拾わないと!
銃はないしあっても相性が悪すぎる。槍と相性のいい武器ってなんだっけ。
ええいそんなの知らない、もう何でもいい! 私は迷った末に路上の喧嘩で最強装備である自転車を拾った。
「やめてください、イスキエルダさん! もう十分でしょう!?」
エマはイスキエルダを必死で説得したけれど彼女は一向に耳を貸す事は無かった。私が武器を拾った事を確認した彼女は再び槍の連撃を放ち、自転車をあっという間に鉄くずに変えてしまう。
「くッ!」
私は壊れた自転車を力任せに振り回しイスキエルダを殴りつけた。だけど彼女はすぐに距離を取り、今度は得物を銃として使い的確に弾丸を連射する。
ゴム弾だけど普通に滅茶苦茶痛いし全弾命中してしまった。ああもう、泣きたくなってくるよ。
「ああもう、一体何を! 最悪試験を中止……いやそういうわけにもいかないし……!」
一方エマは今までの動きが嘘であるかのように、窮地によって秘めたる力が覚醒したのか物凄く正確な射撃で援護をしてくれた。っていうかほぼ百発百中でうちの生徒やモブ隊員より遥かに化け物なんだけど。
「あうあう、私もなんかすんごいパワーが欲しいなあ。ねぇノミコちゃん」
「ごめん、失格になるかもしれないから協力は出来ない」
「そんなあ~」
影の中からノミコちゃんの悲しそうな眼球が出現し、助けを期待していた私はガッカリしてしまった。でもそういう事なら自分だけの力で戦うしかないか。
「誰とおしゃべりをしているかは存じませんが構えてください。死にたくなければ」
「はひぃ!」
銃弾を避けながら立ち回っていたイスキエルダは会話が終わるまで待つという最低限のマナーは護ってくれたけど、終了後はやはり情け容赦なく槍を振り回して追いかけてきた。この人って優しいんだかえげつないのかよくわからない。
「ああもう!」
私は再び壊れた自転車を放り投げて怯ませた後、その辺に転がっていたものを武器に変えた。こうなってはルールなんて関係ない、どんな手段を使ってでも倒さないと。
「むぐぐっ!」
ひとまず店の電光看板を盾に攻撃を防ぎ、シールドバッシュ宜しくタックルを繰り出したけどもちろん普通に避けられてしまう。
槍の攻撃は出が早いしリーチが長いし一体どうやって戦えばいいんだろう。槍って確か剣に強くて斧に弱いんだっけ。でも斧なんて近くにないし……!
「ヒカリ。彼女は強いけど今のあなたなら引き分けに持ち込むくらいは出来るはずだよ」
「どうやって!」
「いやあんた普通に素手で原種ディーパとかシラクラプトルとか倒したじゃん。そんなしょっぱい武器を使わなくていい。固定観念を捨てて怪力だけでゴリ押しをするんだ。馬鹿の一つ覚えでも極めれば案外なんとかなるものなんだよ」
「あ、そっか!」
だけど私はノミコちゃんのアドバイスで本来の戦い方を思い出した。そういえばあの時私は普通に変異ゾンビを素手でやっつけていたっけ。ひょっとして私ってそのままでも結構強かったりするのだろうか。
「プロレスだってそれぞれの選手に持ち味があるでしょ? 余計な事は考えずに得意分野で戦いな。ヒカリは何も考えずにゴリ押しで戦うのが性に合っている。さあ、魂の枷をぶっ壊すんだッ!」
そうだ、あれこれ考えるなんて私らしくない。ただひたすらにその場のノリと勢いで粗削りなラフファイトをするのが私のスタイルだったはずだ。
常識なんてただの思い込みだ。なんでこんな簡単な事に気付かなかったんだろう! 何でこんな当たり前のことを忘れていたんだろう!
「うん! 上等だバカタレー!」
「ッ!?」
私は一切の先入観を捨て近くにあった大型オートバイを持ち上げ同じ様に振り回す。本来女性が、いや人間が出来るはずのない行為にイスキエルダは唖然としてしまった。
「ウララーラーラー!」
数百キロはあるオートバイは自転車と比べると威力も耐久力も桁違いだ。私のやっている事は子供の喧嘩の様にただぐるぐる回っているだけなんだけど、パワー全振りで極めた事で無敵の殺法となり槍の攻撃を易々と弾いてしまう。
「この力はまさか……!?」
「行くぞウラー! ウホホーイ!」
イスキエルダはやはり距離を取ったけど、また反撃される前に私は素早く道路標識をへし折り投げ槍の様に放り投げる。きっと原始人が都会に現れて暴れるパニック映画があったらこんな感じで攻撃するんだろうな。
「まだまだァ!」
だけど私の力はこんなものじゃない。もっとだ、もっと常識をブチ壊せ!
ダメ押しに私は龍が巻き付いた重厚感ある街灯を引っこ抜き、一切何も考えずにレバガチャ攻撃を繰り出す。
「ウッホー!」
進路上に存在する全ての物体を力任せに木っ端みじんにするその攻撃には美しさが一切なかった代わりに、あらゆる戦場で主導権を握る圧倒的な暴力が存在した。
「フフ、無茶苦茶ですね! 流石姫様です!」
「な、なにあれ!?」
「化け物だ!?」
技術も何もない常識外れの攻撃にイスキエルダは訳の分からない事を言って大喜びし、チームの皆もまた我が目を疑ってしまった。そりゃ電柱くらいの重さがある街灯を振り回すなんて人間には不可能だからね。
道路は粉々に砕かれ、設置された車は大破し吹き飛ばされる。私が通った跡には形あるものはすべて破壊され鉄くずとコンクリートのガレキが転がる荒野だけが広がった。
「これでとどめだァ!」
イスキエルダは逃げに徹していたけどようやく攻撃が命中し、彼女は派手に吹き飛ばされビルの壁に激突、そのまま地面に落ちてしまった。
「……お見事です。強くなられましたね、姫様」
「どうもー! ぐるぐるー……目が回る~?」
しかし負傷しながらもすぐに彼女は体勢を立て直し優しい笑みを浮かべて称賛した。認められて嬉しくなった私もお礼を言ったけど、力を出しすぎたせいでバテてしまいよろめいてしまう。
私の手を離れた街灯はズシンと落下、道路を破壊し私もその場に倒れ込んでしまった。うう、こんな事ならもっとごはんを食べておくんだった。お腹ペコペコだよぉ。
「まったく、暴れ過ぎだって。あーあ、これどうしよう」
「えへへ、ごめんごめん……」
最後に残った隊長のヨンアは怪獣でも暴れたかの様な惨状に呆れつつ手錠を取り出した。親友の彼女と戦いたくはなかったけど、幸いにして私は力を使い果たしてしまいそういう展開にはならなかった。
目を閉じると身体をもぞもぞと動かされ、しばらくしてカチャリと手錠が閉まる音が聞こえた。でもヨンアに捕まるのなら本望かな。
私、頑張ったよね? 無事に合格してるといいなあ……。
おやすみー。すぴー。




