1-20 奴隷のいない不平等な世界
「チンタラするなッ! さっさと動け!」
「はいはーい、今行きマス!」
「ん」
怒鳴り声が聞こえたのでそちらを見ると役人らしき人間が半魚人をこき使っていた。あれも一応グリードなのだろうが、力関係は一目でわかる。
「ところでモリンさん、この世界って奴隷制度はあるんですか?」
「昔はあったそうですが今は廃止されていますポン。なので今はこの世界に奴隷は存在しませんポ」
「……この世界に奴隷は存在しない、か」
その説明を聞いた上で改めて街の人を観察する。
よくよく見ると金を持っていそうな服装をした奴は、全員人間かエルフか天使っぽい人ばかりだ。
それ以外の住民は奴隷とまではいかなくともそこまで豊かな生活をしているわけではないのだろう。
この世界には制度として奴隷は存在しない。それは嘘ではないのだろう。だが法的な壁はなくともガラスの天井と呼ぶべき障害が存在しているのはこれを見る限り間違いない。
天は人の上に人を作らずとは言うが、その言葉の後には要約すると貧富は学問によって決まるから勉強したほうがいいよと続く。だがその学問を受ける機会は決して生まれながらにして平等ではないのだ。
彼が創設した大学が日本でトップクラスの学費で、おおよその学生も塾や参考書でドーピングしまくっているのが何よりの証拠であろう。
もちろん実力のみで入学した人もいるけど大学受験は言わば課金ゲームの様なものであり、最初からあらゆる環境が用意されていれば難易度は大幅に下がる。
貧富の差などないと言った人がお金の代名詞になっているのはなんとも皮肉としか言いようがない。実際本人もまあまあ銭ゲバではあったそうだが。
俺も含めてうちの学校の特別国際支援科の生徒は大体貧乏人や沖縄の難民ばかりだったし、その辺りの事情は現実世界でも似た様なものだったけど。
……なるほど、こりゃ余所者のくせに最初から特権階級のマレビトや転生者をよく思わないグリードもいるだろうな。
偉そうにふんぞり返っているだけならまだしも、ただでさえ生活に余裕がない彼らの暮らしを脅かす行いをしたのならば確実に反感を買うだろう。揉め事を避けるために振る舞いには十分気を付けないと。
「でも本当に遅いですね。普段はすぐに来るのに……何かあったかもしれないですポン。最近王都ではお金持ちのアンジョさんを狙った窃盗事件が頻発していますし、もしかしてまたどこかのお屋敷に泥棒が入ったんでしょうか。王都では日常茶飯事ですけど」
「うーん、もうしばらく待ってみて来なかったらもう一度門番さんに話しかけますか?」
ただ待てども待てども迎えの人は一向に来なかった。この世界で最も大きい都市ならきっと犯罪発生率も最も高いのだろう。
マレビトも転生者もそんなにポンポンやって来るものでもないだろうし、すぐに伝えた所で円滑に保護が行われないのも無理はないかもしれない。
薬の代替品を探したり愛理を探したり、やる事はたくさんあるのであまり時間を無駄にしたくないんだけどなあ。仕方ない、この世界に情報を集めるためもうちょっと人間観察を続けるか。
「……え?」
けれど周囲をキョロキョロと見渡していた時、俺はある一人の少女の横顔に目を奪われてしまう。
その少女の横顔が見えたのはほんの一瞬で路地裏に消えてしまい、俺はハッキリと認識する事が出来なかった。けれど俺には彼女が愛理に見えたのだ。
「すみません、モリンさんッ! ちょっと出かけてきますッ!」
「え? ちょ、どこ行くんですポ!? あんまり遠くに行っちゃだめですポ!?」
俺はモリンさんの制止を無視してすぐに彼女の後を追った。治安の悪い異国の地で一人になる事がどれだけリスクのある事なのか一切考える事無く。
けれどその時の俺はそんな事を考える余裕もなかった。一度失った希望を取り戻せるのなら、何を躊躇う事があろうか。
どうか愛理であってくれ。いや、きっと愛理だ! 愛理に違いない!
疑い無くそう信じた俺は彼女の後を追って、煌びやかな大通りから薄暗い路地裏へと消えていった。




