2-79 紫苑橋エリアでの籠城準備
私達はスタート地点から一歩も動かずコンクリートジャングルの一角にあった雑居ビルに身を潜め、時間いっぱいまで戦闘準備をする事にした。
紫苑橋を模した繁華街エリアには使えそうなものも多くあり、私は遠慮なく飲食店の看板や事務用品をバリケードの材料にさせてもらう。ゾンビモノと言えばバリケードだけど、もちろん本来の用途である籠城戦にも応用は可能だ。
「んしょ、んしょ」
「へえ、ミカンって力持ちなんだね」
「うん、実家が農家でよく手伝いをしてたから」
ミカンは見た目通り力持ちで、軍事科の生徒と遜色ないパワーでコピー機を運んでいた。単純な力比べならうちの生徒より上かもしれない。
「そうそう、一応畑を荒らすクマも倒した事があるよ」
「素手で?」
「猟銃でだよ。流石にそこまでじゃないって」
こんなほんわかした見た目なのに経験者なのかな、と思っていたけどどうやらミカンはハンターもしていたらしい。つまり既に命のやり取りの経験はあるというわけか。
「クマか。人間と動物じゃ戦い方は違うが無いよりはマシな肩書だな」
「うん、正直私も場違い感がして試験に受かるか不安になってきたよ。ユルグ君はなんかしてたの?」
「俺は一応従軍経験者だ。素人に毛が生えた程度だからプロかと言われれば微妙だけど」
ユルグは小さな体で一生懸命事務椅子を運んでバリケードを設置した。察するに元少年兵やレジスタンスだったのかな?
「ひぃ、ふう」
「……で、あいつ大丈夫なのか?」
一方エマは息を切らしながらダンボール箱を運びドスン、と床に置く。ひ弱そうだな、と思っていたけどやっぱりひ弱だったらしく、その頼りない姿にユルグは険しい顔になってしまう。
「えーと、手伝おうか?」
「ううん、いいよ。うう、私ったらダメダメだなあ。いざって時は私を見捨ててもいいからね」
私は見かねて手伝いを申し出るけどエマは苦笑しながら拒んだ。もし私達のチームから最初の脱落者が出るのならそれはきっと彼女だろう。
「そうしたほうがいいかもな」
「もしエマちゃんが不合格になっても死ぬわけじゃないけど……」
「うーん……」
ユルグは彼女が戦力にならないと判断してドライな対応をし、ミカンもやんわりと戦力外通告をした。
これはチーム戦とはいえチームの勝敗が個人の合否に直結するわけじゃない。NAROは対テロ組織みたいな側面もあるし、実際の戦場で生き残るためには非情な判断が求められる事もあるだろう。
出来ればエマも一緒に合格したいけど、合格した所で未熟な人間はすぐに死んでしまうだろう。そうなるくらいなら無理に助ける必要もないかもしれないけど、やっぱりそういうのはちょっと後ろ髪を引かれるものがあるなあ。
まあその時になったら考えるか。助けられるのなら助けるって感じでいいよね。エマが脱落しても死ぬわけじゃないし。
「それにしても外側だけじゃなく内側までちゃんと作り込まれているなんて。NAROってどれだけ予算が降りているのかな」
「治安維持の最前線のNAROは湯水の如くお金が注がれている。当然隊員にもそれなりの給料が支払われるし、実際金目当てでなる奴も多いな」
「ふーん、その辺りの事情は自衛隊とかと同じなんだね。自衛隊草はつけても公務員、なんて川柳があるけど」
私が財力に圧倒されているとユルグはNAROのお金にまつわる話をしてくれた。ひょっとしてユルグもお金目当てで入隊試験を受けた口なのだろうか。
武器や弾薬も決して安い物ではなく、お金がなければ戦争は続けられない。同じく自衛隊では『たまに撃つ弾がないのが玉に瑕』なんて低予算を嘆く川柳もあったりしたけど、戦力として重要視されていない特別国際支援課では徹底的に予算が削られていた。
私達は結局のところ復興支援地域に派遣される民間人であり、本来最前線に配備されるわけではないからだ。たとえ任務にあたる場所が実質的に戦闘が行われている地域でも……。
訓練用の模擬弾すらない時もザラにあり、匍匐前進しながら口だけでバーンって叫び撃つ真似をした事もある。傍から見ればごっこ遊びみたいな訓練だけど、私達はそんな訓練を大真面目でやっていた。
また同じ様に塹壕戦を想定し、近接戦闘も重視してシャベルやナイフで戦う訓練もしょっちゅうしていた。
あとした事と言えばVRシミュレーターによるゲームまがいの模擬戦だろうか。シミュレーターはそれなりによく出来ているけど、痛みや疲労も感じないし所詮はよく出来た作り物でしかない。
第二次世界大戦では根性さえあれば何とかなるだろ、というなかなかエキセントリックな人の発案で竹槍訓練なんてものが行われ、実際に大量の竹槍が戦地に送られた事もあったらしい。
どちらも実践に役立つかと言えば微妙で、私達はそんな竹槍訓練にも等しい事を行っていたわけだ。時代は繰り返すとは言うけど、当時の人が馬鹿だったなんて私達が批判する事なんて出来ないだろうな。




