1-19 王都アシュラッド
ここでゴネる理由もないので、素直に兵士の言うとおりに門をくぐるとそこにはやはりメタリックな廊下があった。住民はファンタジーなのにいちいちSF感がするなあ。
しかし清めの儀式とはどんなものなのだろう。異世界というからやはり魔術的で神秘的な何かなのか? こう魔法陣的なものに乗ったりして。
「おおっと」
けれど廊下にやって来た俺を出迎えていたのは迫り来る赤い光の壁だった。ゲームとかなら当たればダメージを受けそうだが、眩しいだけで痛みは一切無い。
続けてミストシャワーが噴霧されてそれを全身に浴びた後に奥のドアのロックが解除され、同じ様に清めの儀式を受けたモリンさんはトコトコと先に進んでいった。
俺は初見なのでまあまあ驚いたが現地人にとっては普通の事の様だ。というかこれ清めの儀式というより殺菌……まあいいか。
「これが異世界……異世界?」
廊下を通り謎の儀式を済ませようやくアシュラッドに入国し、俺は初めて異世界で街らしい街にやってきたわけだが、そこにあったのはかつて人が住んでいた近代的な高層建築物――が朽ち果てたものばかりだった。
しかし王都というだけあって街は人間と亜人を含めて多くの人で賑わい、オシャレという概念が失われた現代では久しく見かけない個性的なデザインの服装は実に見ていて楽しかった。
暑さのため女性は概ね軽装でスカートやへそ出しルックと自由にファッションを楽しみ、露出の高い服を着ていればそれだけで批難の対象になり、下手をすれば殺される事もあったあの世界とは大違いだ。
念のため言うがこの感動は別に俺がスケベ心を持っているとかそういうのではないぞ。
服はよく見ると昭和や平成の服がベースとなったデザインが多い異様だ。古着を一流デザイナーがリメイクしたらこんな感じになるのだろうが、誰一人として同じ服は着ておらずほとんどハンドメイドの様だ。
街に入ってすぐに目に入る太宰府天満宮を想起させる一際立派な巨大建築物は雰囲気的に城っぽい。
俺たちの世界にはあんなアラビアンと神社をごっちゃにしたような異国情緒漂う建物はなかったはずだが、あれがアシュラッドの城なら俺はこの後あの場所に行くのかな。
「この世界にはアンジョが作って、今住んでいる人は帰ってくるまで維持管理をしているんですよね。王都にある建物もアンジョの遺構なんですか?」
「はい、そうですポン。流石にずっとそのままじゃ無理なので多少修理をしたり手を加えたりしておりますが」
都会的な街は異世界仕様にリノベーションされて好き放題増改築されており、かつてはオフィスが入っていた高層ビルの隙間にカラフルな洗濯物が干されているのであそこには人が住んでいるのだろう。
ラフな服装のケモ耳お姉さんはベランダでタバコをふかし、郵便配達員の翼が生えたハーピーっぽい人から荷物を受け取った。
「お届け物でーす」
「おかーさん、荷物届いた!?」
「おう、えーと、ハンコハンコ」
子供はその荷物を待ちわびていたらしく窓際でピョンピョンと飛び跳ね、受領印をもらった後配達員はまた別の場所へと飛んでいった。
なるほど渋滞なんてなんのその、適材適所にも程がある仕事だ。
「ありゃ、普段より値段が高くなってるね」
「どうにも最近はメロンが不作でね。その代わり今年のモッコスのスイカは身が詰まって甘くて美味しいよ。どうだい、一つ齧ってみなよ」
「じゃ早速」
道路には昨今では見かけなくなった青果を売る露店も立ち並び、買い物客の半魚人が店主のおばあちゃんゴーレムから試食のスイカをもらってパクンと食べた。
会話で出てきたモッコスとは肥後もっこす、つまり熊本の事だろうか。
大動脈として使われている道路の中央には線路があり、現実世界ではとっくに役目を終えた木造のレトロな路面電車がガタンゴトンと通り過ぎていく。
近代的な高層ビルの廃墟と生命感あふれるレトロな乗り物の組み合わせはなかなか趣があって、郷愁を刺激する魅力あふれるカオスな雰囲気を漂わせていた。
失われたレトロなものが独自に発展し、ほとんどの物が手を加えた後再利用され新たなものとして蘇っている――この希望とアングラが混在した世界観にあえて名前を付けるのならばレトロパンクとでも言うべきだろう。
「うお?」
ボケっとしていると目の前の道路をレトロな往年の名車が勢いよく通過、リーゼントのエルフっぽい運転手の人は路駐してガルウィングをパッカーンした後、太眉肩パッドと随分とバブリーな彼女と共に降車して店の中に入っていった。こちらも現実世界でもまず見かけなくなった方々である。
「さあ、好きなものを買うといい!」
「もう最高! アッシーメッシーね!」
(アッシーメッシー?)
やや悪趣味な金の腕時計をしていたしなんとなくイケイケの金持ちがガールフレンドと一緒に店に入った、というシチュエーションなのはわかるが、チラッと見た感じ店内にはどこかで見た事がある現実世界の駄菓子がたくさん売られていた。
もちろんその中には先ほどの美味カレーもあったが、スーツを着た店員さんはまるで宝石を扱う様に商品を紹介しており、この世界ではやはりあの葉瀬帆発の駄菓子は高級品であるのだと納得してしまった。
それにしてもアッシーメッシー……こちらの世界でも古語が当時とは違う意味で使われていたりするが、一体どういう経緯でバブルの死語が伝来したのだろうか。
ある意味物凄く気になるが道路には様々な時代の車やバイクが走っており、数は少ないもののちらほらマニアが好きそうな一昔前の車も結構見かける。
中古車のほうが新車よりも人気で値段が高かったりするが、異世界でも中古車ブームが来ているのだろうか。
ただ今のエルフ同様、乗っている人間はどいつもこいつも金を持っていそうな身なりの良い連中ばかりだ。
普通の服装をした多くの人はピヨタンや翼のあるブタに乗って移動しているので、あれが庶民の移動手段なのだろう。少なくともピヨタンは行商人のモリンさんでもレンタル出来る程度の値段みたいだし。
なおしれっと翼のあるブタ、とファンタジックな言及をしたがさすがにエルフが往年の中古車を運転しているインパクトには負けてしまう。まさか異世界でエルフがオート○ムを運転してガルウィングをパッカーンする光景を見るとは思わなかったよ。
「なんで美味カレーって高級品なんです?」
「それはアンジョさんが食べていたものだからですポン。神様であるアンジョさんが食べていたもの、使っていたものはそれだけでどんなものでも付加価値が付きますポン。もちろん似た感じに作られた復刻版の様なものはありますが、あのお店で取り扱っているのは当時のアンジョさんが利用していた食糧庫にあったもので、つまりは本物でそれはそれは貴重でお高いんですポン」
「はあ、そうなんですか」
モリンさんはドヤ顔で説明するが俺は内心苦笑してしまった。
とあるグルメマンガか何かで奴らは情報を食べていると経営のカリスマが消費者を小馬鹿にしていたが、今のこのみょうちくりんな状況はまさしくそれに当てはまるのだろう。
この世界ではヴィンテージワイン並みに超高級品だけど要は賞味期限切れの駄菓子なんだよな、あの店で売っているのって。
ある意味人間の消費の本質をとらえている光景とも言える。日本人は特にブランド物をありがたがるけど、世の中のブランドって大体そんなものだ。
「でも係の人はどこなんですかね。迎えに来るんじゃ」
「そのはずですが、あれ、どこなんでしょう?」
軽く観察を済ませた所で俺たちは迎えの人を探すが、見渡してもそれらしい人はいない。ただきっと門番の人が連絡してくれただろうし数分くらいですぐに来るはずだ。




