1-1 粉雪が降る八月九日の早朝、時々ミサイルが飛んでくるとても平和な世界の日常
――聖智樹の視点から――
八月九日、今日も変わらず平和な世界に凍てついた朝が訪れる。
散っていく花弁の様に舞う粉雪はかつて人々が生活を営んでいた廃墟の建物へと降り積もり、音のない葉瀬帆の街を薄っすらと白く染めガレキの下に眠る骸を弔った。
『防衛省は先ほど――迎撃に成功――』
「ん……」
学校の制服を着たままゴミ袋を枕にして寝ていた俺は、つけっぱなしにしていたテレビから聞こえる緊急速報を目覚まし時計代わりに朝を迎え、その凍え死ぬ程の冷たさで俺はまだ生きている事を実感した。
薄い布団に包まりながらしょぼしょぼとした目で画面を確認すると今の時刻は朝の六時六分らしい。微妙に縁起の悪そうな数字だが年配の女性アナウンサーはどこか嬉々としてミサイルの迎撃に成功したニュースを伝えていた。
今日の睡眠時間は三時間か。薬を多めに飲んだおかげでまあまあ眠れた様だ。
俺は憂鬱な気分で大あくびをし、海岸に打ち上げられたワカメの様なくたびれた白と黒のツートンカラーのカツラを掴み頭に装着する。
寝起きなのであまり食欲はない。ただ一応生きるために持病の薬程は飲まなければならないので朝のルーティンをこなすためキッチンに移動する。
流し場は洗っていない食器が溜まっており、蛇口からはポタポタと雫がこぼれていた。立つ鳥跡を濁さずとはいうが面倒くさいのでこのままでいいだろう。
『連合軍は上海近郊にて敵勢力を無事に殲滅し、第八連隊は大型変異ゾンビを複数体撃破するという戦果をあげました。作戦を指揮した羅鋼兵団の羅総統は『上海の奪還は目前に迫っている、ゾンビハザードを終わらせ祖国を取り戻すために日本とアメリカには引き続き協力をお願いしたい』と述べ、甲東官房長官は追加で支援を行うことを約束――』
愛用のフチが欠けた波佐見焼のコップに冷たい水道水を注ぎ、胃袋に無理矢理大量の薬を流し込んだ後、俺は身だしなみを整えるため鏡のある冷え切った浴室に移動する。
曇った鏡には目の下に真っ黒なクマがありげっそりとした俺の顔が映っていた。いつ見ても実に不健康そうな顔である。
しかし俺にとって最も大事なのはカツラのセッティングだ。絶対に外れない様に、不自然さを微塵も感じられない様に入念に調整してと。うん、こんな感じだな。
今日は八月九日、高校生活最後の登校日だ。あの場所に特に思い入れはないが俺は一応品行方正な生徒なので学校に行くとしよう。
『さあお待ちかね、長崎が生んだ唯一無二の大スター! お笑いを体現したかの様な時代の寵児、今テレビで見ない日はない特別ゲストの――』
『パーティー! 特技を』
クソほど興味のない元ローカルタレントが無理矢理盛り上げた所でテレビの電源を切り、リュックサックに分厚いコート、マフラーとマスクも装着して玄関に向かう。どうせ見た所でさらに体感気温が下がるだけであるし。
「あだっ」
だがその際右足の小指に何か固いものがぶつかって痛みを感じてしまう。足元を見るとそこには剣道の九州大会で優勝した時に貰った表彰楯が落ちていた。
無くしたと思ったらこんな所にあったのか。不用品なので別にこのままゴミ箱に突っ込んでもいいが、俺は手を伸ばして掴み取りあえず下駄箱に入れた。